第2話 実力派歌手はクールで可愛くて
私は、今大人気の実力派歌手”サラ”のマネージャーをしている。ほんの、1年の付き合いだが。サラはとても綺麗で天使を思わせるような容姿をしている。その実、とてもクールでストイック、歌や演出など、この仕事に関して一切の妥協を許さないような人でもある。まあ、この業界は実力がないと生き残れないといわれているが。私から見てもその努力はなかなか出来るものではないと思う。それくらい自分に厳しい。また、一見天使のような愛らしい風貌をしているが、なかなか隙を見せないような凛とした空気を纏い、世間からもそのストイックさを認知されているためか「とてもクール」それが世間のサラへのイメージだ。私も実はつい先日までそう思っていた。だが、それは彼女の中の一面でしかないことを実感したのだ。可愛い。今、はっきり断言できる。前までは「綺麗だ」と思うことが多かったが、今は「可愛い」とも思うようになった。そう思うようになったきっかけの事件を起こしたのは私なのだが。
私がサラのマネージャを務めることになったのは、サラの人気が出始めてからだった。それまで、マネージャーを務めたのは1人。その子はまあまあの知名度で終わった。だから、2人目が人気の出始めとはいえサラということにとても委縮したのは覚えている。だが、いざ引き受けてみると仕事にやりがいを感じ始めた。全国ツアーが決まるととても達成感と幸せを感じた。サラのマネージャーということに誇りを持った。サラはどんどん知名度を上げ、今では老若男女に人気な大人気歌手となった。ただ、それでも悩みがないわけではない。それは、サラとの距離間が初めて会った時と余り変わらないということだ。いわば、そっけない。ただその一言に尽きる。他の芸能人とそのマネージャーを見てみるとそれを余計に感じてしまう。私はそのことを一回社長に相談してみようと思い、アポを取った。
そして、社長室にて。
「それが何が問題なの?」返ってきた言葉がそれだ。「大問題ですよっ!!!!」と即座に返事をした。そりゃあ、稀にお互い距離感が遠い芸能人とマネージャーはいるが、私はそれでいいと思えない。むしろプライベートと仕事両方を支えてマネージャーと言うべきではないのかとずっとそう思っている「だったら、本人にもっと親しくしましょうって言えばいいんじゃない?」社長のその言葉に私はもっとムキになって言い返した。「そんなこと言えたら苦労しませんよっ!!」と。
社長室から出て、突然自分への嫌悪感が湧いてきた。そんなこと社長に言ってもしょうがないよな。これは、私とサラとの関係の問題なんだし。でも、もっと心を開いてくださいって言われたって、困るだけだよね。どんどんネガティブな思考に陥ってきた。最終的にはサラに好かれてないんじゃないんかなとさえも思えてくるほどに。ネガティブなところが私の悪いとこだっけ?でも、しょうがなくない?やっぱり人に嫌われているか気にしちゃうし、それがサラなら余計に気になる。
なんだかんだ考えている内に部屋に着いた。少しだけドアが開いている。気にせずドアノブに手をかけると、誰かのすすり泣くような声が聞こえた。...........サラ?
