第12話

休暇が終わって皇城での日常に戻り、私は皇女としての勉強も始まった。


妖魔がくれた宝石は水の魔力が籠められているとの鑑定が出て、それは私にとって悪しきものではなく護りになるとの事で、立派なティアラに仕立ててもらった。


妖魔は愛する人と結ばれて幸せなのだろう、とても穏やかな輝きを見せる。静謐な澄んだ湖の色が、手に取って眺める度に不思議な落ち着きをもたらした。


その宝石は、私にはまだ知らない何かを伝えてきて、心にぬくもりを敬虔な気持ちをおぼえさせる。


日常生活で変わった事と言えば、私の暮らしにアスランが加わった事だろう。


皇城に戻り、自室でアスランと過ごしていると、なぜかリズアンネが姿を見せない。怪訝に思って名を呼ぶと、リズアンネはひどくかしこまりながら姿を現したが、今にも消えてしまいそうだった。消えたがっていると言うべきか。


「リズアンネ、私達はお友達でしょう。なぜそんなに縮こまっているの?」


「ペルセポニア様、大変申し訳ございません……あの、私ごとき罪を犯した魂が、尊き聖獣様とご一緒するなど……許されざる事でございます」


「リズアンネ、罪は償えば済む話でしょう。アスランはとても優しいのよ、怖がらないで。──ね、アスランもリズアンネが一緒にいる事を許してくれるでしょう?」


すると、ソファーに座る私の傍らに陣取っていたアスランが、狐の姿のままで身を起こした。びくりと身をすくませるリズアンネの元へ、ゆったりと歩み寄る。目の前まで来ると顔を上げて、リズアンネの瞳をじっと見つめてから生身のないリズアンネの足許に身をすり寄せた。


「まあ、そんな、聖獣様!」


思わずアスランの行動に膝をつき屈んでしまうリズアンネに、とどめとばかりにアスランが首を伸ばして、彼女の頬をぺろりと舐める仕草をする。リズアンネに生身の身体があったら、卒倒していたかもしれないと思わせるほど、リズアンネは感極まった様子だった。


「──ほら、アスランも認めてくれているわ。リズアンネ、これからも私と──私達と一緒にいてちょうだい。私は皆で仲良くしたいわ」


「ペルセポニア様……聖獣様……ありがたき幸せに存じますわ……。私はペルセポニア様のお傍にいさせて頂けるのですね」


「もちろんよ、リズアンネ。──アスランも、たまには人の姿になって私達とお話ししましょう?」


アスランはリズアンネの元から私の座るソファーに戻り、飛び乗ると身を横たえた。私の膝枕で目を細めて、何だか甘えているようで可愛らしい。


「ペルセポニア様……まさかここまで聖獣様が心をお許しになるとは、ペルセポニア様への謎が深まるばかりですわ。神からの祝福というものだけで片付けられるものではございません」


「そうなの?──でも、今私は本当に幸せに生きているわ。その中には家族やアスランだけでなく、リズアンネの存在も含まれているのよ」


「もったいないお言葉です、ペルセポニア様。聖獣様を畏れて、姿をお見せ出来ずにおりました事をお詫び致します。これからは以前のようにお仕えさせて下さいませ」


「ありがとう、リズアンネ」


「お礼を申し上げるのは私の方ですわ。聖獣様までお傍についたペルセポニア様に、もう用済みとなってもおかしくない私を見捨てずにいて下さるのですもの」


「まあ、リズアンネ。これではお礼が繰り返されて、きりがないわよ」


私がくすくすと笑うと、リズアンネもようやく表情をやわらげた。


「ペルセポニア様……末永くお仕えさせて頂きますわ。私の元に来て下さった聖獣様も仰いましたの、ペルセポニア様を共に護る仲間になろうと」


どうやら魂の姿の巫女には、子狐のままのアスランともやり取り出来るらしい。私は「心強いわ」と喜んだ。──ちょうどそこに、侍女が午後のお茶を用意して訪れ、話は丸く収まった。


それからアスランとリズアンネは少しずつ距離を縮めて親しみ、私はお茶会でも親しくなる令嬢が増えてきて──夏が終わり、秋と冬を過ごして春を迎えた。


そしてついに、私は8歳の誕生日を目前に控えていた。


その頃には、アスランは子狐だった出逢いから、大きく成長していた。見た目だけなら、もう若くて立派な成体の狐だ。


昼間は常に侍女達が控えている為、アスランは狐の姿を保っていたけれど、私がなかなか寝つけない夜等には人間の姿に変わって話し相手になってくれた。


そのアスランが人間の姿になる度に狐としての姿同様、成長しているのを感じる。はじめの頃は私と同い年くらいの少年だったのに、今はもう十代後半の成長期を終えようとしている青年みたいに育った。


