カハーレの出会い。

「ここにしよう」


 斜面に張り付くように石造りの建物が立ち並ぶ構造上、なんだか見劣りする目抜き通り。


 そんな町一番の通りに立つ一際大きな飲食店へニルに手を引かれるがまま入る。


「二人!」

「シャチェテ、イミャーカル」

「何言ってるかさっぱりわからないね!」


 店舗の奥から出て来た店員に声をかけられるが言葉がわからず立ち往生していると、見かねたのか店員が取って返して奥に消えた。


 しばらくして、もう一人店員がやって来ると「いらっしゃい。食事でいいかい?」と流暢に中央の言葉を話し出した。


「すまないね。出稼ぎで内陸から来てる人でさ」

「こちらこそ、この辺りの言葉はまったくわからなくて」

「ロアの言葉は独特だから。さて、お詫びにこの店一番の席へ案内するよ」


 そういって案内された席は断崖絶壁に張り出すように設けられた露台の一席。背後から差し込む夕暮れの光が水面に反射してすべてが真っ赤に染まっていた。


「この色の濃さはなかなか見かけられないよ。君たちはついてる」

「凄い綺麗だねソルト」

「――ああ、綺麗だ」


 書いてある文字が読めなかったので、おすすめの魚料理と数品持って来てとお願いし、しばしば目の前に広がる絶景に二人して魅入る。


 きらきらと煌めく細波が橙色とも黄色とも表現し難い模様を描き、踊り子の裾が舞うように眼下の岩肌へ引いては寄せてを繰り返した。


「ニル、一本頂戴?」

「もちろん、構わないさ」


 そういって差し出された一本を受け取り火をつけ、一口。潮風と共に吸い込む。


 すっと伸びて来た指先がちょいちょいと動くので吸い掛けを渡すと、ニルは無言のままに一口ゆっくりと呑んだ。


 眩しいのか細められた瞳は朱色に染まっている。


「ちょっと特別な配合でさ。残りがこの一本しかなかったんだよ」

「これあれでしょ、私が初めて吸ったやつ」

「そうそう。良くわかったね」

「あの頃は強がってたけど、すごく喉が痛かったよ」


 知ってるよとニルが笑った。


 神様が眠りに付いたのか、あっという間に紫色が水平線から空を覆っていく。ほどなくして”コウサイ”が空いっぱいに広がることだろう。


「あんなに小さかったソルトがねぇ……」

「なにさ、急に」


 しみじみ、といった様子で視線を向けて来たニル。向き直るように席を正すとニルが「ソルトともポフとも、ずいぶんと長い付き合いになったなぁって」と机に頬杖をつきながら言った。


