第24話 テスト前の密談

「アイリーン嬢、君が言っていたことは正しかったよ」


 期末テストが近づいたある日、カンクルール様は目を輝かせてそんなことを言ってきた。いきなりそんなことを言われてもよくわからないのだけれど……。


「ガウッ」


「何、ドーア。

 また魔力が欲しいの?」


「ブルルッ」


「ちょっとウェル!

 あなたにもあげるから意地悪しないの」


 カンクルール様の話を聞きたいけれど、今は従魔2匹で手一杯かも。期末テストの前に従魔との絆を深めるために、学内で従魔と共にいることが許可されたことを受けて、私もミークレウム殿下も基本的には従魔を出すことにしていた。そして困ったことにドーアはよく私の魔力を欲しがるのだ。それに対してウェルが怒ってよくケンカになってしまう。


「ちょっ、殿下!

 静観していないでどうにかしてください!

 ドーアはあなたの従魔でしょう?」


「どうにか、と言ってもなぁ。

 ほらドーア、僕が魔力を上げるからこちらにおいで」


 そう言ってミークレウム殿下が手を伸ばす。それなのにドーアはこちらがいいとばかりに私によって来るのだ。こうなると魔力を上げないと離れない。もう、一体どうしてこうなったのか。


 諦めてドーアに魔力を上げた後にウェルにも上げる。おかげでこの2匹といるだけでそこそこ魔力を持っていかれるのが日常となってしまった。


「その、すまない……」


 そのたびに殿下が申し訳なさそうにするんだけれど、もういろいろと勘弁してもらいたい。ようやく従魔たちが落ち着いてくれたので、改めてカンクルール様何のことですか? と問いかけることができた。


「前に話していた食糧問題のことだよ。

 建国以降何回か飢饉に襲われた記録が残っていてね。

 王室が管理しているような記録には温度のことは書かれていなかったのだけれど、とある王宮魔術師が書いた本にあったよ。

 これらの記録をたどると、飢饉が起こる年には気温が高くなっているのではないか、と。

 そして、食物が育つ適度な環境が用意できれば解決できるかもしれないとも書いていた」

 

「食物が育つ適度な環境、か。

 それがどんな環境か分かれば苦労しないのだがな……」


 それはそうだろう。私たちは全員早熟麦を育てたことがない。だから、そもそも早熟麦がどんな環境で育っているのかを知らないのだ。そうするとかなり手当たり次第になってしまう……。


「そうだ!

 聞けばいいんですよ、育てている人に」


 はっとしたようなカンクルール様の言葉に、育てている人……、と心当たりを探してみる。そういえば、お姉ちゃんのパン屋では通常の小麦と早熟小麦を混ぜて使っていた。おいしさは通常の小麦の方が上だけれど、早熟小麦はそこそこの味で安い。価格調整をかねて早熟小麦を使うのはよくあることだった。


 お姉ちゃんは確か、早熟小麦を育てている人から直接買っていたはず。もしかしたらつないでもらえるかもしれない。そのことを3人に話すと、その人に聞いてみよう、ということになった。


「しかし、アイリーン嬢の生家までは馬車で3日ほど。

 さすがにホライシーン殿下側にばれずに行くのは厳しいのではないでしょうか」


「それは確かに……」


「馬で飛ばしたら、と思ったけれど、アイリーン嬢は乗れないのだよね?」


 馬……。ウェルなら乗れるけれど、普通の馬は無理な気がする。うーん……。


「本当に急ぐのであれば、ウェルに乗っていくという手があります。

 ただ、ウェルには2人が限界かと……」


 ウェルに乗っていくとしたら1人は私。問題はあと1人誰が行くかだ。


「それは、まあ、ね?」


 そう言ってカンクルール様はミークレウム殿下の方を見る。やっぱりそうなるよね……。だってこれ殿下の発案として話してもらわないといけないし。


「はあ⁉

 まさかアイリーン嬢と殿下2人で行くというのか⁉」


「な、ま、あ、アイリーン嬢と、2人で……?」


 ちょっと待ってほしい殿下。どうしてそこであなたがそこまで戸惑うんだ。こっちも困るからやめてほしい。


「よし、行ってらっしゃい!

 とはいえ、期末テストの後だね。

 ひとまずこの問題に関してはやることが決まったことだし、今はテストに集中しましょうか」


「あ、それでは私は失礼しますね。

 姉には手紙を出しておきます」


 今日はリューシカ様とマベリア様でテスト勉強をしているらしい。用事が早く終わったら合流することになっているから、終わったなら行きたい。


「何か用があるのか?」


「はい!

 リューシカ様とマベリア様とテスト勉強をするんです」


 それでは失礼します、と言って帰り支度を始める。


「なんか僕たちをいるよりも楽しそうじゃないか……?」


「さっさと行けばいいんですよ」


「まあ、普通に考えてこちらにいるよりも友人といた方が楽しいですよね」


 あの、聞こえているのですが。まあ私に話しかけているわけではないし、放っておいていいでしょう。


「それでは失礼します」


 あえてにっこりと笑って、私は部屋を後にした。


***

「よかった、まだやっていたんですね」


 学院内の自習ができる個室に2人は居た。私がついたときはちょうど休憩中で、話に花を咲かせているところだった。


「あ、お疲れ様!

 アイリーン様もよければどうぞ」


「ありがとうございます!

もしかしてこれはリューシカ様が?」


「は、はい。

 お恥ずかしいのですが……」


「恥ずかしいなんて!

 とってもおいしいです」


 机の中央にあった焼き菓子を勧められて口にすると、優しい甘さが広がる。ほっとするおいしさだ。リューシカ様はこうしてたまに手作りのお菓子を差し入れしてくれるのだ。


 一度受けたことがあるテストとはいえ、勉強しておかないと痛い目を見ることになる。そう思って机に勉強道具を広げていると、ミークレウム殿下のところに行っていたのですか? とマベリア様が口にした。


 なんて、答えたらいいのだろう。少しだけ迷ったけれど、私はうなずいた。ここで嘘をつきたくないと思ったのだ。


「あの……、アイリーン様とミークレウム殿下がよろしければ、一緒に勉強をしませんか?」


「え……?」


 その発言におどろいてマベリア様を見ると、少し緊張した様子でこちらを見ていた。リューシカ様の方も見てみると、柔らかい笑みで私を見ている。


「いいの、ですか?」


 そこまで一緒にいてしまうと、宝探しの時以上に目を付けられる。あのときだって、2人もその悪意に巻き込まれたのだ。それなのに。


「はい」


「ぜひ、一緒に」


 私の言葉に、2人はしっかりとうなずく。もう、本当にこの2人は……。


「……ありがとう、ございます」


 私はようやくそれだけを口にした。


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