お茶会。

「カンファンダスが丁度見頃なの。よかったらそこでお茶にしましょ?」


 客分として宛がわれていた部屋にエウフェーミアがやって来ると、開口一番にそう言った。


「それはいいね。あの花は見応えがある」


 ホルドをまとわせて遊んでいた小枝を軽く振る。まるで残念そうにしゅうんと消えていくホルドの流れを横目に寝転がっていた寝台から立ち上がった。


「貿易船が外の港に来ているらしくてね。西の珍しいお茶なんだそうよ」

「へぇ、もしかしたら知り合いの船かもしれないな、なんてね。なんにしても楽しみだ」

「あら、そのうち国内の運河を経由して森と人の国全域で貿易船が通れるようにしたいと思っているのよ。お知り合いの貿易商さんにもよろしく伝えておいて?」

「国跨ぎの商人だから、こっちから連絡する術がなくてね……」


 そう、と声音を落としたエウフェーミアはすぐに口角を上げて笑う。他愛もない会話に表情をころころと変化させ、ずいぶんと楽しそうだ。


 一時期は塞ぎ込むように仕事へ没頭していたせいで心配だったが、多くの犠牲を伴いながらも明るい道筋を歩み始めた今ならそれも杞憂か。


 笑うことができるなら、エウフェーミアなら彼女なりの正しい道をしっかりと歩めるだろう。


「どうかした?」

「なんでもないよ」


 連れだって敷地を歩いているとエウフェーミアに仕えている使用人たちが微笑みかけてきた。彼ら、彼女らが余りにも楽しそうに働いているもんだから邪魔をしたくはないが、こうもにやにやされると追い払いたくなってしまう。


 エウフェーミアもわざとらしく私の腕に寄り添い、わかりやすい反応を楽しむもんだから質が悪い。


 まぁ、無理に解くのも悪いし、彼女なりの息抜きになっているならと男冥利を満喫することにしよう。


 そうやってしばらく歩いていると、第三庭園にたどり着いた。


 外観に植わる植物や装飾の一部は変わってしまったような気がするが、蔓性の植物が絡み出来上がった門がいくつも連続して周囲の視界を狭めていく。


「戦争の折、金属の需要が高まったのもあって色々取り払ってしまったのよ。だから、みすぼらしくなってしまったけど……」

「そんなことないよ。これだけ丁寧に管理されているってことがそもそも凄いことだから」


 明るい場所から暗い場所へ。目が光に慣れているせいで輪郭の影だけになったエウフェーミアが、口元に手を動かす。きっと、くつくつと小さく笑いを押さえているに違いない。


「ここを見せるのはやっぱり気恥ずかしいですわ」


 目に飛び込む山吹色の大花は、八重にも十重にも花弁を重ね咲き乱れる。


 初めて目にした時とは違う。管理されてはいない気候のせいか、むせ返るほどに強烈な匂いが全身を包み込むように漂ってきた。


「変わらず、とても美しい。ここだけ別の神域みたいだよ」

「ふふッ。神様が見ている夢のような、そんな光景に例えてもらえてこのお花たちも喜んでいると思うわよ」

「本当に見事だよ」


 しばらく山吹色に塗りつぶされた視界を堪能する。


 そんな私を急かすことなくエウフェーミアは傍にいてくれた。


 この穏やかな時間が好きだ。何かに悩んでいたとしても、忘れられるような花の香りに包まれるのは心地が良かった。


「ソルト様、お茶が入りましたのでよろしければ」


 ふと向けた視線の先、メッサーが東屋を指し示す。


「あ、ありがとう! 呆けちゃってて」

「いえ、エウフェーミア様が忙しい合間を縫って丹精込めて育てておりましたので。こうして、どなたかの心を潤しているのを見るのは、我々にとっても至上の喜びです」


 珍しく表情を崩したメッサーが言う。


「ささ。なんでも西方のユウナングラリカ王国で栽培されているお茶だそうで。初めて淹れたので上手く行ったかどうか」

「メッサーがそう言うなら、上出来な味になってるさ」

「勿体ないお言葉です」


 先に腰かけていたエウフェーミアに断りを入れ、用意されたイスに座る。


 テーブルに乗せられたティーポットを持ち上げたメッサーが順にカップへお茶を注いでいった。


「緑、いや黄色? 珍しい色味だね」

「熱い湯ではなく、温い湯でやわらかく淹れると甘みが増すそうよ」

「へぇ。水が良くないと飲めないね」

「ちゃんと煮立たせた後、冷ました白湯で淹れております」


 そのあたりの手間暇を惜しむような人じゃなかったか。


 仄かに香る甘みを嗅ぎながら一口飲む。色味から感じた想像に近い、柔らかさのあるお茶の味が口に広がった。しかし、舌先に残る独特の渋みもある。


「本当にお茶? 果物の汁とかじゃなくて」

「不思議な味ですわね」

「甘くて、渋い。ユウナングラリカ王国の近くまでは行ったことがあるんだけど、あの時はどたばたしてて。――ちゃんと立ち寄れれば良かったなぁ」


 ゾドワナは、まぁ変わっているような気がしないが、ユヴィクは元気にしているだろうか。


 こう思うと、同じ年ごろの同世代の語り手はユヴィク一人きりで、他にあったことがない。エウフェーミアもそうだが異性だし、今だからこそ色々話も楽しめるだろうに。


「西方にも思い出があるのね?」

「そうだね。良ければ”愉快”なゾドワナアルカンの話をするよ」

「ぜひぜひ、聞かせてくださいな」


 もう一口お茶を飲み、口を潤す。


「あれは石の徒から逃げていた時でね――」


 しょっぱなから不穏な言葉を口にすればエウフェーミアが困ったように眉尻を下げた。それがおかしくて、笑いながら話を進めていく。


 ちょっと不貞腐れていたけれど、良い反応を引き出せると話しているのが楽しくなる。せっかくだからと話を膨らませて語ってしまうのだから、誰も詩人を笑い物にはできないな。







【”Sleeping Talk”】

――ユウナングラリカ王国――

 大陸を南北に分断する”境界”の最西端に位置する。語り手の国王による世襲で受け継がれている王国で、タードラッド河の下流域から南端の南ユヒダイ連盟国との境までを支配している。

 クロフテンの森とデルエル山によって西ジレジガリテ自由帝国とは国境を接していないが、語り手による支配を嫌う帝国とは緊張状態が続いている。

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