第2話

 カサンドラは、リスナー達から自分の破滅する未来を聞き出した。それによると、彼女が破滅する直接の原因は、嫉妬に狂って悪事を働くことだ。


『つまり、悪事を働きさえしなければ、破滅をしないと思われる』


 リスナーの意見に、けれどカサンドラは眉を寄せる。


「それは……難しいかもしれません」

『……なんで?』

『ただ、悪事を働かなきゃいいだけだろw』

『悪事を働かないと死んじゃう人かなにかなの?』


 リスナー達の突っ込みが入るが、カサンドラはいたって真面目だった。


「わたくしが悪事を働くのは、嫉妬に狂って、なんですわよね? 愛する婚約者が別の人と仲良くしてたら、嫉妬しない自信はありませんわ……」


 ちょっぴり顔を赤らめて、ぽつりと呟いた。

 一瞬コメントの流れが止まり――


『デレ、入りました!』

『可愛いかよ』

『可愛い』

『かわいい』

『カワイイ』


 物凄い勢いでコメントが流れ始める。


「う、うるさいですわよっ!」


 ますます赤くなった顔で怒鳴るけれど、まったくコメントが衰える気配はない。それどころか、照れるカサンドラを見てますますコメントが早く流れる。


「も、もう! いいですから! もっと別の回避方法を教えてくださいませ!」

【婚約者に裏切られるのがダメなら、そもそも婚約者にならないように立ち回ればいいんじゃないかな? 恋心的に手遅れじゃないなら、だけど】


 カサンドラはポンと手を合わせた。


「たしかに、婚約しなければ問題ありませんわね。恋心的にも問題ありませんわ」

『好きなんじゃなかったのかよw』

「将来浮気されると知っては百年の恋も冷めますわ。それにわたくし、婚約する相手は、自分を一途に想ってくださる殿方と決めていますから」

『現実主義なのか乙女なのかハッキリしろw』

「そこ、うるさいですわよっ!」



 こうして、カサンドラは第二王子との婚約を避けることにした。といっても、原作では第二王子に想いを寄せていたカサンドラが、自ら父に第二王子との婚約を願い出る。

 カサンドラが行動を起こさなければ問題はない、ということだった。


 だから、その件についてはひとまず解決。ただし、カサンドラが破滅する要因の一つに、領地経営が破綻するというものがある。

 カサンドラはそれを取り除くための行動を開始した。


 エクリプス子爵領の経営が破綻する要因は、領地内の貧富の差が激しすぎることだ。貧困に喘ぐ者達が集まる貧民街で疫病が発生。それが街中に蔓延して大打撃を受ける。

 それが破綻の切っ掛け。

 そう聞かされたカサンドラは、領地の視察をさせてもらえるよう父に願い出た。最初は難色を示した父だったが、話題作りとしては悪くないという侍女の後押しがあって承諾。

 カサンドラは領地経営に目を向けるようになった。


 リスナーから叡智を得て、様々な技術を公開。

 それによって加速的に発展を遂げる領地。豊かになった分で孤児院を建設したり、職業訓練場を作ったり、直接的に貧民街で炊き出しをおこなったり。


 その頃には、異世界の光景が配信されているとの噂が話題になり、リアルタイムでの日常垂れ流し配信でありながら、チャンネル登録数、視聴者数は爆発的に増えていった。

 そうして数ヶ月が過ぎたある日の朝。



「リスナーの皆さんおはようございますですわーっ!」

『おはよう』

『おはようございますですわーっ』

「今日も街の視察に向かう予定です。ですのでリスナーの皆様、どうか今日もわたくしに知恵をお貸しください。やはり、領民が豊かになってこそ、領地が豊かになりますからね」


