第13話

8歳の誕生日パーティーは盛大に行なわれた。


お天気こそ、あいにくの雨模様だったけれど、皇城はそれを吹き飛ばすような活気に朝から満ちていた。


私はアッシュピンクの生地に生成色の生地を合わせて、レースをふんだんに使ったドレスをお父様とお母様から贈られた。肩の辺りを膨らませたドレスは、その下に白い光沢のある絹で作られた大きなリボンがあしらわれている。ドレスの裾には上品な真珠が模様を描いて縫い取られており、誰から見ても、ひと目で上質な生地や装飾を用いたドレスだと分かるものだった。


「これで、あのティアラも着けられたら良かったのだけれど……」


このドレスに青い宝石では色目が合わない。残念に思えて呟くと、リズアンネがそっと「──でしたら、お任せ下さい」と申し出て、ティアラをしまっている宝石箱に向けて手をかざし、何かの言葉を呟いてから「ペルセポニア様、ティアラを出してみて下さいませ」と告げた。


言われた通りにティアラを出すと、驚いた事に青い宝石はピンクダイヤモンドやモルガナイトかと思うような優しくも輝かしいピンクの宝石に色を変えている。確かにこの色ならばドレスにもぴったりだけれど、どういうからくりだろう。


「ペルセポニア様、ご心配はご無用でございます。一時的に色だけを変えました。明日には元の色に戻っておりますわ」


巫女の力というものも神秘的な力だ。しげしげとティアラを眺めていると、着替えの仕上げをしてくれている侍女達が「まあ、皇女殿下にお似合いのティアラですわ。でも皇女殿下のお持ち物にございましたでしょうか……」「いえ、ここは気にしてはなりませんわね。予定の髪飾りはやめて、ぜひこちらのティアラをお着けになられて下さいませ。神々しい美しさになられますわ」と話して、さっそくティアラを私の頭に乗せてくれて、皆が満足そうに頷き合った。鏡には、ういういしくも美しく仕上がった自分が映っている。


──と、急に窓から光が射し込んできて、雲間から太陽が見えるのが分かった。雨は上がっていて、侍女達は「やはり皇女殿下のお祝いでございますものね、天候の神も祝福なされておいででございますわ」と歓声をあげた。


私は、ティアラにはめられた妖魔からの宝石のお蔭だと気づいた。水の魔力があるとは聞いていたものの、着けただけで雨を止ませてしまうとは本当にすごい力だと感嘆した。


ともあれ、これで何の憂いもなくパーティーやパレードに臨める。参加してくれる人達も濡れずに済むのがありがたい。私は心の中でリズアンネと妖魔に「ありがとう」と言って、頃合いもちょうど良く迎えに来て下さったお父様と手を繋ぎ、会場へと向かった。


お父様は私の姿を見て、「神に連れ攫われそうな美しさだ、ペルセポニア。この姿は後日必ず絵師を呼んで肖像画にして残そう」と手放しで絶賛して、お母様も私の仕上がりを見るなり目を細めて「私がこんなにも美しい娘を生めたとは、神に感謝しなければならないわ」と喜ばれた。


パーティー会場には、この国にはこんなにも大勢の貴族がいたのかと思うほどの人々が集い、玉座についているお父様の隣の席に座る私は、その盛況に驚いていた。


「ペルセポニア、今日はお前の新たな友人となった令嬢も多く呼んでいるから、いつでも席を離れてパーティーを楽しみに行きなさい。あとは、お前が初めての茶会で文通を約束した令嬢達も全員招待しておいたよ。皆参加する旨の返事が来ていたから、きっと会えるだろう。親交を深めて来るといい」


口々に私を言祝ぐ大人の貴族達が続いて疲れを感じた頃、お父様がそう声をかけて下さった。


美しく飾られたテーブルにはご馳走やスイーツも所狭しと並べられている。


お母様が「ペルセポニアも挨拶ばかりで疲れたでしょう。お腹もすいているでしょうし、厨房の者が今日の為に腕を振るったお料理等を楽しまなければもったいないわ。護衛をつけるから、安心して楽しんでいらっしゃい。お友達ともお話ししてくるといいわ」とお父様に賛同して勧めて下さった。


