第15話 人間として悔しい

 青年はいつの間にか立ち上がっていた。

昨夜頭を悩ませ続けた怒りも、言いたいことも全てぶつけられた。

だが心は晴れなかった。

言い様のない虚しさや悲しさに支配され、人間の歴史にもアップル達の経緯にも胸が軋んだ。



「……座れ?」


「っ!」



 そんな青年にそっと声をかけたマグダラ。

青年は立ち上がっていたことにようやく気付き、まだ上擦りながらも着席した。

するとマグダラは温かなスープに目を落とし微かに口角を上げ、落ち着いた声でゆっくりと話した。



「お前を人間と知っているのは私だけだ。

この世界の住民は…、相も変わらず人が好きだ。

だが全員ではない。

中には私と同じ様に人間を憎む者も居る。」


「…!」


「…よって、この城に住まう皆と同じ様に暮らせ。

アップルに聞けば大抵の事は分かる筈だ。」


「………」


「…さあ、食事にしよう。」



 青年は涙を拭い軽く鼻をすすりながら料理に目を落とした。

そしてハッと目を大きくし、じっとビッチョリを見つめた。



「……魚…?」


「!」


「鮭のムニエル…と、アサリのスープ…?」



 これは衝撃だった。余りの衝撃に涙や焦燥感も吹き飛ぶ程だった。

『ビッチョリのザクザク』は鮭のムニエル、『モイモイのプツプツ』はアサリのスープだったのだ。


眉を寄せ『信じられない…』という顔をしていたのは、マグダラも同じだった。



「…そうかお前は人間だから。」


「…え、あ、そっか。

ここは汚染さえなければ地球と同じだから…。」



 二人は同時に言葉を溢し、パッと目を合わせてしまった。

だがすぐに互いにフイッと目を逸らした。



「…知っている食材ならば、昨日のようなミスをしてくれるなよ。

まああれはあれで笑えたがな。」


「しねえよウルセエな。」



 味もやはり鮭とアサリだった。違うのは味付けだったが、それもハーブが利いていて美味しかった。



…パク。




…なんか、分かんなくなってきた。




「……おい。好きに歩き回って良いのか?」


「構わんが、先の忠告は忘れるな。

…まあ私はお前が死んでくれるならそれに越した事はないがな。」


「ほんと口を開けばそれだなクソ魔王。」


「…だから私はマオウではない。マグダラだ。」




鮭がこうやって食卓に並ぶには調理をする必要がある。

アップルは『今朝はビッチョリとモイモイしか…』と言っていた。それはつまり、俺が起きる前にはアップル達は起きて狩りをしていたということだ。


鮭なんて簡単には獲れない筈だ。

それをこんなに綺麗に捌いて…味付けをして…。


…皆、体が歪なのに。それはどれ程の労力なんだろう。

それなのにアップルは嫌な顔一つせず、いつもニコニコしている。

アップルだけじゃない、この城に住む皆がいつもニコニコと楽しそうに笑っていた。




「……おいしい。」


「…!」




…皆をあんな見た目にしてしまったのは、俺達人間なのに。


彼らを見てると…どうしたってそう思ってしまう。

考えてしまう。…嫌でも。


これがマグダラの言う責任なのか…?

謝罪では済まない事だ。…だから死ぬしかない…?




「……っ、」


「…………」




…悔しい。

同じ人間として、…悔しい。


彼らに贖罪したい気持ちならあるのに、死にたくない自分が悔しい。

本音ではマグダラの怒りや悲しみに共感出来てしまっている自分が、悔しい。


彼らに何かしたいのに…、何が出来るのかさっぱり分からないことが。

それに意味があるのかすら分からない自分が…!




…ポタ!




「っ……」


「………」


「く…そ……!」




 溢れる悔しさに堪えきれず、また青年は涙を落とした。

スプーンを持ったまま顔を押さえ上擦る青年の姿を…



「…………」



 マグダラは、大きくした目でじっと見つめていた。






◯ …二話連続で泣いてしまいましたね。


いくらマグダラから求められる死という責任を拒否しても、やはり人であるという自覚が彼の罪悪感をあおってしまうんです。優しい青年です。


そしてマグダラさんなんですが、皆さんそろそろ違和感を感じてきているのではないでしょうか?


彼の心情はあえて表情の動き程度にとどめてあります。

彼が青年の言葉に何を考えているのか、それは二章から明らかになっていく予定です。

今はただ、彼の心を想像してみて下さい。



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