「これからも一緒にいてくれるんでしょ?」


 何度も問いかけて、何度も貰っている返事を聞くために再び繰り返す。


「良いさ。ソルトが飽きるまで、一緒にいてあげるよ」


 にかっと笑うその笑顔だけで胸がいっぱいになる。なんだか照れくさくなって鼻をかいた。


「なんだい? こんな美人掴まえて、飽きるなんてありえないよくらい言えないと」

「余計なちゃちゃが無ければなぁ。残念美人」

「美人なのは認めてくれてるのがね、くぁわいいぃねぇ~」


 つんつんつんつんと伸ばされた指先がおでこに突き刺さる。払いのけようとしたけどやめた。


 どうせ払ってもあーでもないとこーでもないと揶揄われるのが落ちだから。



「さあ、お待たせ! 当店一番の魚料理”コッタイチャパ”だよ」


 にやにや笑う店員が大きなお皿に乗った料理を運んできたことでニルの攻撃は止んだ。


 机がいっぱいに埋まるほどの大皿だ。二人して驚くが、店員曰くカハーレでは普通の盛り方らしい。


「よーし、食べるぞソルト!」

「任せろ!」


 二人で息まき、にやにや笑いっぱなしの店員が居なくなる前から料理に手を付けていく。


 油の染みた衣はざくっと鳴り、とろみのついた餡がじゅわじゅわと口いっぱいに広がった。





*****





「おにーさん、なにかおくれよ」


 そういって暗がりから少年がぞろぞろとまろび出て来る。


「なにかと言われてもね。何も持っていないんだ」


 そう返す。しかし、そんなことは分かり切っていたのか、少年たちは似つかわしくないほど下卑た笑顔で近づいて来た。


「ニル、少し下がれるかい?」

「はいさ」


 飲食を楽しんだ帰り道。軒先で売られていた名称不明のお酒を少し飲みながら夜風に当たっていたところだ。


 気分が台無しだなと思っていると、最初に話しかけて来た少年が無防備に近づき間合いに入る。


「僕たちお金もなくて満足に食事もできないんだ。おにーさん外の人でしょ? ご飯食べたいからお金ちょうだい?」

「中央の言葉が上手だね。この町の子なのかな?」

「おにーさんみたいなぼっちゃんを見分けるのに中央の言葉は便利だよね。さあ、痛い思いしたくなかったら、サッシの悪いおにーさんでもわかるよね?」


 ちらりちらりとニルへ向けられる視線は脅し以外の何ものでもない。後方に控えていた少年の手には錆の目立つ鉈のようなものもうかがえた。


「うーん助けてあげたいのはやまやまだけど、私にもできることとできないことがあるからな」

「だから、お金置いて行けばそれでいいよ」


 中でも体格のいい少年がずいっと一歩踏み込んで来る。手にした棒を振り上げたが、軌道は当たらない位置だ。


 脅しのつもりなのだろうが動きが甘いな。


 中央の言葉を話す少年の脇をすり抜け、棒が地面に当たる寸前に受け止めながら引っ手繰る。簡単に奪い取られたことに驚きでもしたのだろうか、目を丸く見開いて体格のいい少年は尻もちをついた。


「てめぇ!」

「そこまでにしよう」


 少し歪みのある棒は手にするとわかるが木製。これで殴られても私は傷一つ負わないが、体の出来上がっていない子どもでは死んでしまうこともあるだろう。


 目の前の少年の喉元に付きつけ、軽く押し込む。焼けるような痛みが喉一帯を襲ったことだろう。せき込みながら喉を押さえる少年は後ろにいた仲間にぶつかりながら倒れ込んだ。


「お゛んなみだいな゛顔じでッ!」


 と必死に絞り出した言葉を聞かされると、なるほどまぁ舐められる顔立ちなのは否定できなかった。


「ソルトに喧嘩を売るには、余りにも練度不足だったね」

「練度とか言っちゃうあたり、ニルも染まっちゃったね」

「染められたの間違いさ~」

「な゛に、わら゛ッでんだ!!!」


 決して笑ってはいなかったが特に言い返さずにいると、わなわなと震えながら中央の言葉を話す少年が立ち上がった。


「にげる゛ぞ」

「逃がさないよ」


 手にした小枝を振るいホルドを手繰る。暗がりを照らしながら遊走するホルドが円環を描き、辺りにいた少年たちの足を拘束していった。


「うーん、余りにもホルドが薄い。無駄遣いはできないな」

「お゛まえ゛、がだりてがッ!!!」

「それにしても、森と人の国は治安が良すぎたね。人の気が無くなったなと思った時に引き返すべきだった」

「そうだね。あたしもぼーっとしちゃってたよ」

「ぎいでん゛のがッ!!!」


 喚く少年へ一歩近づく。人好きのする笑顔を浮かべながら。


「聞いていますとも。ほら、喉が痛いのでしょう? 少し黙っていた方がいいですよ」

「アカガラハチャッ! コシェルトラ!!」


 ロアの言葉は本当にわからないな。もしかしたらみんな逃げろッ! とか言ってるのかな?


 もぞもぞと逃げ惑う少年たちを尻目に、さてどうしようかと考える。


「ひとまずテオドーラに相談だな。もしかしたら仕事をあげられるかもしれないし」

「お人好し過ぎるよソルト。でもそこがソルトらしいっちゃらしいんだけどさ」

「あっはっは。本当のお人好しなら無言で食事でもごちそうしてるところだよ」

「タダより怖い物はないさ……」


 ロアの言葉で喚き散らす少年たちを、しかし誰も助けには来ない。そのまま地面に縫い付けて、私たちはテオドーラに手配してもらった宿に戻った。


 引きつった笑顔のテオドーラに人を手配してもらい掴まえた少年たちを回収しに向かう。やっぱりそのままだった少年たちは簡単に回収することができた。


 完全に人攫いにしか見えないが、やっぱり誰も助けようとする人はいなかった。







【”Sleeping Talk”】

――ロア――

 ”砂の国”の内陸部、境界の東端近辺に住む民族。または主に話される言語のこと。

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