第18話

私は夜、一人になれるのを待って冥府へと向かった。


そしてハデス様に状況を話して、何か良い考えはないものかを頼った。


「ハデス様、戦は避けられないみたいなのです。ですが、生命を落とす人を最小限に抑えられる方法はないでしょうか……?」


ハデス様はしばし考え込み、「ペルセポニアの言う通り、戦で犠牲になるのは常に前線に駆り出される民と略奪を受ける民だ」と呟いた。


「例えば、だ。ドロティア内で起きている反発。これは各々小規模なものだから、弱っているドロティア政府でも簡単に鎮圧出来る。だが、そこに反発する民を上手くまとめあげる指導者がいれば──そして首都に攻め込めば内乱として成立するだろう。皇帝は鎮圧の為に軍を動かすしかない」


「それは……それでは、反乱を起こした人達が犠牲になりませんか?」


「多少の犠牲は覚悟せざるを得ないだろうが……そこで、国軍を率いる四大将軍全員が流行り病に罹患して身動きが取れなくなれば、国の正規軍といえど統率が取れなくなる」


「──そのような事、出来るのですか?」


「私とペルセポネーの力があれば難しくはないな。そこで動揺した皇帝もまた流行り病に罹患させればなお良い。四大将軍と皇帝の病は重い状態にする。内乱に重ねて軍の弱体化。ここを叩けばドロティアは最小限の被害で落とせるだろう」


「ですけれど、不満を持つ民をまとめる指導者は……」


「冥府の天国に、名君と呼ばれた王の魂がいる。それを帝国の有力貴族で今にも生命が絶えそうな者が落命したと同時に転生させればいい。ちょうど、国の重鎮と呼ばれていた男が流行り病で持ちこたえられそうにない」


「あの病で亡くなる場合もあるのですか?──私自身、治癒して回りましたが、亡くなられた方は見かけなかったような……」


「病が強毒化しているんだ。それによってドロティア国内は荒れている。皇帝がペルセポニアを寄越せと書簡を送りつけてきたのも、その為だろうな。ペルセポニアに治癒された者は皆、後遺症も残らず、また再び罹患することもなく快癒しているのだから、帝国にとってペルセポニアはまさにすがりたい藁だろう。──ペルセポニア、戦にはその時が来るまで耐えられるか?」


どのみち戦が起きてしまう事が避けられないのなら──治癒して回りながら、救えなかった生命の重みを負って、ハデス様の下さる機会に頼るしかない。これでも、被害は確実に減らせるのだ。


「頑張ります。──ハデス様、この事は家族にお話ししても?」


「ああ、構わない。むしろ、話すべきだ。兵と軍備を整えても、戦は闇雲に宣戦するものではない。好機を捉えてこそ被害を抑えて、より有効的な結果を残せる」


「はい、ハデス様。ありがとうございます。──天界におられるペルセポネー様にも、どうかよろしくお伝え下さい」


「もちろんだ。それにしても、あのいたいけな魂が逞しく成長したな。考える力と民を思いやる力を兼ね添えた皇女に育ってくれた。これからも、より良い方法を模索して進めてゆく事を忘れてはならぬと覚えておきなさい」


「分かりました、いつでも考えながら道を選びます」


「よし、良い子だ。──では、地界に戻りなさい。根回しは私達や大人に任せて、お前の父親や軍を動かす者達に伝えるんだ」


「はい。──本当にありがとうございました」


私はハデス様に深々とお辞儀をして、身体がふわりと軽くなったと思ったら次の瞬間には自室のベッドに戻っていた。


事は一刻を争う。


私は呼び鈴を鳴らして、侍女とリズアンネを呼んだ。


夜とはいえ、まだ深夜にまではなっていない。かといって、子供は寝ているべき時間での呼び出しに驚いた様子の侍女とリズアンネに、理由は後で話すからと着替えの手伝いを頼み、室外に待機している護衛の騎士には、私が急ぎお父様達に謁見したがっている旨を伝えてもらえるように頼んだ。


