第20話 大切な人を泣かせたくはなくて

 さて、狩りである。

アップルが言うには、ファンタジナには狩り場が幾つかあるそうで、難易度もそれぞれ違うそうだ。

ビッチョリ(鮭などの魚類)やモイモイ(アサリなどの貝類)の狩り場は一番難易度が低いらしく、肉類が捕れなかった時にしぶしぶ行く狩り場らしかった。


アップル達は肉を御馳走としているので、毎朝必ずチャレンジするらしいが、成功率は低いそうだ。



「…お肉好きなの?」


「マグダラ様に食べてほしいの~!」


「!」


「マグダラ様においしいって言ってほしいから頑張るのです!」


「…そっか。」



『だが俺は奴の為なんぞに働けねえんだわゴメンな!』…と思いつつ、青年は皆と城を出て狩り場を目指した。


 夜明け前…とは言うが、夜と大差ない暗さだ。

そしてこれは昼になっても少し明るくなるだけでやはり大差ない。


地球の昼夜は太陽があるからこそ生まれるのだから、これは仕方のない事に感じた。



(…いや、そうとも言いきれない…?)



 だが疑問も浮上した。

マグダラはハッキリと『夜』という言葉を使い、それが眠るタイミングであることも踏まえていた。

だったらこのマーブルの蠢く空もやはり汚染が原因で、そして昼夜の差が消失してしまったのも、やはり汚染の影響な気がした。


ファンタジナと地球は別の惑星なのだから、事象によって起こる余波の形も違うことをよくよく踏まえておかねばと思った。



(…さて、情報収集するか。)



 青年はいよいよ本格的に情報収集を開始することに。

マグダラに聞くのが一番の近道なのは分かっていたが、正直に答えてくれる確証も無いしイライラするのでそれはしないと決めていた。


 チェリーも合流し四人で狩り場を目指す道すがら、青年は意を決し口を開いた。



「あのさ、聞いて良い?」


「なあにヨワッチ?」


「王様…って、何処に居る?」



 先ずは最たる希望の王様探索だ。

だが口に出した途端に青年は苦笑いしてしまった。

全員が同時に首を傾げたのだからこんな顔にもなってしまうだろう。



(駄目そ~。)


「…オウサマ?」


「フフ!、可笑しなこと言うねヨワッチ!」



『ですよねぇ~?』とにっこり苦笑いした青年。

 颯爽と『ファンタジナに王は居らず!』と切り替え、次の質問にいくことに。



(次は何を訊くか。

正直一番気になるのはマグダラの人格か。

…敵意さえ、殺意さえ向けられなければ、全然印象が違う気がする。)


「…みんな、あいつのこと好き?」


「あいつなんて言わないのー!」


「スンマセンした。」



 アップルはタコ手を腰に当て頬をプーっと膨らませると、ふと足元に目を落とし、タコ足でコロッと石を転がした。



「……大切なの。」


「!」


「ありがとうがいっぱいだから、ありがとうをお返ししたいの。」


「…………」



 その言葉は余りにも意味を含んで感じた。

つい目を大きくし足が止まってしまう程に。


 青年は前を行くアップルをじっと見つめながら、そっと苦笑した。




…俺、言えたことあるかな。

大切な人に、『大切だよ』って。




「…だからね、美味しいものを食べてほしくてね?

だから頑張るの!」


「…そっか。」


「狩りだったらワタシが居なきゃダメなんだよっ?」


「そう!、チェリーが居なきゃダメなの!」


「…そっかあ。すごいんだねチェリーは。」


「うふふっ♪」




家族は当たり前に居てくれる存在で。

だから大切だなんて伝える必要はなくて。

…だから、本当に伝えたいと強く願う時というのは、もう…伝える相手が居ない時。


伝えられないからこそ、余計に強く想う。


『あなたが誰より大切でした』…って。




『人が何かを作るとき、それは必ず良心の元に生まれ来る。例えそうは見えなくとも。』




…それなのに俺はまた、ミスをした。


世界には悲劇が溢れていて、いつ最愛の人に会えなくなるとも分からないのに。


誰もがそうなる可能性があることを、大切な人を突然失ってしまうことが…確かに在るんだと、知っていたのに。


俺は叔母さんに、叔父さんに。

弟達に、伝えなかった。


『大切だよ』って。

『大事な家族だよ』って。


後悔が先に立ってはくれないことを嫌ってくらい知っていたのに、…また、ミスした。

もしかしたら本当にここで殺されて、もう二度と会えなくなるかもしれないのに。


そんな物語のような別れが確かに在ることを、ちゃんと分かっていた筈なのに。




「……バカだな。俺。」




 青年は蠢く空に顔を向け、必死に涙を飲み込んだ。

前を向こうと、希望を失わぬよう必死に努めていても、心は震えていたのだ。




そう。人は失って初めて気付くんだ。

そこがどれだけ…自分にとって掛け替えの無い場所だったのかを。






◯当たり前なことこそが、幸福である気もします。

人は失っても生きていけます。

けれどやはり日々に感謝いていれば…

もっと優しく、もっとおおらかに、そして柔軟に生きていけるような気がするんです。


彼は今さら、やっと、叔父さんと叔母さんに対し家に対し、『家族だった』『大好きだった』と自覚したんですね。

これまでの彼には感謝はあれど、どこか他人の家に上がり込んだことへの罪悪感がどうしてもあったのでしょう。



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