第25話 ちゃんとした大人だ。

コンコン…



 部屋に籠り三日目の朝、ノックが鳴った。

ベッドから下りドアにぶつける準備をすると、青年は『誰?』と問いかけた。



『メロンだよ~?』



 高く可愛らしい声が聞こえると、青年はベッドに腰掛け『どうぞ?』とにこやかに返した。

静かにドアが開きおずおずと中に入ったメロンは、青年の機嫌を窺うように大きな目でち…っと青年を見上げた。



「…まだご飯、あっちで食べない?」


「うんごめん。」


「そ、そう。」



 二日前までは毎食マグダラと共に席に着いていたのに、二日前から青年は部屋に籠り…、彼等は二人をとても案じていた。

故にこうして、一緒に食べようよ?と誘いに来たのだが、青年は笑顔でスッパリと断った。


彼等が自分達の関係に動揺し案じているのは分かっていたし『仲直りしてね?』と諭されもしたが、正直それは一生無理な気がした。



(あんなクズと食う飯なんざねえ。)


「あ…あの…ね?」


「うん?、どうしたの?」


「……あの…ね。……」


「………」


「…うっ!」


「!」


「う~~っ!!」


「…ちょ、」



 メロンが小さな体を丸め泣き出し、青年はギョッとして慌てながらメロンを膝に乗せ、撫でた。

するとメロンは涙を必死に拭いながら、黒く長い尻尾をキュッと青年の腕に絡ませた。

思わず胸までギュンと鷲掴まれた青年だったが、メロンは力無く泣きじゃくるばかりで…、胸が締め付けられた。



「ほら~泣いちゃった~。」


「…おはよ、ヨワッチ?」


「アップル、チェリー…。」



 アップルは呆れたように二人に近寄り、メロンを宥めた。

チェリーはストンと青年の隣に座り、そっと肩に頭を寄せ寄りかかった。


青年は流石に気まずくなり、無言でメロンを撫で続けた。

するとアップルがタコ手でそっと青年の手に触れた。



「あのね?、メロンは言いたいことが一杯あってね。

だけど何から話せばいいのか、どう言えばいいのか分からなくなっちゃったの。」


「…一つづつ、教えてくれる?」


「うん。」



 アップルは片手を青年の手に、片手をメロンに添えながら話した。



「マグダラ様とちゃんと話さなきゃダメ。」


「ごめんそれは無理。」


「なんで?」


「…それは、…ちょっと色々あって。」


「怒ってるの?」


「そう。」



『マジで殺してやりたいほどなあ!?』…と顔をそっと引き吊らせた青年に、アップルは静かに突き付けた。



「なんで怒ってるのか、ちゃんと自分に聞いてあげたの?」


「…え?」


「怒るって、心には無いんだよ?」


「え、……え?」


「怒る時っていうのは、必ずその前に心に何かが起きてるの。その心がどうにもできないから、怒ってどうにかしようとするんだよ?」


「…!」



 アップルの諭しに青年は気が付いた。

確かに怒りは込み上げてきたが、その前に激しく心が揺さぶられていたと。

そしてその時の事をじっと思い出すと、怒りの原因がすぐに浮上してきた。



(ショック…だった。)



 そう。彼は酷くショックを受けたのだ。

男である自分がまさか…と。

こんな事誰にも言えやしないし恥ずかしいし、何よりも自分の体を勝手に好きにされた事が例えようのない程にショックだった。…と。


 キュッと口を縛りうつ向いた青年に、アップルは静かに続けた。



「…ちゃんとマグダラ様と話してないでしょ?」


「…話し……」



『話したよ』…と返したかったのに、口ごもった。

冷静に考えてみれば、確かに自分は余りのショックから対話を拒否していた。

ただ怒りをぶつけ、聞く耳を持たなかった。



「……」


「…ヨワッチは、優しいよ?」


「え?」



 突然の言葉に眉を寄せ顔を上げた青年に、アップルはチェリーをタコ手で指し示した。

チェリーは口角を上げ、そっと掌に隠し持っていた布を見せた。

その布は青年がチェリーの為に作りプレゼントした、夜一緒に眠る時の為のガードバンドだった。


 チェリーが『鱗が固いから一緒に寝れない』と悲しげに言った時、青年は頭の鱗を覆い隠せるガードバンドを作ろうと思い立っていたのだ。

そしてアップルに材料を貰い、丁度部屋に籠り暇だったのでサクサクと製作し無事にプレゼントできたのだが、この時のチェリーの喜び様は初孫が生まれた祖父母よりもオーバーなものだった。



『キャーーーーーーーーーー💖💖💖!?』


『いいなあっ!?』


『すごいヨワッチ!!、ものを作れるの!?』



 布を筒状態に縫い、筒の上部と下部にグルッとゴムを縫い付けただけの物にここまで騒がれ、青年の方が『たいした出来じゃないのに…!!』と申し訳なくなった程の騒ぎであった。


そしてチェリーはそのガードバンドを、『たからもの』と呼んだ。



『大切にするね!、ありがとうっ!!』


『…うん。喜んでもらえてよかった。』



 彼等はそれをたからものと呼び、暇があればチェリーに見せてもらい、憧れ、うっとりと溜め息を溢した。

彼等にとって『作られた物』というのは、等しくもたらしであり、心が満たされる宝物だったのだ。


青年は意図せず、彼等にもたらしたのだ。



「…ガードバンドが、どうしたの?」


「あのね、ヨワッチはとってもイイコ。

優しくて温かくて、不思議なコ。」


「…そう?」


「うん。…でも最初は心が閉じてた。」


「…!」



 すっ…と放たれた言葉に、返せる言葉は無かった。



「今もそう。心が閉じてる。」


「…そ、…」


「あのねヨワッチ?、心が閉じてると、怒るよ。」


「……え?」


「心が開いてないと、苦しいんだよ。

だから心が閉じてると、自分も皆もどんどん嫌いになっちゃうの。

余裕がなくなるから、すぐに怒るようになるの。

辛いから、怒ってぶつけないとやってられなくなっちゃうの。」


「…………」


「この部屋と一緒。

扉を閉ざし続けたら不自由で苦しいでしょ?

それと一緒。簡単なこと。」


「………」


「…みんな心が違うし、目も違うし、耳も違う。

だから自分と同じ物を見て同じように考えてる他人なんて、一人もいないんだよ?」


「…!」


「だからちゃんと話すの。

虫とか獣とかとは違うんだから、ちゃんと言葉にしなきゃ何も伝わらないの。

だからアップルはちゃんと話すの。

だってアップルはヨワッチの心もチェリーの心もメロンの心も、マグダラ様の心も見えないから。」


「!」



舐めていた…と、思い知らされた。

そんなつもりはなかったのに、余りに純朴で子供のように振る舞う彼等を、子供だと思っていたと。


だが、違った。

子供なのは俺の方だった。


彼等は人間の俺よりもよっぽど賢く、よっぽど思慮深かった。



「……それでも、話したくないならいいよ?」


「!」


「それはヨワッチが決めること。」



…そう。本当に、本当に彼等は……


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