エピローグ

「なぜ、王宮から招待状が……」

『カサンドラお嬢様が、もう大丈夫とかフラグを立てるから……』

『これが乙女ゲームの強制力か……』

「不吉なことをいわないでくださいまし!」


 とは言ったものの、カサンドラは不安に思っていた。それでも、王宮からの呼び出しを無視することはできず、正装のドレスを身に纏って登城する。

 迎えの侍女に案内されたさきは、城にある中庭だった。


「どうぞ、あちらでございます」


 侍女が示したさきは、薔薇の園に囲まれた憩いの場。お茶会の席が設けられたその場には、ローレンス王子――この国の第二王子が腰掛けていた。


「やあ、カサンドラ嬢、今日はよく来てくれたね」

「ロ、ローレンス王子、お目に掛かれて光栄ですわ」


 カサンドラが破滅する原因となる相手。全力で避けていた相手が招待の相手だと知り、カサンドラは激しく動揺しながら、それでもカーテシーをする。

 そうして招かれるままに席に座り、勧められるままに紅茶を口にする。


(な、なぜ、ローレンス王子がわたくしを? 正直、生きた心地がしませんわ)


 カサンドラの憧れの王子様。将来、婚約者である自分を差し置いて、他の女性と結ばれるという未来を知らされてからは、そのほのかな想いもなりをひそめていた。だが、その相手と不意打ちの再会というシチュエーションに、カサンドラは完全に取り乱していた。


『カサンドラお嬢様、動揺しすぎw』

『やっぱり破滅しちゃう運命かw』

『俺のカサンドラちゃんが寝取られるうううう』


 コメントの破滅という言葉を目にして、カサンドラはハッと我に返る。


「そ、それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ああ、実はキミに話があってね」


 破滅の原因となると聞かされて以来、カサンドラはローレンス王子との接触を避けていた。話をするようなことがあるとは思えないのだけど……と困惑する。


「恐れならが、わたくしに、一体どのようなお話が?」

「そうだな。まどろっこしいのは嫌いだ。だから単刀直入に言うが、俺と婚約して欲しい」

「ふえっ!?」


『カサンドラお嬢様の‘ふえっ!?’いただきました!』

『あああ、マジで俺のカサンドラちゃんが寝取られちゃう!?』

『ガチ恋勢は諦めろ。どうせ異世界じゃ手が届かない』

「う、うるさいですわよっ」


 小声で呟くが、真正面にいるローレンス王子の視線を感じて、慌てて正面へと向き直る。


「そ、その……わたくしに求婚なさっているように聞こえたのですが?」

「ああ、そう言ったつもりだ。まずは婚約から、だけどね」

「そ、その、理由をお聞きしても?」

「そうだな。どこから話したものか……」


 ローレンス王子は少し考える素振りを見せた。そうして彼が語ったのは、この国が徐々に腐敗を始めているという驚くべき話だった。


「……王国が長く続くあまり、という話でしょうか?」

「やはり気付いていたか」

「いえ、その……まぁ」


 言葉を濁したのは、それがリスナーから教えられたこの国の事情だったからだ。


「そのため、この国には腐敗を取り除く新しい風が必要だ。僕は王太子である兄の補佐として、共にこの国の腐敗に立ち向かう伴侶を探していた」


 カサンドラは相づちを打つ。

 だからこそ、彼は聖女であるヒロインに想いを寄せる――というのが原作のストーリー。ゆえに、カサンドラはその事実をリスナーから聞いていた。


「聖女がこの国に現れたという噂は聞き及んでおりますわ」

「さすがだな。実のところ、彼女も候補には入っていた。ゆえに、僕は自分の目で確認するために、各々が治める領地へと確認に向かったのだ」

「視察、ですか? そのような報告は受けておりませんが」

「当然、変装してのお忍びだったからな」


 意味深な顔つきで、茶目っ気たっぷりに笑う。

 その様子にカサンドラは思わず息を呑んだ。


『これは、まさか……w』

『フラグ回収じゃないか?』

『なんの話?』

『先日、街の視察中にそれっぽい青年がいたんだ。髪の色や瞳を変えると、ヴィジュアルが第二王子に似てるって言うので、密かに話題になってた』

「聞いてませんわよ!?」


 思わずカメラをひっつかみ、ローレンス王子には悟られないように問い詰めた。


『確証がなかったからな。というか、印象的な出会いではあったけど、実際には毎日すごい数の人と会ってるし、顔立ちが似た奴くらい……って結論になったんだ』

「ぐぬぅ……」


 言われてみればその通りだ。

 あの視察の日だけでも、カサンドラは百人近くの人々と接している。そのうちの一人の顔立ちがローレンス王子に似ていたからといって、本人の変装を疑う理由にはならない。

 だが、ここに来ては、その可能性は高くなった。


「あの、ローレンス王子、もしやあの路地裏でお会いいたしましたか?」

「ああ、あのときは助かったよ」


 やっぱりあのときか! と、カサンドラはお嬢様らしからぬ悲鳴を上げた。


「あのときはキツいことを言ってすまなかった。カサンドラ嬢が、僕の言葉にどのような反応を示すのかたしかめたかったんだ」

「そ、そう、ですか。もちろん、気にしておりませんわよ」


 嘘だ。

 カサンドラはいま心から安堵している。


(あ、危なかったですわ。あのとき、無礼者と詰め寄る護衛を止めておいて、本当によかったですわ! そうじゃなければいまごろ……っ)


