第4話

7歳のお祝いは国民にも広く祝われた。聞くところによると、お祝いに集まった国民全て、明日のパンにも困る人達に至るまで平等に、料理とパンと干し肉にお酒かジュースが振る舞われたという。


皆がそれをありがたいと喜び、私が生まれたおかげだと口々に祝福してくれているそうだ。


私は、可愛いベビーピンクの生地に艶のある白い生地を合わせて繊細なレースと金糸の刺繍をあしらったドレスを着て、今日の眩しい程に陽射しがさす天気のように過去世の痛みから立ち直り、晴れ晴れとした気持ちでパレードの為に馬車へ乗る事になった。──なった、のだが。


「……お父様、この馬車は……」


「ああ、何しろペルセポニアが初めて城の外に出るのだからな。僅かでも危険があってはならないと考えて、東国から取り寄せたヒヒイロカネで作らせた。繋いだ馬にも傷つけられて暴れないようにヒヒイロカネの装身具を着けているんだよ」


「ヒヒイロ……カネ……」


お兄様達が話していた事がある、ミスリルやオリハルコンのような金属だろうか。あれはおとぎ話の世界の物質だとばかり思っていたけれど、どうやら現実に存在するらしい。ヒヒイロカネとは初めて聞いた名前の金属だけれど、──それにしても、いかにも強固で重々しい造りをしている。


六頭立てになっている馬車の出来に満足そうなお父様と、全てが金属で出来ている重厚な馬車を交互に見つめる。私の為を思って下さるのは嬉しい……ものの、鈍色に輝く窓さえない馬車は明らかに何かがおかしい。


「お父様……あの、この馬車では国民の皆に私の姿が見えません」


それではパレードを行なう意味がないのではないだろうか。そんな私の疑念に、お父様は「ペルセポニアが城から出るという事が重要なのだよ。国民に皇女ペルセポニアを広く知れ渡らせる事が。……それとも、この馬車ではペルセポニアは不満だろうか?」と言って、最後は少し悲しげになってしまった。


私は曇ったお父様の面持ちに慌てて首を横に振り、「不満なんてありません、……ただ、国民の皆は私の姿を見る為に沿道に集まると聞いていましたので……」と弁明した。


そのやり取りを間近で見聞きしていたのはオージスお兄様だった。第二皇子であるお兄様は、昨年から自らの潜在能力を磨くようになっていて、めきめきと頭角を現してきている。オージスお兄様は「父上のお気持ちは大変良く理解出来ます。そして可愛いペルセポニアの気持ちも。──お任せ下さい」と言って、おもむろに馬車へと近づき手をかざした。


すると、お兄様の手から光が放たれて馬車へと向かい、本来あるべき箇所にガラスのような窓が出来た。これは魔法だろうか、私は唖然としてその変化を眺めた。


オージスお兄様は、どこか誇らしげに「父上、これは一見普通の窓に見えますが、ヒヒイロカネのままです。いかような襲撃にも耐えうる強度を保っております」と説明した。


お父様の気遣いと私の意思がすり合わさる窓に、お父様も晴れやかな表情になる。


「よくやった、オージス。──ペルセポニア、これならば国民にもお前の姿が良く見えよう。お前にも国民からの祝いがしっかりと見えるに違いない」


「ありがとうございます、お兄様にお父様。国民の皆の姿を見るのは初めてですから、楽しみです」


これならお父様やお兄様達と私に限らず、誰もが満足出来るだろう。私は僅かな緊張と大きな喜びを胸に、お父様の手を借りて馬車に乗り込んだ。さすがに内部まではヒヒイロカネではないらしい。優しい弾力の座席は、馬車の揺れを軽減してくれるであろう上質なものだった。


向かいの席にお父様とお母様が座り、馬車は逞しく立派に鍛えあげられた馬によって、ゆったりと動き出す。


初めての市井はお祝いに沸き立っていて圧倒されるほど賑やかだった。広大な国土の国民全てが集まれた訳ではないだろうに、沿道は人でぎっしりしている。


杖をついたお年寄りに、振る舞われたお酒で顔を赤らめている大人、ちぎれそうな程に手を振る子供と、幼い子を抱いて子の手を取り私へと手を振らせる母親らしき女の人。ヒヒイロカネの効果なのか、誰もが口々に声をかけてきてくれているのは見えるけれど声までは聞こえない。それでも、皆が笑顔なのでお祝いの雰囲気は十分に伝わってきた。私がにこりとして手を振ると、飛び跳ねんばかりに群衆が身振り手振りで反応を返してくれる。


