第23話 出鼻を挫かれる

 ディナー後、青年は布と針と糸とゴムはないかとアップルに訊いた。

正式名称とここでの呼び名が違うので物を伝えることから苦労したが、やはりアップルはそれらを全て持っていた。



『こう…引っ張るとビョーン!て伸びるやつなんだけどさ?』


『…あるかもー!』


『マジ!?、見せて見せて!』



 アップルの部屋には山程のもたらしが保管されていた。

そこから良さそうな物を分けてもらうと、青年はそれらを部屋に置き、マグダラの自室に向かった。


その足取りは軽やかだった。

アップルにもらった布と針と糸とゴムでとある物を作ろうと計画していて、ルンルンなのだ。



(喜んでくれるかな~♪)



 脱出計画のことも忘れてはいないが、青年はなんだかんだここの生活を好きになりつつあった。

その大きな理由がアップル達だ。

彼等と会話をするのは今の青年にとって唯一の娯楽であり、気晴らしであり、救いだった。

故に帰りたいは帰りたいのだが、ここの生活を楽しみながら帰る方法を探すと決めたのだ。


 マグダラに人類滅亡計画を中止してもらうことについては、未だ展望が望めていない。

もう少し距離が縮まってからでないとそんな話は出来やしないので、今回自分に仕事を任されることに関して青年は前向きに受け止めていた。

『しっかりと仕事をこなし、どうにか距離を縮めてみよう』と。

つまり、『仲良くなってしまえば人間も捨てたものじゃないと思い直してくれるかも?』…という算段だ。



(正直、あのチクチクネチネチの嫌味地獄に対して平常心で返せる気はしねえけど、俺もちょっと距離とりすぎてたとは思うし。

…今まで話した感じ、マグダラって素直は素直な奴だから。

…俺も素直になってちゃんと対話をすれば、きっと距離だって縮まるはずだ!)



 …と必死に前向きになっているのはやはり、家族の事が気がかりだったからだ。

マグダラの掲げる人類滅亡の『人類』には、当然家族が含まれるのだから。

それに唯一の親友である彼方だって、当然数に入る。

彼等を殺されるくらいならどんな嫌味にも真摯に向き合ってやるよ!…と気合いを入れ直した次第だ。



(えっと、三階って言ってたよな。)



 青年は長い螺旋階段を上りながらふと外を眺めた。

石造りの螺旋階段の壁には所々大きな窓のような穴があり、外が見えるのだ。


何処まで見渡しても黒紫の世界だった。

遠くにはもたらしの泉を囲う柵も見えた。



「………」



 三階のマグダラの自室に辿り着くまで、青年は山程を考えた。

ここに来てからというもの、毎日何かを考えさせられていた。


 三階に辿り着くと大きなホールになっていて、正面にドアが一つ見えた。

見たところこの階にドアは一つだけなので、ここで間違いないだろう。



「…広い城。

これも誰かのもたらしなんだろうな。

…多分ヨーロッパの人だろうな。こんな感じの洋風な城、『ヨーロッパ 城』で調べたら山程出てくるだろうし。」



『それにしても…?』と青年は螺旋階段を見つめた。

 てっきりマグダラの自室がある三階が頂上だと思っていたのに、螺旋階段がまだ上に続いていたからだ。

『上には何があるんだろう?』と思いつつ、勝手に探検しては距離を縮める作戦がおじゃんになるかも…と、我慢した。



(でっけー扉。…よし、頑張れ俺!!)



コンコン…



 青年は意を決しドアをノックした。

だが返事は返ってこず、青年は訝しげにしつつもう一度ノックした。



コンコン…!



 …だが、返事は返ってこず。

耳を澄ませ微かにでも返事が聞こえやしないかと必死に耳を立てたが、やはり何も聞こえなかった。



(えー。どうすんのこれ。)



 青年は暫く悩んだが、そっとドアを開けてみることに。

もしもそれで怒られたなら、『だってノックしたし』と返せばいいだけだと。



カ…チャ……



「…!」



 恐る恐るドアを開けてみると、その広さに先ず驚くと同時に美しさに心が奪われた。


ドアを開けて正面の壁がステンドグラスだったのだ。

それも一部だけではなく、高さ10メートルはある立派なステンドグラスが横5メートルは続いているとても立派で荘厳なものだった。



「…すごい。」



 絵柄は恐らく聖マリアだと思われた。

ステンドグラスのある空間は部屋より数段高くなっているちょっとしたホールで、テーブルと椅子がセットで置かれていた。

明らかに特別な和みの空間だ。


 ステンドグラスのあまりの美しさに自然と部屋に足を踏み入れていた青年は、惚けつつもハッと我に返りマグダラを探した。



(正面はステンドグラスと和みの空間で…?