騎士から伝令の者へと話は伝わり、着替えが済んだ頃にお父様達からの了承するというお返事を頂いた。


急いでお父様達のいる執務室に向かう。執務室では、まだアンフォルトお兄様も控えていた。他にも我が国の軍部の偉い人や宰相もいて、大人達に囲まれる形になった私は、「こんな夜にどうしたんだい、ペルセポニア。昼間の話のせいで眠れないのか?」と気遣われたものの、もう後には退けない。


私は緊張しながら、ハデス様とお話しした事を一言たりとも言い漏らさないように精一杯思い返しながら、全てお父様達に話した。お父様達はとても驚いていたけれど、「それが実際に起こるならば、確かに好機には違いない」と口を揃えて言った。


「ハデス様とペルセポネー様を信じて下さい、お父様。近いうちに必ず、その時が訪れます。私はもう戦を避けようとばかり考えないで、せめて助けられる生命を助ける事を頑張ります。戦を出来るだけ短く終わらせられるには、お父様達の力が必要です。戦を仕掛ける時を、どうか上手く見計らって下さい」


「──分かった。ペルセポニア、君を信じよう。どのみちドロティアは万全の状態で戦えるだけの余力もない。ペルセポニアからの話で、流行り病が強毒化していると聞かされて、わざわざドロティアから使者が送られてきた事にも合点がいった。──この事、軍部と同盟国にも急ぎ伝達を」


「はっ、かしこまりました」


執務室にいた人達が慌ただしく動き出す。部屋には、お父様にアンフォルトお兄様と私が残された。


「ペルセポニアは、ずっと民の為を考え続けていてくれたのだな」


「そうですね、父上。それも、自国の民に限らず敵国ドロティアまで含めた全ての民を思いやってくれていたのです。これを無駄にしてはなりませんね」


「お父様、お兄様、私はまだ子供なのに……偉そうな事を言ってしまいましたが……怒らないのですか?」


「なぜ怒る必要がある?──ペルセポニア、お前は正しく皇女としての務めを果たしているんだ。それも、私達の思いも寄らないところでまで。感謝こそすれ、叱責するだなんてありえない事だよ」


「お父様……私が勝手に動いた事は、それでも人の為になりますか?」


「ペルセポニアは自分勝手に動いたのではないよ。お前の動きは、わがままではないんだ。自分に出来る事を頑張って、人の為にやり遂げる。それは、尊い事だよ」


「そうだよ、ペルセポニア。父上の仰せの通りだ。ペルセポニアは聖女のように慈しみ深く、全ての人達を大切に考えてくれたんだよ。何ひとつ悔やむ事も恥じる事もない。謙遜も不要だよ」


「ありがとうございます、お父様にお兄様。まだ子供の私が話した事を信頼して下さったお父様達のお蔭です」


「それは、ペルセポニアが正しく生きてきたからこそ信じられているんだよ。──父上、アルストリネ王国にも遣いを送りましょう。アルストリネ王国はドロティアと隣接しています。協力すれば効率よくドロティアを叩けます」


「ああ、急ぎ早馬を飛ばそう」


どうやら、私の言葉はお父様達に届いたらしい。私はほっとして、身体のこわばりが解けてゆくのを感じた。


──そして国々が改めて連携を取り直しながら好機を待っていると、ひと月と待たずしてドロティアから再び使者がやって来た。書簡には、皇帝を治癒して頂ければ如何ようにも条件を飲むと記されていた。皇帝の病の重さには触れられていない。弱みを見せてまでの請願だ、それ以上の弱点は晒せないだろう。


ほぼ同時期に、諜報部隊からドロティアの四大将軍全員が流行り病に倒れた事と、どうやら反発する民をまとめる者が現れたらしい事が知らされた。


全てが私とハデス様とのやり取りした話の通りになる。それによってお父様達の士気は上がり、いよいよ敵国への侵攻を始める時が来て、同盟国とアルストリネ王国の部隊による協力で踏み入れた敵国は──覇気もなく、病が蔓延していて、絶望した兵士達は次々と逃げ出して、しかも兵士達のみならず民までもが病に弱った身体を引きずって逃げ惑う、悲惨なありさまだった。


