素直で少し天然若頭とクールで可愛い歌手

哀歌 奏

第1話  若頭は素直で少し天然で。

よく漫画や小説の表現で「目だけで人を殺せそう」とか言う文章あるじゃん。僕は、これを地で行っている人をただ一人知っている。その人は、とても顔が綺麗でこの世のものかというほど美しくて、人を寄せ付けない凛とした空気を放っている。

だけどね、見た目とは裏腹に怒ると超怖い。そして同時に優しくもあり、素直でもあり、天然でもあるのだ。そう今日、実感した。




目の前で、1人の組員が複数のこれまた組員にタコ殴りをされている。ただならぬ空気感に包まれ、その場にいるだけで悪寒がして震えるほどだ。この僕がだ。若頭の側近として仕えて1年半、果たしてこれまでの惨状を見たことがあっただろうか。これでも腕が立つといわれているのに。隣にいる組員は、青白い顔をして気を失っている。この部屋は、狂気に包まれていた。


すると、ただ一人無表情で傍観していた男がソファから立ち上がった。言わずもがな、これが若頭の”藤堂 梓”だ。その男が手を少し上げた瞬間、殴っていた複数の組員たちが一斉にピシッと整列した。その場で仰向けになり寝転がっている人物は、殴られていた組員だ。顔はボコボコになっていて、とにかく出血量がすごい。殴られただけで、こうも人は血だらけになるのか。そう思わず感心するほどだ。いやいや、死んでいるんじゃないのか。これ。


すると殴られた組員に若頭が一歩一歩近づいていく。そのたびに体から放たれる殺気がどんどん濃くなっていく。そして仰向けになっている組員の腹を思いっきり踏んだ。すると、「ボキッ」と音が鳴り、その組員は「がっ......はっ」と血を吐いた。

若頭を見ると、その顔には普段しないような笑みを浮かべている。僕はその瞬間背筋が凍った。そのまま体を動かせずにいると、若頭はスーツの胸ポケットから銃を取り出す。そのまま引き金を引こうとする。その瞬間、「ばたんっ」と音がしたのでそちらを見たら、ある人物が立っていた。その人物の顔を見た僕は、ほっと息をついた。

でも、若頭の動きは止まらない。すると、その人物は若頭のほうにゆっくり歩みを進めていく。そして組員に銃口を向け引き金を引こうとする若頭の腕を掴み、叫んだ。

「何やってんだ!止まれっ!!」その言葉を聞き、若頭は「ピタリ」と動きを止めた。その瞬間、静寂が走る。すると若頭は、興味を失ったように無表情に戻りソファに座った。殴っていた複数の組員たちや周りにいて傍観していた組員、部屋の外で聞き耳を立てていた組員までも安堵のため息をついた。僕ははっとして、叫んだ。「この男を運んどけ、後は解散だ」と。



そして、その場が僕と若頭、若頭を止めたもう一人の側近”桐谷 将人さん”だけになった。僕は将人さんに近づき、思いっきり頭を下げお礼を言う。すると将人さんは

「あれは、なかなか止めには入れないだろう」と苦笑した。「何があったんだ?」と将人さんから聞かれ、「実は........」と僕は将人さんにぼーっとする若頭を横目になぜ、あんなに若頭が怒っていたのか事情を説明した。実はさっきの組員は不良の高校生に対して横暴に振舞ったり、堅気の人間に対して恐喝をしていたりしたのだ。すると、将人さんは突然黙った。僕は思わず「どうしたんですか?」と聞き、顔を覗かせた。すると将人さんのとても恐ろしい顔が目に映った。僕は思わず目を見開き、後ずさった。「いや、あの組員の名前は何だったかなと思って、確か最近入った新入りだったよね」と僕に尋ねた。その顔には、さっきと打って変わって薄っすら笑みが浮かんでいる。僕はその問いに「名前は確か、河野勝親だったと思います」そう返した途端、顔が真っ青になっていくのを感じた。「すみませんっ!!」僕は土下座をする勢いで頭を下げた。実は、河野勝親という男は僕ら籐香組の敵対勢力である勝治組の組員だったのだ。確か、そんな名前の奴がいると報告書には上がっていたのに。それも他の組に構成員として入るスパイとして。僕は、河野を組員として採用したという自分の過ちの大きさに気付いた。僕はズボンのポケットに入れてあった折り畳み式のナイフを取り出し、自分の首に突き付けた。将人さんは目を大きく見開き僕の腕を掴み、ナイフを振り払った。ナイフは遠くへ飛び、壁に突き刺さった。僕は半泣きになりながらも、「償いを........」と呟くように言った。すると将人さんは、呆れたように笑い「償いも何も、気づけなかった俺らも悪いしな」と言った。僕はそれでも納得できずに、「でも.......」と言う。将人さんは若頭の方向に指を指し、「あいつも気にしてないしな」と言う。その言葉に僕は目をパチクリさせて「でも、あんなにキレてたじゃないですか、あいつが河野組だからじゃないんすっか」と尋ねた。その言葉に今度は将人さんが目をパチクリさせ、笑った。「違う違う、あいつがあんなにキレてたのはあの組員が堅気の人間相手に恐喝やらなんやらしていたからだ」とそう言った。「あれでも、そんなことが嫌いな質なんだよ。それに、お前が側近になっている時点で、あいつはお前のことを認めているし、そこらへんも信頼してる。まあ、次は気をつけろよ」その言葉に僕は泣きそうになりながらも、「てっきり、僕は嫌われているのかと。だっていつも会話なんてないし、話かけても無表情だし、正直認められてわからなかったです」と心の内に溜まっていた若頭への思いをぶちまけた。将人さんは「あっははは」と大声で笑い、「だってよっ」と若頭に話を振った。

僕はすっかり若頭の存在を忘れていたので、顔を真っ赤にしながら謝った。彼は相変わらずの無表情で「...........お前の実力は買っている」と言った。僕はその言葉を聞き、思わず顔がにやけた。その僕の顔を見てか、将人さんは秘密の話をするかのように僕の耳に手をあてて言った。「いいこと教えてやろうか?」と。僕の好奇心が刺激され、思わずその話に食いつくと、こしょこしょと内緒話をするかのように言った。僕はその言葉を聞き、目を見開いて、「ええええええー--。若頭は実は、素直で少し天然っ!!!」と叫んだすると若頭は「少しうるさい」というかのように顔を歪めた後、不思議そうにきょとんとして、「人間に、天然と養殖という分類があるのか?」と尋ねた。僕は目をパチクリさせて、「本当だったんだ」と呆然とし、呟いた。将人さんは、得意そうな顔をして「なっ、言っただろう」とおかしそうに笑った。

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