お父様とお母様の勧めに、私が「では、行ってきますね」と席を立とうとすると、お兄様達が私のもとに来て、揃って声をかけてきた。


「ペルセポニア、誕生日おめでとう」


「ありがとうございます、お兄様達」


私がにこりと笑うと、お兄様達は眩しそうに私を見つめた。それから、代表としてアンフォルトお兄様が話を切り出す。


「僕達で何を贈ればいいか色々考えたけれど、父上と母上が先に与えてしまうから……それで、話し合って僕達はペルセポニアの願い事を、僕達それぞれに何かをお願いされた時、その願いを叶える事にしたんだ。どうだろう?」


「お兄様達、ありがとうございます。お願い事は何でもしていいのですか?」


「ああ。僕達で叶えられる事なら、もちろん何でもいいよ」


「嬉しいです。でも、私はとても大切にしてもらえているので、お願い事をすぐには決められませんわ。お兄様達、これは次の誕生日までにお願い事をしなければいけないのですか?」


「いや、期限は決めないよ。二年後でも五年後でも、ペルセポニアが本当に願う事が出来た時に僕達に話してくれるかな?」


「──はい、お兄様達。それなら、ゆっくり考えられますね。お願い事、大切に考えます。お兄様達からの気持ち、とても嬉しいです。ありがとうございます、お兄様達大好きです」


私が明るく笑ってお礼を言うと、お兄様達はほっとして「僕達もペルセポニアが大好きだよ」と、表情を朗らかにした。


それから私はお父様に、「国民の皆さんにもご飯が配られたと聞きました。でも、ここにあるお料理もパーティーの方々には食べきれないと思うんです。それを、国民の皆さんにご馳走してあげられませんか?」と訊ねた。


お父様は「ペルセポニアは優しい子に育ったな。私も嬉しく思うよ。ならば残りものだけでは国民に申し訳がない、料理を追加して国民に振る舞おう」と頷いた。


贅沢なご馳走を残して捨ててしまう事になるのは、過去世で肩身の狭い思いをした私にとって、あまりにももったいない事だったから、それで喜んでくれる人が増えるのならば皇女としての私にとっても喜ばしかった。


場がよりなごやかになると、オージスお兄様が「──さて、ペルセポニア。護衛がついているにしても一人で会場を回らせるのは心配だから僕も一緒に行くよ。エスコートさせてくれるかな?」と悪戯っぽく笑って手を差し出してきた。


私はその手に自分の手を重ねて、「はい、オージスお兄様」と無邪気に応えた。


パーティー会場は色とりどりのドレスが行き来して、とても華やかだ。私はそれを物珍しく眺めながらお兄様の勧めて下さるお料理やスイーツを堪能した。


そして、今も文通を続けている令嬢達と会場で会えた事をお互いに喜ぶ。オージスお兄様には少しだけ外して頂いて、手紙には書ききれなかった近況等のお喋りを楽しむ事にした。


その中にはフィヨルド伯爵家のニヴィアももちろんいた。今日は淡いすみれ色の生地に渋めの黄色をポイントに飾ったドレスを身に着けていて、シンプルだけれど、むしろそれが彼女の健気な趣きに良く似合っていた。他の令嬢達も入念に着飾っていて、色とりどりのドレスが目にも鮮やかだ。


「皆さん、ようこそ。来てくれて嬉しいわ。お手紙も楽しいけれど、こうして顔を合わせてお話し出来る嬉しさは格別ですね」


「こちらこそ、お招き頂けて光栄ですわ。ありがとうございました。皇女殿下にはお元気そうで何よりでございます。お誕生日おめでとうございます」


令嬢達は口々にお祝いの言葉を述べて、喜色満面の笑みを浮かべて寿いでくれる。立場が許すならば手を取り合って喜びたい程だ。


「ニヴィア様も、そちらは新しいドレスですわね。とても清楚で良くお似合いでしてよ。何だか、このように可憐なお姿を見ていると、邪な殿方からお守りしてさしあげたくなるような可愛らしさですわ」