左は…? お、本棚じゃん!?)



 左側には立派な本棚があり、本がギッシリと敷き詰められていた。

どれも革表紙であったりと、やはり年季が入っているものばかりだ。

他にもやはりアンティークなチェストが並んでいたが、中身は分からなかった。



(ヤベーすげー本が気になる…が、無許可での閲覧は良くない! …まあ読めるかも分かんねえけど。)



 これらの本も誰かが想像した物なのだから、ある種は直筆ということになる。

こんなの興味しかないのだが、青年はぐっと堪え右側に目線を送った。



「!」 (ベッド。)



 右側にはベッドがあった。

かなり大きくアンティークなベッドで、中世貴族の天蓋付きベッドといった風貌だ。

シックな焦げ茶の木枠は彫りが細かく、天蓋からベッドを覆うカーテンはシックな赤だった。


 青年はゆっくりとベッドに歩み、そっと中を覗いてみた。



「…!」 (……似合いすぎだろ。)



 ベッドでは案の定マグダラが眠っていた。

妖艶な顔付きで角さえある彼が眠っていると、こんなベッドでさえ違和感が無かった。


むしろ青年が家で使っていたベージュのシンプルなシングルベッドになんてマグダラを寝かせた日には、それこそ違和感しか感じられない気がした。



(……寝顔までキレーすぎ。)



 無防備な筈なのに、まるで彫刻のような寝顔だった。

呼吸の音や胸の動きがなかったのならきっと、人形だと思い込んだだろう。


 青年はなんとなくじっとマグダラの寝顔を見守った。



(…起こすべきか、帰るべきか。

なんか微妙に疲れてるような顔にも見えるし。)



 変な時間に眠っているし、暫し『うーん』と悩んだ青年は、ふとマグダラの角で目を止めた。

一度緩く外側に湾曲し、そしてまた緩く内側に湾曲し…そしてまた少しだけ外に湾曲している角は、彼の妖艶な顔にピッタリに感じた。



(質感はちゃんと角って感じだな。

…ツルツルじゃなく少しボコボコしてて。……)



『気になるなあ』とついじっと角に注目してしまった。



「…………」



『触ってみたい。いやマズイのでは?

でもちょっとだけ…ちょーっとだけ触ってみたい』と自分の好奇心と戦っていると、ふとマグダラが寝返りを打ち、無防備にも青年と反対を向いた。

こうなると角が一番触りやすい角度で…。

青年の我慢が限界に達してしまった。



(……ほんの指先だけ!!)



 これはチャレンジだった。

いかにマグダラを起こさぬようにそーーっと角に触れられるかの。

…いくら殺される心配が無いとはいえ無謀が過ぎるが、青年は妙なワクワクに背をグイグイ押されるまま、そーーーっと手を伸ばした。



(あと…1センチ!)



さわ… ガバッ!!!



 指先がほんの少し角に触れた瞬間だった。

マグダラが勢いよく覚醒し青年を血走った目で睨み付けた。

そしてそのまま青年の腕を掴みベッドに押し倒し拘束した。


余りの早さと力強さに青年は後悔する暇も無く、両腕を頭の上で押さえ込まれた。



(ま…ず!?)


「貴様…ッ!?」


「ご、ごめん!!」



 必死に謝罪を試みたが、マグダラは激昂しきったまま青年のシャツを引きちぎった。

その衝撃に思わず目を瞑ると、マグダラはシャツを破いた右手で青年の顎を鷲掴んだ。



「貴様がしたのはこういう事だッ!!!」


「ごめ」


「思い知れこの…恥知らずがッ!!!」



 青年の意識はここで途絶えた。






◯ ……ガチギレじゃん。


青年もよく触りにいきましたね。好奇心が止められなかったんでしょうね?


ガチギレマグダラさんと青年の関係性はどうなってしまうのでしょうか…… 次回へ続く。



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