第26話 期末テスト2

 従魔持ちは上級生と会わせてもそんなに人数がいない。だから厄介なことに2学年合わせたテストになる。兄様と一緒なのは嬉しいのだけれど、あいつもいるのよね……。まあ、さっさとテストを終わらせれば鉢合わせずに済むかもしれない!


 他の実技試験が終わった人から順に従魔との試験をしていくとのことで、私はセキエルト様の次。セキエルト様の従魔はたまに勝手に行動しつつも、基本的にはセキエルト様の指示に従っている。うーん、かわいい。

 

 もちろん私のウェルが一番かわいいけれど、小柄な体で目いっぱい動いている様子に癒される。そんなことを考えながらセキエルト様の方を見ていると、ウェルに鼻先でつつかれてしまった。


「ごめん、ごめん。

 ウェルが一番かわいいから」


 なでてやるとようやく機嫌をなおしてくれる。もう、やっぱりかわいいんだから。


「次はアイリーン・ハーベルトさんですね。 

 どうぞ」


「はい」


 呼ばれて中央に進み出る。先生の指示に従ってウェルをしまったり、出したり。簡単な行動を指示していく。さすがウェル。かわいいだけじゃなくて賢い。一通り終わった後、先生にもう大丈夫、と言ってもらえたのでウェルにご褒美の魔力をたっぷりと上げる。うん、なかなかいいんじゃないかな。


 私の次はミークレウム殿下。無事にドーアが指示をこなしていくのを見守り、教室に戻ろうかとしたとき、出入り口が騒がしくなった。上級生がやってきたのだ。自分の意思とは関係なく心拍数が上がっていく。あいつが、近くにいる。


「アイリーン嬢、行こう」


「あ、はい……」


 うつむいて固まっていた私に、ミークレウム殿下が声をかけてくれる。ばれないように一つ深呼吸をして、私は出入口へと向かっていった。視線はまっすぐに。怯えた姿なんて見せたくない。


 すれ違う直前。鋭い視線を感じてそちらを見るとホライシーン殿下がこちらを見てきていた。でも、特に何かを言うでもなく通り過ぎていく。その瞬間、殿下から小さく舌打ちする音が聞こえてきた。


 とっさに視線をそちらに向けると、すでに殿下とその取り巻きはこちらを見ることなく進んでいる。


「お疲れ様、アイリーン」


「あ、兄様……。

 ありがとうございます。

 兄様も頑張ってください」


「ありがとう」


「その、ポジェット様も」


 兄様の隣にいたポジェット様にも声をかけると、ポジェット様は柔らかく微笑みかけてくれた。


 出入り口にたどり着くころ、心臓の音はおさまってくれていた。そうだよね、今はもうあいつの支配下じゃない。それに、友人も協力者もいる。きっと、いや、絶対前と同じことにはならない。しない。


 今日受けるすべての試験が終了した人から帰っていいとのことで、リューシカ様と合流した後私たちは帰宅した。今日は今日で疲れたけれど、明日は筆記。ここで気を抜くととんでもない点数を取ることもある。そうして私は屋敷に引きこもり勉強することにした。


***

 期末テスト2日目の今日は朝に一度最終確認をしようと約束をしていたので、私はかなり早い時間に屋敷を出ることにした。どのみち緊張してあまり眠れないからね……。


 教室に着くとまだ誰も来ておらず、私はひとまず一人で勉強を始める。そうしているうちにマベリア様、カンクルール様、セキエルト様がやってきて、どんどんにぎわってきた。セキエルト様はそんなに嫌そうにこちらを見るのであれば、自分のクラスに戻って勉強してもらっても構わないのに……。


「ねえ、なんだか遅くないですか……?

 ミークレウム殿下も、リューシカ様も」


 ふと、マベリア様のそんなつぶやきが落とされる。それは先ほどから思っていたことだった。リューシカ様は朝が得意ではない。だから遅れてくることもあるだろうとのんびり待っていたけれど、いくら何でも遅い。それに遅刻をしなさそうなミークレウム殿下もまだ来ていない。


 何か、あった……?


 私たちは互いに顔を見合わせる。それぞれの顔色は悪く、今みんなが考えたくもなかった予想をしているのだろうと伝わってくる。


「探しに、行かなくては」


 ふらりとセキエルト様が立ち上がる。それを止める人はおらず、カンクルール様も立ち上がる。マベリア様の方を見ると、何か考え込むようにうつむいている。


「ひとまず、私は兄様にこのことをお伝えします。

 お二人はどうしますか?」


「ひとまず、ミークレウム殿下の居室へ行こうと思う。

 もしかしたらゆっくりとしていて、遅れているだけかもしれないから」


 カンクルール様の言葉にうなずく。その言葉を受けてマベリア様はリューシカ様のお屋敷に行きます、と答える。二人がまだ出ていないのであれば、それでいいのだけれど……。ひとまず居なかった場合は連絡をよこしてもらうように頼むと、私たちはそれぞれの場所に向かうために別れた。


 早く集まったからまだ始業まで時間がある。それでものんびりとしていると、すぐに過ぎてしまうような時間だ。とにかく急がないと。


 人とすれ違っても怒られないぎりぎりの速さで、兄様の教室へと向かっていく。何かあった時、兄様の許可をもらっていた方が人手を借りられる可能性がある。ミークレウム殿下も心配だし、リューシカ様も……。もしリューシカ様に何かあったら私のせいだ……。


 気を抜くとすぐに思考が落ち込んでいきそうになる。今はとにかく2人の無事を願おう。


 長く感じた上級生の教室にようやくたどり着くと、すぐに兄様を呼ぶ。教室にはまだ人が少なくて助かった。


「そんなに慌てて一体どうした?

 って、ポジェット、お前は来なくていいだろう」


「まあ、いいじゃないか。

 僕だって気になるもの」


 いつものように柔らかい笑みを浮かべたポジェット様も一緒にこちらに来る。その変わらない様子に少しだけ気持ちが落ち着いてくれた。


「その、今日朝からみんなで勉強をしようと約束していたのです。

 でもリューシカ様とミークレウム殿下がいらっしゃらなくて」


「え……?」


 私がそう告げると、一瞬目を丸くした後にそれって、と視線を鋭くする。


「まだどういう状況かはわかりません。

 もしかしたらただ遅れているだけかも。 

 それでも……」


「心配なんだね」


 ぽん、と頭に手が乗せられる。その重みと温かさに涙が出そうになる。2人が来ないという話をしてからずっと不安で仕方なかった。それでもその気持ちが少しだけ和らいでくれた。


「よし、探してみようか」


「いいのですか……?」


「もちろん。

 アイリーンだって、そうして欲しくて僕のところに来たんじゃないのかい?」


「それも……あります」


 試験の前なのにこんなことを頼んでしまって申し訳ない。まだ何かあったと確定したわけでもない。それでも、と私はしっかりとうなずいた。

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元平民の侯爵令嬢の奔走 mio @mio-12

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