第5話 ただ一人、青年だけを除いて
※暴力表現あり(レベル弱) 苦手な方はご注意下さい※
ズッ…!! キィィイィィィィイイイ!!
一番初めに聞こえたズッ…という音は、まるで地震が起こる地盤のズレを感じてしまったような…、言葉に出来る筈もない異様な音だった。
それと同時に感じた重さは空気に上から潰されると勘違いする程の衝撃だった。
それらを何秒感じていたのかは分からない。
けれど確かにその時間、俺は死を覚悟した。
地球が滅亡する日が来てしまったんだ。…と、そう思い込むに充分なものだった。
だがそれらはすぐに治まった。
俺は膝を突いたまま辺りを見回した。
俺と同じ様に、道行く人々は皆しゃがんだり膝を突いてしまっていた。
「なに…が!?」
『ぶ…無事か!?』
「…うん。けど、…え?、彼方も…!?」
『ああ!』
カァン! カァン…! カァン…!
『!!』
「…なんだ、この…、…鐘の音…?」
『緊急事態を報せる屋敷の鐘だ!!』
「!!」
『父さんが身内に警戒を促し屋敷に集まるよう指示をしている!、本当に只事ではないぞ!!』
「…屋敷の鐘って、昔よく遊んだ…お前んちの屋敷のてっぺんにある、…あの鐘楼?」
『そうだ!、余程の緊急事態でなければ決して鳴らさない!!
地域住民への避難指示も兼ねているからな。乱発したら皆がパニックに陥ってしまうだろう?』
「ああ今はいいよ補足は!?」
彼方と俺の家は近かった。数キロも無い。
だから家から近い高校を選んだ俺には、屋敷の鐘の音が聞こえたんだ。
だが彼方の高校は遠い。電話越しでも、彼が走っているのが分かった。
『何事かは分からんが、こちらでも皆が慌てている。
…家から飛び出した者の姿も見える。
つまり今しがた起きた…何だ?、重力と音波??…は、家の中に居ようが関係なく感じ、お前と僕の距離でさえ関係なく降り注いだという事になる。』
「…それ…って、……どういう事!?」
『僕が知るか!!』
誰もが『今のはなに!?』『何が起きた!?』と、声を上げながら恐怖していた。
震える手でスマホをいじる人も多かった。
当然俺の手も震えていた。
「…っ!!」
ダッ!!
俺も駆けた。…家には叔母さんが居る筈だ。
それに弟の学校もそんなに遠くない。
とにかく、何が起きたかなんて分かりゃしないんだから、家族の安否を確認せねばと思ったんだ。
「ハアッ!、ハアッ!!、なあ彼方どうすればいい!?」
『ま、まて待て、待ってくれ。……
とにかく…皆で屋敷に来てくれないか。
慌ただしいとは思うが、屋敷の地下にはミサイル程度なら耐え得るシェルターがあってだな…。』
こんなに動揺しテンパる彼方は初めてで、それだけで恐怖が倍増する気がした。
彼方の家である屋敷の鐘は鳴り続けているし。
辺りは我に返った人がやはり俺と同じ様に走っていたり。赤ちゃんだけでなく女の子も泣いているし。
街は完全に、パニックに飲まれてしまった。
ズズ…ズ……
俺は走りながら違和感を覚えた。
辺りから大きな声が度々上がったからだ。
何かと見てみると、数名が空にスマホを向けた。
俺は『空なんか見てる暇ねえよ!』とそのまま走っていたのだが、すぐに足を止める羽目になった。
何故なら、道行く人全てが空にスマホを向けたからだ。
そして俺も、同じ様に天を見上げた。
「………」
そして、誰もと同じ様に絶句した。
大きな大きな、…人に似た何かが、空に浮いてい
たんだ。
「…初めましてだな。人間。」
恐らくは男性と思われるが、彼は空を裂いたような黒々と歪む穴から現れるなり、そう言った。
高い空に居る彼は、その距離を感じさせない程に巨大だった。
肌は黒人や日焼けをしたような茶色い浅黒さではなく、水に黒の絵の具を溶かしたような…、純粋な浅黒さだった。
髪は風に靡いているのかふわふわと動き、黒紫色で。
