第14話 切実な想い
長い一日が終わった。
城に宛がわれた一室で、青年は眠れぬ夜を過ごした。
正直、マグダラの言葉には考えるところが多かった。
(彼方もよく『責任』て言ってたっけ。)
彼は無気力に見える18才だった。
だが実は冷めきってもいなければ、なげやりな思考をするタイプでもなかった。
どちらかと言えばかなり思慮深い18才だ。
その大きな要因が、彼方だった。
彼方の家は道徳的精神や常識を重んじていて、彼方は幼い頃からかなり高度な情操教育を受け育った。
故に普通の男子高校生の中では浮き出る程に飛び抜けて精神が発達していた。
そんな彼方と青年は小学一年生からの付き合いなのだ。
人種差別や貧民国の飢餓についてや、温暖化や核問題、国とはそもそも何なのか。…など、おおよそ中高生が着目しない世界の問題に敢えて着目し、共に語らい、時に真剣に議論してきた。
だからこそ、マグダラの言葉は重すぎた。
…パサ。
白い毛布は温かく肌触りが良く、余計に青年の心をザワつかせた。
毛布から顔を出し窓から夜空を眺めてみたが、昼とそう大差ない空が広がっていた。
(…確かに暗いけど、日本みたいに真っ暗にはならないんだな。
…あのマーブルも、核の汚染が原因…なのか。)
疲労し熱を持った頭に腕を乗せボーっと夜空を眺めてみても、心が少し落ち着いても、青年は自分のおかれている現状を現実だと受け止め切れなかった。
もしかしたらずっとリアルな夢を見ているだけで、朝起きればカーテンからスッキリとした朝日が入り、花見に行ける。…と、本気で思う程に。
バタン!!
「あーさーだーよ~♪」
「うわハアイ!?」
だが朝になろうが現実は何一つ変わらなかった。
勝手に勢い良く開いた扉の先には、昨日握手した手足が触手の者が。
青年はやはり見た目に慣れず、飛び跳ねるようにベッドから下りた。
だが青年の緊張など何処吹く風。その者は昨日と同じ様に呑気に、手足をウニャウニャと動かしながら話した。
「あのね~?、朝ごはんなんだけどね~?」
「は、はい。」
「今朝はビッチョリとモイモイしかとれなかったの…。だからビッチョリのザクザクとモイモイのプツプツで、いいかなぁ…?」
「……はい。」
『ビッチョリのザクザクとモイモイのプツプツって何だよ…ッ!!!』
…と全力で叫びたいが、叫べる筈もない。
なんでかその者はしょんぼりして見えるし、余計に不安しかない。…が、なにでファンタジナの住民の機嫌を損ねるか分かりゃしないので、頷くしかなかった。
「えっとね~?、そのボンにね~?、お洋服が入ってるから着るの~!」
「……ぼん…。」
「これ!」
(ああクローゼットか。…そういやあったっけ。
やたらと中世な家具だなこれも。)
「いいな~いいな~!、お洋服いいな~!」
「……」 (確かにその体じゃ着れないよな。)
その者は呑気に子供のように喋った。
体は水色で上半身だけは人だったが、四肢は完全にタコの足のようだった。
顔は人と同じだが白い癖っ毛は長く、鼻先から上は完全に髪に隠れていた。
全体的にかなり小さく、タコのような下半身のせいか余計に小さく見えた。
(1メートルくらいしか背ないよな。……
でも寝かせて足伸ばして測ったら案外1メートル50くらいはあるかも??)
『皆人の姿であった。だが変貌してしまった。』
「……っ、」
城を、目の前の住民を見ても、マグダラの言葉が甦った。
人の想像によってきっとこの者も変容してしまったのだろうと。
(…でもこのウヨウヨ、すごく明るくて良い子そうなんだけど。卑屈な魔王とは違って。
…でも心の中なんて、見えやしないもんな。)
ウヨウヨ(仮)は青年の仕度が終わると部屋を出るよう促し、廊下に出た。
青年は不思議な気持ちでウヨウヨと会話をしながら廊下を歩いた。
昨日はただおどろおどろしく見えた紫の松明に照らされた石造りの城も、外の黒紫の植物達も、今朝は神秘的に彼の目に映った。
ウネウネ~ウヨウヨ~
「あのねぇ?、マグダラ様がねぇ~?