私は体が固まった。開いている隙間から少しだけ顔を覗かせると、サラの後ろ姿が見えた。その少しだけ儚く見える姿に心が痛む。悲しいことがあったんなら、私に相談して欲しい。そう切実に思った。ただ、思いはしてもなかなか中に入る勇気が出ない。何分か経ち、意を決して中に入ると机に伏せていたサラは、顔を上げた。さっきよりは幾分か涙は引いているが、泣いていたことが一目でわかるような顔をしている。私はなんてこともないような風を装い、なるべく自然に話すように心がけ、「どうしたー?悲しいことでもあった?良かったら私に話してもいいんだよ」と言った。でもサラは、「ううん、何でもない.......」と言い、会話を終わらせた。いやいや、何でもないことはないでしょ。それとも、私には頼りなくて話せない?そう心の中でサラに問いかけても、声が出せていないし伝わらない。私は、そっとその場を離れた。
ああ、結構きついなあ。そんなに頼りないかな?私。普段から、そりゃあドジだし馬鹿だけど、結構支えてきたんだけどなあ。その時、もう辞めようかなと思った。もともとマネージャーとしてのスキルは未熟だし、まだ若いから、転職も考えてみるべきかな。
思い立ったから、すぐ行動に移った。
社長にも結構惜しまれたけど、そこら辺はもう断固辞職するという姿勢を取った。私がこの時一番驚いたのは、社長が惜しんでくれたことだった。結構、雑な扱いをされていたから、辞めるのもすんなり認めてくれると思ったんだ。
そして、退職一週間前になった。
そろそろ、サラにも言わねばと思う。惜しんでくれるだろうか?それとも、「はい、バイバイ」で終わって、惜しんでくれない?それは、分からないけど、勇気を振り絞って声を上げた。「サラ、少し話があるんだけど」「何?」と短くサラから返事が返ってくる。「あの、実は私退職することになったの」その言葉を告げた瞬間、勢いよく「ガタンっ!」と椅子を引く音が鳴った。あまりの音の大きさに驚いて、目をつぶった。そして目を開けた瞬間、もっと驚くことになった。
サラが泣いていたのだ。大粒の涙をその瞳からボロボロ落として。私は、あまりの驚きに瞬間的に駆け寄った。そして意味不明な謝罪が口からこぼれる。「ごめん.......ごめんね」そう言葉を繰り返すが、サラは泣き止むのをやめない。部屋が静寂に包まれている中、「ヒックっ.......ヒック」とサラの泣く声だけが響いた。私は、サラの背中に手を合わせ、なだめるようにさする。
そして、何分か経った瞬間部屋の扉が勢いよく「バタンっ!!」と開いた。私は思わずサラから視線を外し入ってきた人物を見る。それは、社長だった。そのつかの間、とんでもないことを言う。「ドッキリ大成功!!」私とサラはその言葉に思わず目が点になる。でもお構いなしに社長は言葉を続けた。「サラ、マネージャーが辞めるのは、実は嘘でーす!」私はその言葉に上司とか関係なく、社長の服の襟を掴み、思いっきり揺さぶりながら、「なっ何言ってんですか」と言った。社長は私を宥めるように「まあまあ。それよりも、サラを見てみなよ」と言った。私はその言葉に素直に従いサラを見る。サラはあからさまにほっとしたような顔をしていた。私はそんなサラを見て、目を見開く。社長はそんな私の様子を見てか言葉を続ける。「誰と誰が距離感遠いの?私には、十分にサラがあなたに心を許してるように感じるけど」私は、社長のその言葉に、サラの様子に、頬が緩んでいくのを感じた。でも、また普段の短い会話を思い出して顔が強張っていく。その様子を気にも留めずに、社長は部屋を出ていく。
私はその場にいることができないと思い、反射的に社長を追い、聞く。「どうして、あんなこと言ったんですか?私、もうこの仕事辞めるつもりですよ」と。その言葉に社長は「サラと距離感が縮めれなくて、自信も無くしたから?」と問う。私はその問いに、「そうですよ。社長はああいいましたけど、距離感は普通に遠いですよ。それに段の会話は短いし.......」私のその言葉に今度はニマニマした顔で「いいこと教えてあげようか?」と言う。私はむっとして、「何ですか?」と怒りながら聞く。すると社長は内緒話をするかのように、私の耳に手を当てて、コショコショと言った。私はその言葉に目を見開き、「ええええええー--」と思わず叫ぶ。
実はサラは、心を許した相手には無口になるそうだ。だから私にそっけなかったのは、それだけ心を許されていることと等しいんだそうだ。私はそれを理解して「なんだあ」と言葉を漏らし、思わず安堵の笑みを浮かべた。社長は、「これからも仕事続けてくれるね?」と聞いてきた。私はその問いに元気良く「はいっ!!!!」と言い、頷いた。
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