「そんな……ありがとうございます、皇女殿下や皆様の装いこそ素晴らしいですわ。特に皇女殿下のドレスとアクセサリーは美しさを引き立てておいでで、高貴な妖精と見紛う程ですわ」


「ニヴィア様もそう思われますか?──実は私も、あまりのお美しさに女神様がお子の姿をとって舞い降りて来たのかと思ってしまいましたの」


「皆さん、大袈裟ですよ。照れてしまいます。皆さんこそ素敵な装いで綺麗です」


「大袈裟などではございませんわ、ありのまま心のままに申し上げておりますのよ。皇女殿下は将来大人になられましたら、それこそ国中の……いえ、世界中の尊い殿方が放っておきませんわ」


「そうですとも、世界一の姫君として名を馳せますわよ。私確信しておりますの」


「もう……皆さん、褒めすぎですよ、皆さんも殿方に注目されるレディーになるに違いありませんからね。気ままにお話し出来る今を楽しみましょう」


「そんな、お恥ずかしいですわ。──ですけれど、今でしか許されない事もございますものね。皇女殿下の仰せの通りですわ、皆で仲良く今を満喫致しましょう」


「皆さん、そうして下さると嬉しいわ」


「私達こそ、皇女殿下と親しくさせて頂ける事を心より喜んでおりますわ」


「皆心は同じですわね。──そう言えば、皆様お聞きになられておいででしょうか? アルストリネ王国の王子殿下が……」


お互いを褒め合った後に、噂話を聞いて楽しむ。知り合って一年が経とうとしている令嬢達とは気心が知れていて話しやすい。


私はしばらく会話をした後、オージスお兄様に「ペルセポニア。他の者達も皆、君と言葉を交わしたがっているよ」と声をかけられ、「私達だけで本日の皇女殿下を独占してはなりませんわ」と令嬢達からも言われて、名残惜しさもあるけれど「では、またお茶会でお会いしましょうね」と、令嬢達との会話から離れる事にした。


それから、まだ続くオージスお兄様お勧めのお料理やスイーツをさらに頂いて、あまたの貴族からお祝いの言葉を受け取り、令嬢や令息を次々と紹介されて──お腹も満たされていた事もあり、会場で二時間過ごす頃には疲れて眠たくなってしまった。


「ペルセポニア、疲れたろう。そろそろ席に戻ろうか。この後、ペルセポニアにしなければならない事もあるし……」


「はい、そうさせて頂きたいと思います、オージスお兄様。でも、しなければならない事とは何ですか?」


「7歳の時に力を測りきれなかっただろう?──国で一番の魔導師に見てもらう事になったんだ。国内外で修練した人物だから、ペルセポニアの持つ力もはっきりするだろう。怖い事も痛い事もないから安心するんだよ」


「はい、オージスお兄様」


頷いて、オージスお兄様に手を引かれて席に戻って座る。ふかふかの椅子と暖かい室内に瞼がとろりとした。椅子に沈み込んでしまいそうだ。


それを見たお母様が、お父様に「陛下、ペルセポニアは今にも眠りたそうにしておりますわ。予定を早めて、すぐに力を見てもらう事に致しませんか?」と提言した。どうやら力を見る前に、まだ何かやる事が残っていたらしい。


お父様は手を伸ばして私の頭を撫でながら、「その方がよさそうだ」と、すんなり受け入れた。私は皇女としてすべき事があるならば申し訳ないとも思ったものの、睡魔は限界でもある。急ぎ、魔導師が私達の元に呼ばれた。


白を基調とした魔導師の礼服をまとった人物が私を見つめ、「おそれながら、失礼致します」と手を取り、じっと何かを計るような素振りを見せて──それから、声を震わせた。


「国王陛下並びに皇后陛下、私はこのような稀有なる力を持つ幼子を見た事がございません。皇女殿下は天上のお方の祝福を受けてお生まれになられたのでしょう。治癒の力と豊穣をもたらす力をお持ちでございます。皇女殿下が祈ればいかなる瀕死の者も癒され、どれほど枯れた大地も豊かな実りを取り戻しましょう。それは国内のみならず他国にも影響を及ぼせる程の強い力と申せます」


