第7話

パーティーを終えて、後日お父様とお母様が、ペルセポニアにも同年代の友人が必要な年頃になったと仰った。


「友人がいれば、ペルセポニアにも良い刺激になるだろうし、人間関係のみならず学ぶ事も多いだろう」


「そうですわね、それに今後成長した時に、親しい令嬢がおりましたら相談相手にもなってくれると思いますわ」


これに異を唱えたのはお兄様達だった。


「ペルセポニアには僕達がいるではありませんか、僕達が寂しい思いはさせません」


と、独占欲をあらわにする。けれど、お父様が「お前達にも同年代で同性の学友がいるように、ペルセポニアにも社交界では同年代の令嬢が友人として必要なんだよ」と告げた。女の子同士でしか話せない事も今後は出来てくるだろうと。


そして、お父様とお母様で「皇家主催でペルセポニアのお茶会を開こう」と提案なされた。


国内で名高い令嬢達が候補に挙げられてゆく。まずは小規模なお茶会にしようと仰るお父様に、私は「フィヨルド伯爵のニヴィアも呼んでください」とお願いした。


「ニヴィア嬢か……彼女は生まれの問題でフィヨルド伯爵家でも複雑な立場だが」


「確かに、ペルセポニアの初めてのお茶会に招待するには……どうかとも思いますわ」


と、僅かに難色を示す両親に、私は「ニヴィアとは、この間のパーティーで友人になりました。文通をするとも約束して、私に親しくしてくれた優しい令嬢なのです」と言い募った。すると両親は、打って変わって「ならば呼ばなければ、ペルセポニアの初めての友人なのだから」と乗り気になった。


ただ、「友人ならばニヴィア嬢がつらい思いをしていたら手を差し伸べてやりなさい」とも仰った。


私は、「もちろんですわ、大切な友人です」とはっきり応えて、両親は「ペルセポニアも成長したものだ、いつの間にか自力で友人を作って令嬢と親しめるようにまでなってくれたのだな」と喜んだ。


──そしてお茶会には、7歳から10歳までの選りすぐりの令嬢達が呼ばれた。皆が高位貴族で大切にかしずかれて育った、そうそうたる顔ぶれだ。


お茶会には、お茶の他に、綺麗で美味しそうなお菓子と一口大にカットされた色とりどりの果物もたくさん用意されて、テーブルを彩る。


私は淡いレモンイエローのシルクに、レースのついた生地や真珠等の白い装飾をほどこしたドレスを選んだ。結った髪に編み込むリボンや靴もレモンイエローに揃えて、家族からは可愛らしくて他人に見せるのがもったいないと、少々物騒な太鼓判を押された。


招待を受けて登城した令嬢達は皆淑やかで可愛らしく、ドレスもアクセサリーも並々ならぬ気合いが入っていて、私への挨拶も楚々として完璧だ。皆揃って、これぞ貴族といった雰囲気をまとっていた。


けれど、気高さは素晴らしいものの、澄ましているさまに親しみは感じられない。令嬢達は私に粗相があってはならないと、仲良くなる事よりもまず教わってきた礼儀作法を守りながら、選ばれた貴族の令嬢として振る舞う事に集中していて、私は正直なところ戸惑っていた。


でも、そこにニヴィアも到着し、私達は無邪気に再会を喜んだ。


「ニヴィア、ようこそ。パーティーの時は楽しかったです」


「皇国の輝ける星である皇女殿下にご挨拶申し上げます。──私の方こそ、親切にして頂けて本当に楽しめましたわ。パーティーで出されていたデザートの美味しさと珍しさは初めてのものばかりで。皇女殿下にお誘い頂けなければ、独りで座って過ごすだけでしたもの。心より感謝申し上げますわ」


「私も、パーティーでどなたに話しかければ良いのか分からずにいた中で、ニヴィアが打ち解けて下さって嬉しかったです。──その封筒はお手紙ですか?」


「はい、お恥ずかしながら……皇女殿下へのお礼をしたためましたの。よろしければお受け取り頂けますでしょうか?」


「もちろん、喜んで。必ずお返事を書きますね」


「ありがとうございます。光栄でございます」


思わず会話が弾む。しかし、令嬢達は私達の親しげなやり取りを目の当たりにして、ニヴィアに嫉妬したようだった。お茶会が始まると「ニヴィア様の本日のドレスはご姉妹からのお下がりですか?サイズが合っていませんけれど」と口許を扇子で隠しながら横目でニヴィアを見遣り、ちくりと言い出した。


「皇家のお茶会に見合った新しいドレスも用意して頂けないだなんて、お生まれに問題があるとやはりそれなりの扱いをされてしまいますのね、お可哀想に……」


他の令嬢も続き、揃って蔑むような嫌味を言う。ニヴィアは肩身が狭そうにしていた。これでは、せっかく招待出来たのにニヴィアを悲しませるだけで終わってしまうし、両親が用意して下さったお茶会も楽しめるものにならない。


私は、「けれどパーティーでのドレスはとてもお似合いで可愛らしかったですよ。私ともすぐに打ち解けて下さって、どれだけ嬉しかったか。ニヴィアは境遇に負けない、可愛いだけではない強さも持ち合わせた令嬢ですね」と庇った。