ヨワッチにお城のこと教えろってねぇ?、言っててねぇ?」
「……よわっち…?」
「?、キミだよ~?」
「……そうデスヨネ。」
「みんなで昨日考えたの~!
みんなねぇヨワッチの形が不思議って!
だからねぇ?、世界のはしに居たから古い夢のまま、昔とおんなじ形なんだよってね?、アップルが教えてあげたんだよ~!」
「…あっぷる。」 (リンゴの…英語??)
「アップルはボク~!」
「あ、名前なんすね。 …!」
『昔とおんなじ形なんだよと、この子が皆に教えてあげた…?』
青年はハッとし、足を止めてしまった。
アップルは振り返り、『どうしたの?』と首を傾げた。
青年は微かに開いた口を閉じ、無理矢理口角を上げた。
「…なんでもないよ?」
「……」
「…で?、マ゛ク゛タ゛ラ゛様゛がなんだってえ…??」
青年は顔を歪め頬をヒクつかせながら笑った。
アップルはそんな青年の顔を見て声を上げて笑った。
「なにその顔おもしろーい!!」
「デショー?、これはねえ、」
『マジでブチギレてる顔ですぅ。』…という言葉は飲み込んだが、事実、青年は怒っていた。
昨夜は結局イライラし過ぎて大して眠れなかった程だ。
(好き放題言いやがって。…戦えって言ったよな。
だったら戦ってやるよ。)
青年にはマグダラの言いたい事が理解できた。できてしまった。
人間が時に本当に愚かな過ちを犯すことを、青年はよく分かっていたからだ。
そしてこのファンタジナの構造上、マグダラが人間を憎むことにも嫌々ながら納得していた。
もし自分がマグダラであったなら、ここまで我慢出来なかったとさえ思った。
だがどうしてもマグダラの一言が青年は許せなかった。
なので個人主義を主張…とまではいかないが、人間には個人の意見が、心が、意志がある事を突き付けてやるべく、朝になったらマグダラと戦うと決めていた。
(言いたい事全部言ってやる!!
どうせあいつは俺を殺せないんだ。大丈夫!!
…だ、大丈夫。…大丈夫ダイジョブ…多分!!!)
食堂に入ると、マグダラが頬杖を突いたままチラリと目線を上げた。
彼は何故か、昨日よりも大きな存在に見えた。
「ちゃんと案内できました~!」
「ありがとう。 …座れ。ヨワッチ(笑)?」
(笑ってろコノヤロウ💢!?)
青年はマグダラと目を合わせながら着席した。
その目に何かを感じたのか、マグダラも微笑を浮かべたまま青年と目を合わせ続けた。
その間にテーブルに食事が運ばれた。
皆の明るく呑気な声と二人の温度は正反対の熱を放っていた。
「ビッチョリどうぞっ!」
「…ありがと。」
「モイモイだよマグダラ様~!」
「今日も良い出来だ。ありがとう?」
ビッチョリとモイモイに気を取られかけたが、給仕が皆居なくなると、青年はゆっくりと水を飲んだ。
マグダラが用意したのだろう地球の水ではなく、ファンタジナの水を。
コン!
「…あのさ。」
勢いよく飲み干しコップを置くと、間髪入れずに青年は口を開いた。…というよりも、昨日と同様怒りが限界で勝手に口を開いていた。
「お前の言った通り、人間の発明の中には恐ろしい物もある。
核なんて…言い訳もしねえ。最悪な発明だ。」
「…!」
マグダラが微かに目を大きくした気がしたが、青年は続けた。…というより、やはり止められなかったに近いが。
「でもな、なんでもかんでも破壊の為に作られたと思うな。」
「……ほーう?」
「っ、…あのなあ!?、人間の発明の殆どが人の為に、発展の為に作られてんだぞ!!
…中には銃みたいな殺しの道具もあるよ。
いきすぎた科学者の研究の果ての…ただの自己満足な発明だってあるよ!!