そのアスランが寄り添ってくれるさまは、さながら若い騎士のようだ。


アスランは子狐の頃から利発そうで聡明だったが、今では美しくて眩しい。瞳には理智の光が宿り、どことなく神々しいのは、さすが聖獣だと思えた。


「何だか、アスランずるいわ。私を置いて一人で大人になっていくみたい」


ある夜、寝つけずアスランに話し相手をしてもらっていた時、私は唇をとがらせて呟いた。──出来るなら、一緒に大人になってゆきたかったのに。


けれど、アスランの方が遥かにうわてだ。私を見つめる微笑みには余裕さえある。


「一人で大人になったんじゃないよ、ペルセポニアを護れる力をつけてこられているって意味があるんだからね。ペルセポニアとずっと一緒にいる為の成長だよ」


「もう……そう言われてしまったら、私は嫌だなんて思えないじゃない。……ねえ、アスラン」


「ん、どうしたの?」


「私、もうすぐ8歳になるのね……」


前世では、なれなかった8歳に。


迎えられなかった人生の年齢に。


「……これから、ペルセポニアには明るい未来が待ってるよ。もっと愛されて生きる未来が」


「それはアスランの聖獣としての力で分かるの?」


「違うよ、でもペルセポニアはここまで家族に愛されてきただろう。皆がペルセポニアの成長と幸せを願ってくれてるから、ひとつずつ歳を重ねて幸せに向かうんだよ」


アスランの言葉は、私にはまだ難しくて理解しきれない。ただ、私は新しい人生で愛されている事だけは確かだと分かった。


「──さ、もうお休み」


「うん……ねえ、アスラン。狐の姿になって一緒に寝てくれるかしら?」


「仰せのままに、僕のお姫様」


アスランが光をまといながら姿を変えて狐になり、私の傍らに寝そべる。抱きつくと、お日さまの匂いがした。その優しい匂いを吸い込みながら、私は眠りについた。


──その頃、皇城では私の誕生日を祝う為の準備が着々と進められていた。


家族の皆が、私が過去世では7歳で無惨に殺された事を知っている。この8歳という誕生日には、誰にとっても特別な価値と意味があった。


お父様とお母様は、皇家専属のデザイナーを呼んで「ペルセポニアには、皇家の姫としてふさわしくも、窮屈なコルセットなど締めつけずに済むドレスを。まだ幼いペルセポニアにコルセットで苦しい思いはさせたくない。それでいて、ペルセポニアの可愛らしさと美しさを存分に引き立てるデザインで」と命じられた。


デザイナーは俄然張り切って、私の寸法を測りながら「この透き通るようなお肌と、将来が楽しみなお美しさを映えさせるドレスは何色を基調にすれば……」と、ああでもないこうでもないと生地をあてては、しきりに考えてくれていた。


──家族は、皇族である以前に健やかに育つ子供として、誰より祝福される8歳を迎えさせてやりたいと思ってくれていた。


それと同時に、7歳の時には計りきれなかった私の力を詳しく知り、どんな将来にも備えられるようにしておきたいとも考えてくれていた。何しろ、冥府の神と豊穣の女神から祝福を受けた愛し子だ。まだ分からない未知の力が眠っているかもしれない。


それはそれとして、お兄様達はお兄様達で、私に贈るプレゼントについて毎日顔を合わせて話し合い、お父様とお母様は誕生日を祝うパーティーについて、臣下も集めて真剣に話し合っていた。


パーティーは大規模に執り行われ、民にはお祭りとして、肉と焼きたてのパンに具だくさんのスープとお酒、他には普段平民が味わえない果物や高価なお茶と甘いジュースも振る舞われる事になった。


皇家と貴族だけではなく、国全体で私の8歳の誕生日をお祝いしてくれる雰囲気が満ちあふれていた。


私はそれを、過去世の私の分も受けとめて前に進む力にしたいと願った。


それは今なら叶えられる願いだと、確信して。


愛されず生きて、贄にされた幼く非力な私はもういない。いるのは、愛という祝福を受けて未来へとまっすぐに生きてゆく私だ。


──それを信じられる今に感謝しながら、私は誕生日を迎えたのだった。

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