 すっかりリスナーとのやりとりにも慣れたカサンドラが実況を開始する。

 といっても、配信は切ることが出来ず、二十四時間垂れ流しだ。

 そこでリスナー達と話し合った結果、普段は垂れ流し配信をして、朝や夜の決まった時間や、なにか特別なことがあったときにだけ実況をすることになった。


『カサンドラお嬢様、ここ数ヶ月ですっかり実況にも慣れてきたな』

「リスナー達のおかげですわっ! もちろん、領地が発展しているのも。先日は、お父様からお褒めの言葉もいただいたんですわよ」

『見た見た。カサンドラちゃん、むちゃくちゃ嬉しそうだったよな』

「う、うるさいですわよ」

『ツンは入りましたーっ』

「わたくしのこと、ツンデレ呼ばわりは止めなさいって言ってるでしょ!」


 こうして朝の実況を終え――と言っても、配信はそのままなのだが、カサンドラは侍女を呼んで朝の準備を始める。もちろん、着替え中はカメラを壁に向けることも忘れない。

 朝の準備を終えたカサンドラは、護衛や侍女を連れて視察に出掛ける。


「カサンドラ様、今日も視察に来てくださったのですか」

「ありがたや、ありがたや」

「カサンドラお嬢様、こんにちは~」


 街を歩けば、最近のカサンドラの貢献を知っている住民達が話し掛けてくる。ここ数ヶ月で、彼女はすっかり住民達に慕われていた。


「カサンドラ様~。――ひゃうっ」


 こちらを向いて手を振っていた男の子が足元の小石に躓いて転んでしまう。それを見たカサンドラはすぐにその男の子の元へと駆け寄って手を差し伸べた。


「ボク、大丈夫?」

「あいたた……あ、カサンドラ様、ありがとうございます」


 男の子は涙目になりながら、気丈にカサンドラの手を取って立ち上がる。その健気な姿を目にしたカサンドラはぽつりと一言。


「……やはり、道の整備は必須ですわね」

『すっかりいい子やん。悪役令嬢どこいった』

『カサンドラちゃん、マジ天使』

『聖女より聖女をしてる件についてw』

「皆様、うるさいですわよーっ」


 カサンドラは、側に浮かんでいたカメラを引き寄せて囁きかける。周囲に人がいるときに、怪しまれずにリスナーに話し掛ける方法として、カサンドラが思い付いた手段だ。

 ちなみに、リスナーには耳元で囁かれるような声が最高と大好評である。


「それじゃ、もう転ばないように気を付けなさいね」

「うん。――じゃなくて、ボク、カサンドラ様に話があるんだ! あのね、さっき身なりのいいお兄ちゃんが、あっちの路地裏に入っていっちゃったんだ!」

「……あっち? あそこは、たしか……」


 カサンドラが視察をしているのは、元々は治安の悪い地域である。再開発によってずいぶんと治安はよくなったが、それでも通りを一つ外れるとこの街の闇が見える。

 身なりのよい青年が紛れ込んだのなら、たちまちにカモにされることだろう。


「よく知らせてくれましたね」


 カサンドラは立ち上がって、護衛に付いてきなさいと声を掛ける。


「危険です、カサンドラお嬢様。確認なら我らがいたします」

「自分の目で確かめたいのです。その代わり、侍女達はここで待機なさい」


 護られる対象は少ない方が安全だと、一番護られるべきカサンドラが言い放つ。そうして護衛の一部を引き連れて、カサンドラは路地裏へと足を運んだ。


『これが俗にいうスラム街か……』

『初見です。これ、何処の国ですか?』

『国というか、乙女ゲームを元にした異世界。定期』

『カサンドラお嬢様、気を付けてっ!』


 コメント欄を横目に、カサンドラはずんずんと路地裏を進む。ほどなくすると、ガラの悪い声が聞こえてきた。いままさに、誰かを強請っている、そんな声だ。

 カサンドラが護衛に目配せをすれば、頷いた護衛が先導を始める。ほどなく、角を曲がった護衛が「おまえ達、そこでなにをやっている!」と声を荒らげた。

 蜘蛛の子を散らすような声。

 カサンドラが遅れて足を運べば、そこには一人の青年がたたずんでいた。ブラウンの髪と瞳。この国では平凡な見た目ながら、そのたたずまいには何処か気品が感じられる。


「そこの貴方、怪我は……なさそうですわね」


 不幸中の幸いというべきか、青年は危害を加えられるまえだったようだ。


「ええ、おかげさまで。ところで……貴女は?」

「申し遅れました。わたくしはカサンドラと申します」


 あえて家名は名乗らない。

 相手を威圧するつもりも、家名を笠に着て威張るつもりもないからだ。だが、相手はカサンドラという名前からピンときたようで、「貴女が噂の令嬢か」と呟く。

 身なりは比較的裕福な平民――といった感じ。情報に精通している者、たとえば商人なんかであれば、カサンドラの名前を知っていてもおかしくはない。

 それをたしかめるため、カサンドラは口を開いた。


「わたくしのことをご存じですの?」

「ええ。最近、噂の聖女に対抗するかのように、待ちの改革を始めた子爵令嬢でしょう? よい噂も多々聞こえてきますが……見えないところは、ずいぶんと杜撰なようだ」

「――無礼者っ!」

「控えなさい!」


 護衛の一人が青年に詰め寄ろうとした瞬間、カサンドラが鋭く命じた。


「護衛が失礼いたしました」

「ほう? 貴女は私の言葉を許すのか?」

「許すもなにも事実ですから。貴方のおっしゃるとおり、目に見えるところにしか手を入れられていないのが現状ですわ。……いまはまだ」

「いずれは、見えない部分にも手を差し伸べる、と?」

「当然です。領民のための再開発ですから」


 カサンドラが微笑めば、青年は呆けたような顔をする。


『落ちたな、確信』

『チョロイ』

『カサンドラちゃん、最近険しさがなくなって、ますます可愛くなったからなー』


 最近、多少はリスナーの妙な言い回しも理解できるようになったカサンドラは、なに馬鹿なことを……と呆れながら青年に視線を向けた。


「安全なところまでお送りいたしますわ、付いてきてください」


 こうして、領地の視察を続ける日々。その功績を父親に認められたカサンドラは、少しずつ大きなことを任されるようになる。

 ときにリスナーの知恵を借り、領地の難問を解決していった。

 この調子なら、領地が破綻して破滅することはない。後は王子と関わらないようにするだけだと安堵したある日、カサンドラの元へ王宮からの招待状が届いた。

 

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