「──それは誠か?」


「誓って偽りは申しません」


「それでは、まるで異国にいる聖女という者のようではないか」


家族全員、私の過去世での出来事や転生する時の事を私からあらかじめ聞かされてはいたものの、どうやら私が今度こそ幸せに生きる為に与えられた祝福だと思っていたらしい。事実、私自身もその程度に考えていた。魔導師の言葉で、眠気も吹き飛ぶほど神々の祝福というものの力に驚いた。


「どうか、皇女殿下を慈しまれて下さいませ。皇女殿下の幸福こそが国の護りと繁栄に繋がります」


「──無論だ。ペルセポニアは私達家族の愛おしい宝だからな」


「それをお伺いして安心致しました。私めがここに長居しては悪目立ちする事でしょう。これにて失礼致します事をお許し下さい」


玉座でのやり取りは、賑やかなパーティー会場には届いていない。魔導師も私への賛美の為に呼ばれたと思われているらしい。ちらちらと視線を感じたものの、驚愕する者や怪訝そうに見る者はいなかった。


魔導師が立ち去り、お父様が私に向かって「明日は祝いのパレードがある。この場でのペルセポニアによる挨拶は省こう。国民から祝福を受けるのだから、晴れやかな笑顔でいられるように今夜は休みなさい」と言って、ウィルフレッドお兄様に私を自室まで連れて行くように命じた。


私を祝う為、公の場に集まってくれた人達皆へ、言葉を述べないで下がってしまうのは礼を失しているのではとも思う。しかし、家族からすれば私が疲れている事の方が重要らしく、誰も責める素振りはない。


ウィルフレッドお兄様は私を軽々と抱き上げ、「ペルセポニア、お祝いの本番は明日のパレードだよ。僕達も一緒だからね、記念の8歳を一番の笑顔でお祝いしてもらおう」と語りかけて下さった。


「楽しみです、ウィルフレッドお兄様」


「パーティーの料理はちゃんと今日のうちに国民に振る舞うからね。ペルセポニアは明日に備えて安らかに眠る事だけ考えなさい。いいね?」


「はい、分かりました。──お父様、お母様、皆さんへご挨拶が出来ずに申し訳ありません」


「気に病む事はない。パーティーには十分に参加したのだから、務めは果たしたよ。おやすみ、ペルセポニア」


「ありがとうございます、お父様」


8歳になる。私にとっては特別な事だけれど、それでも国をあげてまでお祝いしてもらえる事には、全てがありがたく思えた。


ウィルフレッドお兄様に抱かれたまま自室に戻り、侍女によって寝間着に着替えさせてもらう。


お父様やお母様、お兄様達はまだ貴族の人達への対応が残っているらしい。皇城で働いている人達も皆忙しそうだ。


侍女にホットミルクを出されて、「本日の皇女殿下は素晴らしいお美しさでしたわ。大勢が集う場に出られて、さぞお疲れでしょう。ごゆっくりお休み下さいませね」と語りかけられながら甘いミルクを飲み、ベッドに潜ると、侍女は優しく微笑んでから他の仕事に戻っていった。


私は半身を起こして、ペンダントの鏡を開いた。


私がこうして恵まれて生きてこられたのも、ハデス様とペルセポネー様から受けた祝福のお蔭だ。8歳を迎える事が出来た今、ぜひお会いしてお礼を伝えたかった。


傍らに横たわっていたアスランが不思議そうに私を見つめている。


「心配ないわ、アスラン。少しだけ出かけるわね。安心してね、そこには私を慈しんで下さった方々がいるのよ」


すると、アスランは納得した様子で見送る姿勢になった。私はアスランの背中を撫でてから、するりと鏡が開いた道へと入り込んだのだった。

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