私はそれを、味方の兵達に行なう治癒の為についた眠りの夢の中から見ていた。


リズアンネの意識が繋がり、心に直接言葉が届く。声に出さなくとも、意識でやり取り出来るように繋がったらしい。リズアンネは、かつて村が滅びた時のようですと呟いた。


私は、軍を進めてきた四大将軍と皇帝を助けるつもりはないけれど、人を虐げたり殺めたりはしていない民ならば治癒したいと答えた。


けれど、リズアンネは、アルストリネ王国への侵攻はドロティア国民全ての人達が何らかの関わりを持っていますと反駁して、後はドロティア国民の働きに任せましょうと伝えてきた。


確かに、ハデス様の仰せの通りならば、指導者により内乱が起きて、独裁者である皇帝は引きずり下ろされる。そうなれば、新しい国に変わるだろう。私は見過ごしている今に心を痛めながらも理解を示し、今は手出しせず待ちましょうと答えて、負傷した兵士の治癒を行ないながら、荒廃した国の最後を見届ける事にした。


四大将軍は全員が強毒化した流行り病に生命を落としてゆき、統率する者を失った兵士達は為す術なく烏合の衆になり、やすやすと進軍出来た。


こちらの軍とドロティア国内で蜂起した反乱軍が、ほぼ同時にドロティアの皇帝がいる城に攻め入ると、最奥では重い流行り病に苦しみ、指示を出すどころか身動きも取れずに喘ぐ皇帝の、変わり果てた姿があったのだった──。


そうして皇帝はあっけなく討ち取られ、軍に縛られて併合されていた国々は、各々の判断で独立を宣言して離れてゆく事になるのだろうと考えられた。


残されたのは、強毒化した流行り病に苦しむ人達だ。ドロティアは侵攻を繰り返し軍事によって取り込んできた国々により広大なものとなっていた。そのほぼ全土に流行り病が広がっていた。ドロティアの崩壊で独立を宣言する、それまで縛られていた国々にも、病に苦しむ人達は残されている。


戦は終わった、その事により私は目を覚まして、長かった眠りから体調を整える事に専念していたけれど、ようやく身体も自由に動かせるようになり、すぐさま湯浴みと着替えを済ませてお父様達の元へと向かった。


病に苦しむ人達を治癒したいと伝える為に。


ドロティアは周辺国を広く取り込んでいたため、かなりの広範囲に病は伝わっている。それを全て治癒するのは並大抵の事ではない。お父様達は当然ながら私への負担を思いやって渋った。


でも、そのお父様達を説得しようとしているうちにも人は生命を落としてゆく。


ようやく許しを得た時には、強毒化した病に罹患した人達はほぼ皆が落命していて、治癒をほどこせた新たな罹患者は、流行り病が弱毒化していて比較的治癒しやすい状態の人達のみだった。


それでも、高熱と嘔吐に発疹の痒みで苦しんでいる。眠りの夢の中から治癒して回ると、泣きながら感謝され、同時に泣きながら訴えられた。


「アルストリネ王国には早くから治癒に赴いていらしたと噂には聞いておりました。なのになぜ、ドロティアには……こんな手遅れになるまで……皇女殿下は聖女様ではないのですか。……もっと早くに来て下さっていれば……」


その嘆きと怨嗟は、私にとてつもない重りとしてのしかかった。


お父様達は、それでも助けてもらっておきながら厚かましい、と憤慨して下さったし、私の働きを精一杯労い慰めて下さった。


私は、眠りの夢の中から敵国だったドロティア全土の人達に、ただ一言、「皆さんを助けに行く事は遅くなりました。けれど、救われなかった人達はアルストリネ王国に行けば、一体どれほどいる事か考えて下さい」と言い残してから治癒を終えて目を覚ました。


──そうして、戦と治癒から日常へと戻る事になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る