身に纏う衣服は中世を彷彿とされるような黒い洋服で、…その頭には角が生えていた。
日本の鬼とは違う、羊のように丸くもない、『悪魔』という引用が最も似合う淡く湾曲した角は、彼の靡く髪の中から悠然と伸び、日に照らされ美しく輝いていた。
俺も、誰もが空に釘付けとなり、ただ彼の言葉に耳を傾けるしかなかった。
「貴様等が責任を取る時が来た。
長きに渡る発展に深く感謝し、敬意を表そう。」
彼方は空に浮く男を見ながらも走り続けた。
そして『走れ!!』と電話に叫んだ。
『早く屋敷へ…!!』
「………」
だが青年は反応出来なかった。
受話器から彼方の声なら届いているのに、動くことが出来なかった。
空を裂いた男は敬意を表すように恭しく胸に手を当て頭を下げると、その美しい瞳を細め、冷たく人類を見下ろした。
「…だが、その創造の責任を貴様等は放棄した。
忘れられたまま、ただ犠牲は増え続けた。」
彼は左手を見つめ、長い爪で弧を描くように指を動かし、悲しげに目を細めた。
そのゆっくりと喋る低い声、その美しい瞳から、何故か青年は目が離せなかった。
「……さようなら。」
彼がそっと左手を翳した瞬間、青年の口から無意識に言葉が零れた。
「……ファナ。」
「…!!」
その瞬間、誰にも絞られる事のなかった男の目線が青年を捉えた。
驚愕に見開かれた男の大きな目と目が合うやいなや、男は空から青年の前に一瞬で舞い降りた。
「ッ…!?」
「……貴様、今、」
「な…!」
男は衣服の先を、髪をふわふわと浮かせたまま青年の首を鷲掴んだ。
大きな手に首を掴まれ宙に浮かされた衝撃で、青年の手からスマホが落ちた。
『おい!? 返事しろ!!おい!!?』
彼方の声が大きく響けども、青年は答えられなかった。
彼方の耳には青年の苦し気な声と、人々の叫びが聞こえてきた。
「キャアアアア!?」
「ば…化物だッ!!!」
「クッ…う!」
「…何故貴様がその名を知っている!」
「な… に、を…」
「とぼけるな!」
男は激しく青年に詰めよったが、すぐにハッと我に返り、呆れたように首を振った。
「…馬鹿らしい。全ては過ぎた事。」
「はな…せ…!」
「……ああ。すまなかったな?」
『先ずはお前から殺してやろう。』
二人にスマホを向けていた誰もが叫んだ。
青年の首を掴む男の手から、先の言葉を実行するかの如く黒紫の光が浮き上がってきたからだ。
その光はまるで絵のようにふわふわと弧を描き、青年を包み込んだ。
…ああ、俺、死ぬのか。
…ちょっと予想外だったな。
まさかこんな…、人ならざる何かに殺される第一号になるなんて。
…こんな俺でも、いつかは結婚して子供が生まれて。人並みに幸福になれるだろうと思ってたんだけど。
「…案ずるな。お前達だけで逝かせはしない。」
ありがと彼方。…ありがと叔母さん。
陸、海、ありがとな。
…ごめんなさい。叔父さん。
ザラ…!!
そっと目を閉じた時だった。
青年を掴んでいた手が突然ザラ…と砂のように朽ち崩れ、男は目を大きくしながら青年を離した。
青年は地面に落ち、喉を押さえながらゲホゲホと咳をした。
「……何故。」
「ゲホ…ゴホ!!」
ス! ザラザラ!
男は青年を離した直後手が砂と化すのが治まると、すぐにまた青年に手を翳した。
だがまた手が砂と化し崩れ始め、男は歯を食い縛り青年の胸ぐらを掴み起こした。
「なんなのだ貴様は…ッ!?」
「な…!」
バサッ!!
男が凪払うように腕を振ると、そこには何も残らなかった。
突然現れた黒紫の男も、明らかに巻き込まれた青年も…。
突如として出現した悪魔のような男は、まるで夢幻のように消えてしまった。
人類には何の損害も無かった。
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