 無礼者と罰せられていたのはカサンドラのほうだったかもしれない――と。

 もちろん、相手はお忍びだったのだから、普通はそのようなことにはならないだろう。だが、彼が原因で破滅する運命を知っているカサンドラは気が気じゃない。


「そんな訳で、僕の伴侶はキミしかいないと思ったんだ」

「わ、わたくしは……」


 元々、カサンドラはローレンス王子に惹かれていた。

 彼が自分をなんとも思っておらず、将来は別の女性に想いを寄せると聞かされていたからこそ蓋をしていた思いが、彼から求婚されたことであふれ出しそうになる。

 だが、彼と結ばれれば破滅する。

 それを知っているカサンドラは視線を揺らした。そうして答えに窮するカサンドラを見かねたのか、ローレンス王子はふっと笑みを零した。


「急に言われて驚いただろう。返事は後日でかまわないよ。その代わり、キミが手掛ける領地開発の考えについて、色々と教えてくれ」

「きょ、恐縮ですわ」


 求婚された状態でテンパりながら、それでもカサンドラは必死に質問に答えていった。なんとか王子とのお茶会を乗り越えたカサンドラは、部屋に戻るなりカメラをひっつかんだ。


「リスナーの皆さん、どういうことですの!?」

『焦りすぎワロタw』

『まああれだ、あれだけ天使みたいにしてたら無理はないw』

「笑い事じゃありませんわよっ!」


 カサンドラは声を荒らげ、それから深呼吸をして再び口を開く。


「というか、ローレンス王子と婚約したら、破滅するといいましたわよね?」

『正確には、嫉妬に狂ったら、だけどな』

「ローレンス王子が噂の聖女に想いを寄せるなら同じことですわっ!」

『嫉妬しちゃう宣言可愛い』

『カワイイ』

『かわいい』

「黙りやがれですわー!」


 叫んで、肩で息を吐く。

 なぜこんなことになったのか――と、カサンドラはわりと真面目に落ち込んでいた。


『というか、いまのカサンドラちゃんなら大丈夫じゃない?』

『そうだよな。王子も、聖女に会った上で、カサンドラお嬢様を気に入ったみたいだし。一途に思ってくれるんじゃないか?』

『いや、これが原作ストーリーの強制力だとしたらヤバくないか?』

『まあたしかに。でも分かんないから、試しに婚約してみたら?』

「わたくしの命が懸かっているのに好き勝手に言うな! ですわ!」


 コメントに『www』と笑いを示す草が大量に生えるがが、カサンドラは至極真面目だ。それを察したのか、リスナーの意見も少し違うのが流れるようになった。


『まあ実際、避けられるなら婚約は避けた方がいいよな』

『でも、断れるのか? 相手は王子なんだろ?』

「難しい、ですわね。王子に直接求婚されて、子爵令嬢でしかないわたくしが断るのは、かなりリスクのある行動だと思います。お父様にも反対するなと言われるでしょうし……」

『で、本音は?』

「憧れの王子様に求婚されて、ちょっぴりときめいていますわ」

『ワロタw』

『カサンドラお嬢様、婚約しちゃうの?』

『末永く破滅しろ!』

「破滅はしたくありませんわよ!?」


 コメント欄は阿鼻叫喚である。

 だが、一番テンパっているのは他ならぬカサンドラだ。


「というか、どうして求婚なんて……」

『そりゃ、あれだけ聖女みたいに振る舞っていたら、目を付けられてもおかしくないだろ。本人も言ってたけど、聖女に惹かれるようなキャラだし』

「では、やはり街の改革が原因だと?」

『そうなるな』

『カサンドラお嬢様が最近綺麗になったのも原因だと思うけど、やっぱり一番の原因は、街での聖女っぷりだろうな。庶民に大人気だし』


 おおむねそんな意見ばかり。

 カサンドラは沈黙して、それから責めるような視線をカメラへと向けた。


「皆様、破滅を回避するには、街の改革が必要だって言いましたわよね?」

『言ったな』

『言った』

『言った気がする』

「なのに、それが原因で求婚されるなんて、本末転倒もいいところではありませんか! さてはリスナー達、私を騙しましたわねーっ!?」


 カサンドラの悲痛な叫びが響き渡った。

 その後、カサンドラは王子の求婚を受け入れ、彼と共に国の改革に取り組んだ。民を愛し、ときに革命的な意見を口にする。彼女はもう一人の聖女として国民に愛された。

 時折、虚空に向かってリスナーと呼びかけるその様子から、彼女はリスナーなる神の声を聞くことが出来る聖女だとも噂されているが、その真偽を知る者はいない。

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子爵令嬢の破滅実況 王子から婚約破棄されると予言されたので、リスナーを信じて破滅を回避してみせますわ! 緋色の雨 @tsukigase_rain

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