第11話 学び

かつてここには多くの緑が存在していた。

今のような歪み、染まりきってしまったような緑ではなく、本物の地球の緑だ。


大地は茶色く芳しく、木は太く根を張り立派な葉をたなびかせ。

色とりどりの花々が爽やかで甘い香りで彩ってくれる、美しい場所だった。

空は青く、心地の良い風が花々を撫でる…、平和な世界だった。




「だがそれらも初めからここに存在したのではない。

…全て、人間がくれたのだ。」


「…!!」


「ここは元々はとても小さな泉であった。

掌程の小さな…小さな湧き水であった。

辺りには石すら存在せず、ただ広大な土地が広がっていた。」




だがそんな大地にやがて草が生えてきた。

それはそれは小さな…可愛らしく愛おしい存在だった。

そしてそれを皮切りに、この泉から豊かな土地が育っていった。




「この泉の名は『もたらしの泉』。

我々の力の源を泉と呼ぶのはこのもたらしの泉が元となっているのだ。」


「…じゃあその草や大地も、人間が…作った?」


「あの頃はまだ人間は存在せず、石や草に魂が宿っていただけだがな。」


「え?、……ん??」


「その魂達は人間に進化する為に地球に来た魂だ。

つまりそれは、人間の魂なのだ。」


「………」


「その魂が体験した事が…、ここに具現化したのだ。」




石、岩、草、花、樹木、虫、鳥、獣。


ファンタジナは地球に下り立った魂によってどんどんと形を変えていった。

ある日には雨が降り、ある日には山が作られ。


こうして幾億もの月日を費やし、ファンタジナは地球と見紛う程の美しい世界となった。




「…そして変化したのは自然だけではない。

我々もまた、大きく変容した。」




そもそも我々はひどく曖昧な存在だ。

最初はただの光の塊として生まれ、自分の感情や周囲の物質で姿形を変える。




「私も一時はフルルであった。」


「…………」 (なんて!?)


「まあ私は皆と違い元々の姿があり、自分で姿を選択できるが。」


(ちょ…待って!?、突っ込むべき!?)




大きな白紫のフルルは本当に心地が良かった。

…まあそんな話はいいか。昔の話だ。


そして遂に人類が誕生し定住しだすと、ここはとんでもない早さで変容していった。




「枝の先に尖った石をくくりつけた武器、道具。

更には食事の為の食器や、己を飾る装飾品。

ありとあらゆる物質が、泉から溢れる程に毎日のようにもたらされた。

…ファンタジナの生命の最大の喜びはな?

この泉からもたらされる、人間の創造なのだ。」


「…!」


「それはこのファンタジナの絶対の理念だ。

皆、人など見たこともないのに人を愛している。

人が強く想像した物が、願った物がもたらされる度に一喜一憂し、魂を満たす。

…そう。ファンタジナとは、人間の創造を無条件に愛し喜び、それが魂の栄養となる場所なのだ。」


「…人間の魂は『体験することが栄養』で、ファンタジナの魂は『人の創造に触れるのが栄養』…?」


「……ほう上手く言い纏めたな。…その通り。故に我々は無条件で人間を愛していた。」



 ここまで話すとそっとマグダラは目を閉じた。


 青年は微かに眉を寄せ、辺りを見渡した。

正直マグダラが語ってくれたような、地球の自然のような光景がここに広がっていたなんて、全く想像がつかなかった。


見渡す限りの紫と黒のおどろおどろしく歪んだ世界が、もしも昔は地球のようであったなら。

何故こんな世界になってしまったのかが、普通に気になった。



(…なんでこんな見た目に。  …)



 だが本当は、本音では分かっている気がした。

ファンタジナが人間の願いや想像によって形成されているのなら…

この世界がこんな風に変容してしまったのは…。


 青年は目を伏せたが、マグダラはそっと目を開けた。

その脳裏には大地に空いた大きな穴と、土煙の舞う光景が。




「…だが、貴様等人間はこの2000年、悍ましい物を次々と創造していった。

特にこの数百年は口にするのも悍ましい。」


「……」


「あの頃皆は人の姿として生きていた。

お前とそう大差ないぞ。肌も瞳も鼻も口もあり、四肢があった。」


「……」




ファンタジナにとっては人間の創造こそが唯一の魂の栄養、喜びだ。

故にいつももたらしの泉の周りには皆の姿があった。

そして何かが泉から飛び出せば我先にとこぞって興味を示した。

全てが未知なのだから。『これはどうやって使う物なのだろう?』と解き明かす事が何よりの楽しみだったのだ。

用途不明な物質の謎を解くのだから、それなりに事故もあった。

松明の炎に触れて火傷をしたり、ハサミの刃に触れてしまって怪我をしたりと、事故の数は星の数を超えるだろう。

…だが、それでいいのだ。




「我々にとってはその痛みも怪我も、魂の学びなのだから。」


「…そんな。」


「おや不思議か?、貴様等人間とて例外ではないぞ。」


「!」


「先に言っただろう。『体験こそが目的だ』と。

その体験には死も含まれると言っただろう?

ならばなぜ怪我や病気がその枠を出ると?」


「……」




そう。全ては学びだ。

喜びも悲しみも苦しみも死さえも、魂という生命の根元の学びなのだ。


…だがある日から、私の心に迷いが生じ始めた。


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