気取って”舶来品”と呼んでみたい。

「え? やっぱりそうだったの?」


 ネレアナの言葉に驚いた声をあげると、その声でネレアナも驚いた。


「珍しいですね。ビックリしました」

「驚かせてごめん。けど、余りにも予想通りというかなんというか」

「それで、お通ししてもいいですか?」


 もちろんだよ。そう伝えるとネレアナの指示で数人の使用人が動き出した。


 私がいそいそと余所行きの衣服を引っ張り出していると、滑らかな動作でネレアナが割って入り準備を変わってくれる。


「ソルト様は衣服を選ぶセンスが少々……」

「わかったよ。お願い」


 もうお任せするのが一番。今更気兼ねする相手でもないし、客分でしかない私が適当に選んでエウフェーミアの顔に泥を塗るわけにもいかない。


「それにしても、本当にテオドーラは世界中を駆け回ってるんだなぁ」





*****





 いくつかあるうちの一等豪華な客間。先に部屋についていたテオドーラが私の入室に合わせて立ち上がった。


「お久しぶりですソルト君。いや、もう”君”と呼ぶのは失礼ですね。それほど立派になられた」

「お久しぶりです。そう言われると照れますし、今更ですからそのまま君と呼んでください」


 そうかい? と、少しだけ眉尻を下げて困った様子を見せたテオドーラは、しかし昔見たのと変わらない笑顔で微笑んだ。


 どちらともなく握手を交わす。


 ふと目線が合うが、変わらず彼の背は高い。それでも、見上げるほどではなくなっているのがなんとなく嬉しかった。


 席に座るように促し、ネレアナへ西方の舶来品であると言うあの”お茶”を出してと指示する。


 こういった席の扱いも随分手慣れましたねとテオドーラに笑われた。



 しばらくしてほのかな湯気をたてるポットが運ばれてくる。


「おや、ソルト君に僕の出身を教えたことってありましたっけ?」

「聞いた覚えはないですけど、ということは」

「ユウナングラリカ王国は僕の故郷なんですよ。飲みなれたお茶がまさか”森と人の国”でも飲めるなんて」


 いやー、嬉しいなとにこにこしながら一口啜り、目を見開いてもう一口啜る。


「上手に淹れますね。玉露は扱いが難しいので、下手に入れると渋みだけ浮いて来るんですよ」


 そういう彼の言葉にネレアナが「執事長の教育の賜物です」と厳かに応えた。


「ではその執事長さんにお礼の言葉を伝えてください。渇いた喉に故郷の味を思い出せたと」

「もったいないお言葉ありがとうございます。メッサーも喜ぶことでしょう」


 ネレアナが腰を折る。


 ほうと一息ついたテオドーラが耳元で揺れる耳飾りを指で爪はじき、姿勢を正した。


「さて、ここが商談の席で、相手が商人であれば、まずは食事でもと誘って関係を解すところから始めるんだけど。他でもないソルト君が相手だ。嘘偽りなく言わせてもらうね」


 なんだろうか。最後にあったのは専剣会を出る少し前、コレクントールに奪われた炉の奪還作戦を持ちかけた時だったはず。


 まさか、しばらくの間で良くないことでもあったのだろうか。内戦中は手紙もまともに届かない状態だったし、私も忙しくて気に掛ける余裕がなかったから。


「ソルト君。いつだかに君を助けた時、言った言葉を覚えているかい?」

「――船は溺れている人を見捨てない。巡り巡って、自分が溺れている時に助けてもらえるように。この言葉を忘れた日なんてありませんよ」


 ぴんと弾かれた耳飾りがなんだか小気味よく揺れているように見えた。


「僕から出した言葉をこうして聞くと、小恥ずかしいね」

「今更ですよ」


 あっはっはと二人して笑う。


「それでは、どうだろうか。僕と僕の商船団を助けてはくれないだろうか」


 改まった様子で飛び出した言葉は予想とは違ったが「良いですとも」とすぐに応える。


「内容さえ聞かないで応えてしまっていいのかい?」

「あの時の恩を忘れたら、神様はもう私を見てはくれないでしょう」


 空に輝く日の光も、夜空を彩る”コウサイ”も、その全てから見放されてしまうなんて恐ろしいことできるわけがない。


「いや、失礼。試した僕が悪いね。ただ、それほど逼迫した状況だと言うことは理解したうえでこの先の話を聞いてくれるかい?」


 テオドーラが神妙に言う。こくり、と一度だけ首肯しお茶を一口啜った。



 曰く、大陸中央で燻る戦争がもう間もなく始まる。その日は限りなく近く、誰もがその不安に押しつぶされないように生活している状況だと言う。


 そんな折、森林聖共和国が国名を”森と人の国”と改名し、唐突にエウフェーミアという人物が台頭しだした。


 ただでさえ神秘主義の国が外へ情報を漏らし始めたことで色々な噂が錯綜。国を跨いで活動することを許可された国跨ぎの商人には各国から情報を寄こせという強い圧力がかかっているらしい。


