状況の報告。
状況報告 十一日目。
朝食は変わらず完食。味付けについて苦みを強く感じることがあると言っていた。薬物の使用について感づいている様子だが、言及はしてこない。依存状態に近い反応は示しているので耐性は無いと思われる。
また日中は街の散策を続けている。活動拠点が一定のため、帰宅することを考えると遠方へはいけない旨了承とのこと。少し残念そうだった。
ホルドを手繰りなにかしている様子は今のところ見られない。スキの試しを受けなかったとの報告通り語り手であることは間違いないのだろうが、不可解な行動が多い。
その他特記事項特になし。
「語り手は料理もできないの?」
「ええ。何かをつくるという行為自体に忌避感が強くって。かといってホルドを手繰って創造する料理って。こう、べちゃっとしててぬちゃっとしててカリカリでゴリゴリで柔らかいのに固くって、食べるとすごいんです」
「聞いているだけで頭がおかしくなりそうね」
「何度かやってみたことはあるんですけどね。そうだ、今日もう一度試してみましょうか! もしかしたら――」
「――いえ食べ物に喧嘩を売るのはやめておきましょ?」
「語り手は絵も描けないの?」
「ええ。本とかにも挿絵が入っていたりして、すごいなーどうやってるんだろうなーとは思うんですけど。いざ紙に何か描いてみようとすると凄いんです」
「凄いって、わちゃわちゃでめちゃめちゃでしっちゃかめっちゃかでとかなんでしょ?」
「いえ。幼少のころ、父の絵を描いてあげようとしたんですけどね。もうありとあらゆる分泌液を垂れ流しながら描いていたら、珍しく必死の形相で止められまして。いやー今でも思い出せるくらいおっかない顔でした」
「こうやって聞いているとつくづく語り手ってどうやって生きて来たのか不思議なのだけれど」
「言葉を紡いで、心を表すことで魂をつないでいるんですよ。語り手は」
*****
状況報告 二十日目
味付けについて言及が一切なくなったため、依存状態は十分に確保できている様子がうかがえる。ここしばらくは昼食にも粉末を添加しているが気に留めてはいない。
日中の過ごし方も落ち着いてきており、街中を移動し続けるということは減った。ただし、以前訪れた場所のうち何か所かをもう一度行きたいと言う機会が増えている。
夜間について、早々に就寝が多かったが、ここしばらくは体力が有り余っているのか外出を希望している様子。日中に癖の悪い酔漢に絡まれた際、繁華街について話を聞いたようだ。
中性的な外見から性成熟しているように見えないが、外見年齢だけ考慮すればそういった発散の機会は必要なのかもしれない。ただし、夜間の外出は禁止とし、繁華街では性病等の危険があることを伝えた。
だいぶ怒った様子を示したが、無理に行動に移すといったことはなさそうである。
特記事項、帝国内で一般的に流通している本でいいから欲しいとのこと。
「そんなに怒らないで欲しいのだけれど」
「怒ってなんかいませんよ」
「ほら、そういう拗ねた態度が怒っているのよ?」
「もう、私にだってそういう知識は十分あるんですよ。本にだって良く出てくる、ふるい手御用達の表現じゃないですか」
「あら、頭でっかちの知識と実体験はきっと別物よ?」
「頭でっかちって。そりゃ……。そりゃ、実体験に勝るものは無いですけど。相手がいないといけないわけでして」
「だからって、お金で解決しようとするのは良くないと思うのだけれど」
「だから! そんなつもりは無いんですって。ただ、その場所の雰囲気を見に行ってみたかっただけで。夜の街はまた違うんだろうなって」
「ふふッ。顔、真っ赤っかよ?」
「……揶揄わないでください」
「なんなら、お姉さんとする? まあ、わたしも経験はないから思っていた通りとはいかないかもしれないけれど」
「いえ、結構です。気まずくなりそうなので」
「……本当にムカつくわ」
*****
状況報告 二十九日目
窓の外を眺めて過ごす時間が多くなり、表情に陰りが伺える。弱い雨だがしばらく降り続いているため外出の機会が減っているのも影響があるかもしれない。
いくつか取り寄せた本は楽しそうに読んでいる。
その他特記事項特になし。
「窓の外は面白そうかしら?」
「ご存じの通りなんもないですよ。見ますか?」
「嫌味よ。ごめんなさいね、わたしも疲れてるみたいで」
「他人とずっと一緒に過ごすのって大変そうです。よね?」
「そんな意地悪しないで」
「ナナサンは、平和ってなんだと思いますか?」
「平和? 少なくとも見たことも体感したこともないけれど、ソルト君との間には今欲しいと思っているわ」
「いただいた本にはこう書いてありました。強者が弱者を虐げることのない、真に平等で他者を慈しむことができ、争いごとの起こらない状態だそうです。でも、本の内容をちゃんと読めば、それはふるい手同士での話だということが分かります」
「それは平和ではないと?」
「それも一つの平和なんでしょう。けど、その平和には未来が無い。今この瞬間だけが良ければ全て良いというのは、一瞬先のことさえも売り払って維持された平和でしかない」
「難しいわね」
「仕事で仕方なく私と一緒にいるナナサンでは、本当の意味で私と一緒にいてくれはしないでしょ?」
「――そんなことは無いわ。仕事で始めたことだったけれど、ソルト君と一緒にいるのは楽しいと思っているのよ。と大人なら言うわね」
「なんの変哲もないナナサンなら?」
「七三でいる限り、そこに答えなんてないのよ」
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