でもな!?、真剣に人を想って物作ってる人だって居るんだよ!!!」
…そうだろ? …叔父さん。
「人は…っ、人の社会は単純じゃないんだ!
どんだけ平和を想い平和の為に物作ったって、それを平然と悪用されるんだ!
だからって皆がそうする訳じゃない!!
それを心から悲しみ、怒り、けれど悔しくてもやっぱり人が好きで人の為になる物を作って…!」
「………」
「正しく使うか悪用するかは個人に委ねられるんだ!!ってかなあ!?、それしかねえんだよ!!」
「………」
「人間だってなあ!?、すぐに悪用する奴にっ、馬鹿にはうんざりしてんだよッ!!
ここの連中は皆…なんだ!?、なんか見てたら家族みてえに仲良く見えるけども!?
俺らにとって安全なのは家の中だけで!!、一歩外に出れば自分の身は自分で守らなきゃならないんだ!!」
「…………」
「それにな!?、こんな地球と対なる世界があるなんて…!
知らないところでこんなっ、被害が出ていたなんて…!
俺らは本当に知らなかったんだ!」
ごめん。…ごめん。
俺だって、取れるもんなら取りたいよ。
核なんてものを生み出してしまった責任を…、それでどうにかなるなら…したいよ。
でも、その責任を死だと。
そう決めつけられるのだけは、…納得できないんだ。
「ここの皆と同じ様に!、俺ら人間だって精一杯生きてんだよ!
もしかしたら…ここの皆よりも生きづらい!
だって俺らは生まれてきた目的さえ分からず、魂なんてものが本当にあるのかさえ分からずに生きてるんだから…!」
「!」
「愛だの…宇宙だの!、そんなの言われたって皆分かんねえよ…!
だってそんなの一つも覚えてないし、誰に聞いた事もないんだ!
『何故そんなに大事な事を忘れてしまったのか』ってお前は言ったけど!!、そんなん!こっちが聞きたいくらいだよ!!」
「………」
「昔の人間はそれを理解してたなら…っ、俺らまで引き継いでくれれば… っ!」
「………」
青年は言葉半ばに目に腕を押し当ててしまった。
生まれてきた目的が分からず苦悩する感覚が何故か鮮明に甦り、涙が溢れてしまったのだ。
怒りだけを糧にするには余りにも、彼は若すぎた。
「フザケ…ん、なよ…!
俺だって…取れるもんならっ、取りてえよ…!」
「…………」
「でもっ、今を生きてる人は…!
本当に何も…知らず…に!」
「…………」
マグダラは目を大きく、口を微かに開けながら青年に手を伸ばした。
だがすぐに止まり、口を軽く縛ると手を引いた。
「……」
「皆っ将来のこと…とか、家庭とか、不安ばっか…で!、でも生きてかなきゃいけない…から!」
「……」
「同情…するし、辛いよ!!
アップルも昔は人と同じだった…なんて、信じられないし、なんで…って…!!」
「…!」
「人の想像が形になるなんて今でも信じられないし!、でも…でも確かに…人は人魚だの!、エルフだの…ドワーフだの…!、地球に居ない生物を当たり前に話して…。きっとそれはいつか誰かが思い描いた生物で…!!、でもまさかそれがっ、こんな形で現実になっているなんて…!!
本当にっ本当に知らなかったんだ…!」
青年は溢れる涙を必死に拭いながら、張り叫ぶように訴えた。
「でも…だからって…!
どうしたって!、『責任だから』と殺されるのなんかっ、許容出来ない!!」
「……」
「虐殺を肯定する責任なんか…あっていいはずない!!」
「……」
「っ!、お前だってな!?、一回人間やってみりゃ分かるよ!!
人は本当に…複雑な生き物なんだ!!」
「…」
「一回人間やってから出直せ…この…ボケ!!」
「…」
「~~っ、お願いだから!!、訂正してくれ!!」
「……」
「人間の創造には醜い物だってある!!…けど!?
全部が全部そうなわけじゃない!!!」
「……」
『物を通して本気で人を幸福にしようと奮闘する人間も、確かに居るんだ。』
何を言われても、マグダラは返さなかった。
ただ青年の涙を、言葉を、じっと受け止め続けた。
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