 専剣会と炉の奪還という作戦を秘密裏に進めていたテオドーラとその商船団も例外ではなく、ましてや戦争準備につながる金属や食料物資の取り扱いで利鞘を稼いでいたせいもあって、交渉だけで事態を収束させることが難しい状況になっているそうだ。


 それでも専剣会を支援するための行動を今やめるわけにはいかない。


 もう間もなくコレクントールから炉を取り戻せる。あと少し、あと一歩。そのわずかな時を稼ぐための強硬策として、東回りの危険地帯を通る航路で最後の貴金属搬出を行いたい。


 その護衛役として私を雇い入れたいということだった。


「神秘主義の国が開かれ、その中からソルト君の名前を聞く。きっととてつもない活躍をして国の英雄となって。なんだったら、総統エウフェーミアの伴侶候補だとまで聞き及んでいたからね。そんな人物を国外の、ましてやいつ戦争が始まるかもわからない場所へ連れて行くなんて。誰が聞いても断られる話です」


 伏し目がちに言うテオドーラが珍しく自信の無さそうな声音を出す。 


「悲しいですよ。こんな話を聞いて、私が断ると思われたことがです」


 専剣会のため、炉の奪還に力を貸して欲しいと頼んだのは私からだ。それに尽力してくれている恩人の頼みを断るかもしれないと思われたことが、ただただ悲しい。


「国の英雄はエウフェーミア総統ただ一人です。


 彼女がすべての改革を行い、語り手もふるい手も無い国を目指して邁進しているのです。ヨーレンが願い、私が願った世界を実現できると思わせてくれたのです。


 一人一人の小さな力でも、大きく大きく寄り集まって誰も曲げられない濁流を産み出せると教えてくれたのです。だから、私は持ちえる小さな力を貸しました。


 ここで出来ることはもうありません。


 内戦を経て少しだけ穏やかな時を過ごしていましたが、もうおしまいにします。


 次は友のため、仲間のため、私情のために動いたところで誰にも咎められることは無いでしょう」


 誰のものか、わずかに息を飲む音が響く。


 広い客間に静寂が漂い、息遣いさえ押し殺す気配がした。


「ありがとう。とはいえ、実はこちらに来た時点で賭けだったんですよ。ソルト君が来てくれない場合、強力な護衛無しで各国を跨いで中央海を通り、手元にある膨大な貴金属を卸すことになりますからね。ただ、そうでもしなければ、本当にもう時間がなかったものだから」

「こう言ってはなんですが、コレクントールからユウナングラリカを通る西回りではダメだったのですか? ほら、故郷なら護衛のあてもありそうですし」

「今の時期風が悪くてですね。一隻であればカージタ一人でもなんとか進めますが、船団規模はとても無理です。ですが、それほどの量を捌いてどうにかこうにかけじめをつけることができるなら、他でもないフークバルトがこの賭けを提案してきたんですよ」


 ぶわりと鳥肌が立つ。


 ぶつけ合った拳の痛みを思い出す。


「フークバルトが私を頼ってくれたんですね?」

「そうです」


 短い肯定の言葉がとても温かく感じられた。


「今頃、彼らも動き出しているはずですから」

「では、こうしてはいられませんね。さっそくポフとニルに話して、エウフェーミアにも断りを入れてこないと」

「そうしてくれると助かります。ただ、ありがたいことに”森と人の国”での商いの許可をいただいているのと、必要な物資の積み降ろしがあるので大急ぎというわけではないのです。準備は間違いなく万端にしなければ、この先補給がどれほどできるかもわかりませんからね」


 にやりと笑ったテオドーラが自信満々に胸を張る。ぴんっと弾かれた耳飾りが揺れた。







【”Sleeping Talk”】

――テオドーラ・ラッカーセルマン――

 国跨ぎの商人。若くしてその才能を開花させ、一代にて船団を組織する。その名前が世間に公然と知れ渡ることは無く、しかしいつも英雄の側にある。

 

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