「お父様、お母様、皆が素敵な笑顔です。こんなにたくさんの人が集まるのを、私は初めて見ました」


「皆、ペルセポニアを祝ってくれているのよ。堂々と人前に出られるようにまで成長した、あなたを喜んでくれているわ」


「だとしたら、本当に嬉しいです。でも、私は一人で成長したのではありませんよね。家族の皆や仕えてくれるお城の人達、数えきれない存在が私を育ててくれました」


「それが理解出来るのなら、ペルセポニアも立派な皇家の一員だな。お前のその聡明さを喜ばしく思うよ」


過去世では誕生日を祝われたことはない。私は、面映ゆい気持ちで晴れ晴れと喜んだ。


パレードも無事に終わり、それから改めて潜在能力の検査を受ける事になっていた。すると、3歳の時にも乗った、能力を示す六芒星の水晶の板が金色に輝き、私の力に耐えきれず粉々に砕けてしまった。粉々になった水晶が、金色の光を反射して特別な部屋をきらきらと満たす。音もなく砕けた水晶に、私だけでなく居合わせた全ての人が呆然とした。


測定の為に呼ばれた聖職者によると、金色に輝くことも砕けることも過去に前例がないという。


何しろ初めての事なので、私の潜在能力は3歳の時と同様に詳しくは分からずじまいだった。それでも素晴らしい能力──神力が示されたことには変わりない。周囲は驚きをもって私を褒め讃えた。皆が私の更なる成長と将来を楽しみにしてくれている。


こんなにあたたかい気持ちの誕生日は、過去世も含めて初めてだった。


私は、家族の皆に「お父様とお母様の娘として、お兄様達の妹として、生まれてこられた事を幸せに思います。皆の事が大好きです」と伝えた。家族に面と向かって大好きだと告げるのは初めてだ。お父様は「皆、聞いたか? ペルセポニアが素晴らしい言葉を覚えた。しかもそれを真っ先に私達へ贈ってくれたのだぞ」と、いたく喜ばれて、──大袈裟な気もするけれど、この日を国民の祝日にしてしまった。


しかも異論を唱える家族は一人としていなかったので、皇家の総意として即決し、臣下もまた慣れというものは恐ろしく、「皇女殿下は我が国の輝ける星にございますゆえ」と従い、お父様の暴走にも思えるけれど、それを諌めたり止めたりする者は皆無だった。


そして、私がお願いしていた──いつでも持ち歩ける鏡が、早くも両親から贈られた。


ペンダントになるそれは、西国から輸入された黄金を用いており、煌めく宝石をあしらった美しい細工のものだった。


私が恐縮して「こんなにも贅沢なものは貰えません」と言うと、お父様から「ここ数年の間ずっと国では豊作が続いていて国民の生活は潤っているし、貿易も滞りなく上手くいっていて国庫が豊かなんだよ。これはペルセポニアへの誕生日祝いの延長にあるものだから、ペンダント一つで気にする事はないんだ」と言われた。


私はその豊かさがペルセポネー様からの祝福の力によるものと──何しろペルセポネー様は豊穣の女神様だ──直感で気づいたけれど、神様から祝福を授かって生まれた事は誰にも言えない。私は、心の中でペルセポネー様に感謝した。


そして、ハデス様からの祝福には何が附随するのだろうと思ったけれど、顕現してはいない今の段階ではハデス様には訊かない方がいいだろうと考え直した。


お祭りは夜まで続き、臣下や家族からの誕生日プレゼントに囲まれて、私は、夜も更ける頃に幸せな気持ちで眠りについた。


そして、お父様の暴走等は足許にも及ばない程に、恐ろしい残酷な夢を見た。戦場で瀕死の重傷を負った兵士達が横たわる夢。中にいる高官らしき人のまとう鎧に刻まれた紋章から、その人達は西の隣国であるアルストリネ王国の兵士なのだと分かる。


夢なのに鉄のような生臭いような血の匂いが生々しく感じとれる。兵士は傷を包帯で巻かれているだけで寝かされており、中には腕あるいは足を失って呻いている人もいる。内臓を損ない、苦痛のあまり「いっそ死なせてくれ」と喘ぐ兵士まで、まともな治療も痛みをやわらげる薬も受けられず床に敷いた粗末な布の上に寝かされている。


それらは、あまりにも痛ましくて、私は彼らの帰りを待つ家族の元に帰してやれたら、この傷を癒す力が私にあったなら、どれだけいいだろうと心を痛めた。夢の中ならば私は幼さ等関係なく心のままに動けてもいいはずだ。そう思いつき、ならば助けたいと強く願った。


──すると、私の身体が内側から熱くなり、何かが自分から放出されるのをまざまざと感じた。夢の中の兵士達は真っ白な光に包まれて、──気づくと全員のどんな傷も癒されて助かっていた。手足の欠損まで元通りになっている。奇跡だと泣いて喜ぶ兵士達の声を聞きながら私は放心して夢なのに身体の力が抜けてゆくのを感じ──朝を迎えて目を覚ました。


その、夢だと思っていた事が、昨夜現実に起きた奇跡だとは思いもよらないで。


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