気まずい空気になったものの、怯んではいられない。私は努めて穏やかに、「今日のドレスはご姉妹からのものでも、それでも私に会うためにお越し下さったお心が何より嬉しいです。もちろん皆さんにも私と仲良くして頂きたいですが、その為にも私の初めての友人であるニヴィアの事も認めてもらえませんか? 皆さんも、私の両親から素敵な令嬢だと認められて招待されました方々ですもの、皆で仲良くしましょう」とお願いした。


令嬢達は私からの反撃にばつの悪そうな顔をした後、「皇女殿下と親しくしているニヴィア様を見て焼きもちを焼いてしまいましたわ、申し訳ございませんでした」と謝り、「せっかく皇女殿下の初めてのお茶会に呼ばれた者同士ですもの、心を改め、皆様で楽しんで皇女殿下と親しみたく存じますわ」と言ってくれた。


そしてニヴィアにも「ニヴィア様、失礼な事を言ってしまいましたわ、申し訳ありません。お許し頂けましたら幸いですけれど」と、謝ってくれて、ニヴィアは笑顔になって「私は大丈夫ですわ、さすがは皇帝陛下と皇后陛下がお呼びになられた方々ですのね、私ごときにも皆様お心がお優しくていらっしゃって嬉しいですわ。皇女殿下も良い方々とお知り合いになれてお喜びの事でしょう」と、彼女達を許した。皆様のお気持ちは分かるので、と。


そして気を取り直して、美味しいお茶とお菓子に会話が弾み、令嬢達は「私達も、ぜひ皇女殿下と文通したくございますわ」と願い出てきてくれた。


「皇女殿下にもお勉強がお忙しい中ですので、負担にならないように気をつけて、頻繁にはお手紙を送りつけないようにしますので」とまで言われて、私は令嬢達が歩み寄って来てくれたのが嬉しくて、「いいですよ」と微笑む。この場に集まった令嬢達は全員でも五人ほどだ、大した負担にはならないだろう。


令嬢達は喜び、「流行りのデザインやアクセサリー等をお伝えしますわ、あとは私事も」と悪戯っぽく笑って「ここにいる私達だけの秘密でございますわよ」と言う。


「それに致しましても、皇女殿下はお言葉遣いが私達にも丁寧すぎますわ。貴族の娘でしかない私達に皇家の姫君が丁寧語でお話し下さるだなんて」


「そうなのですか?」


「ええ、丁重におもてなし頂けて恐縮してしまう程でございます」


私といえば、これまで家族という目上の人達としか親しく話してはきていないし、過去世に至っては慣れ親しめる人など一人もいなかったから、令嬢達との付き合い方が今ひとつよく分からない。


それに、くだけた話し方が私には許されるとしても、まさか身の回りの世話をしてくれる侍女相手のように接するのは、いくら何でも許されないだろうし、首を傾げて少し考えていると、令嬢達の方から「ですけれど、その謙虚でおられるところが皇女殿下の素晴らしい美点なのでございましょう」と助け舟を出してくれた。


そうして、今後はお友達同士でしか話せない事を皆で楽しくお話し致しましょうと約束して、令嬢達は名残惜しそうに「またお会い出来る事を心より願っておりますわ」と言い、私も「ええ、またお茶会を開いて頂きますから、ぜひ呼ばせて下さいね」と応えながら、お茶会は無事に終わって別れた。


私は家族に「とても楽しかったです。女の子だけで集まると、味わった事のない華やかさがありました。皆さん、綺麗な小鳥のように装われて、でも人間味のある……素敵な出逢いに恵まれました」と話した。


お兄様達は、「でも一番の仲良しは僕達兄妹でいて欲しいな、出来れば独り占めしたいくらいだ」と本気か冗談か分からない事を笑いながら言った。


私が、「お兄様達は大切なかけがえない家族です。だから、代わりになる人はいないですよ」と言うと、お兄様達は一様に喜んだ。


お茶会の成功と兄妹の仲の良さに、両親も満足そうだった。「兄妹と言うものは政争の火種になりやすいものだが、私達は善良な子供達に恵まれたな」と、微笑ましく見守って下さる。


そしてお父様が、「せっかく仲の良い家族だ、今年の夏は暑くなりそうだし、旅行を兼ねて皆で避暑地に行ってみよう」と言ってくれた。「私達は皇家の者だけれど、ひとつの家族としての思い出も作ろう」と。


「本当ですか? 約束ですよ、父上」


カエサルお兄様が頬を薔薇色にしてお父様に言うと、私と一番歳の近いナイトベルツお兄様もまた、「父上、兄上達は行った事があるのですか?──僕は初めてです」と続く。アンフォルトお兄様は優しげな眼差しでナイトベルツお兄様に「前に行った時には、まだナイトベルツは母上のお腹にいたんだよ。初めてなのは、ペルセポニアとお揃いだね」と語りかける。


皆がお父様からの提案を喜び、私も心から楽しみに思えた。家族全員で旅行だなんて、過去世では無縁の話だったし、今生でも生まれて初めてだ。


聞くと、大きな澄んだ湖もある閑静な場所らしい。期待に胸をふくらませて、初めての旅行に想像がやまなかった。

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