第23話 兄の友人2

 あの心配は何だったのか。私はポジェット様と用意されたデザートたちをきっちり食べきってしまった。食べ過ぎた感が否めない……。でもそれくらいおいしかった。


 食後の紅茶を飲みながらゆっくりしていると、ポジェット様は不意に真剣な顔をしてこちらを見てきた。


「ねえ、アイリーン嬢はミークレウム殿下の傍につくのかい?」


 思ってもみなかった問いに、何度か瞬きをしてしまう。


「傍につく、という言い方がどういう意味かは分かりませんが……。

 私は殿下を支えたいと思っています」


 ここでごまかしてもよかった。けれど、そうしてはいけない気がして、私は素直にそう答えた。どのみち今後共に行動する機会が増えれば、周りにもそれはばれていくだろうし。


「それがどういう意味を持っているのか、アイリーン嬢は理解している?」


「どういう意味、ですか?」


「君一人の行動で、ハーベルト家全体がよくないものに目を付けられる可能性がある、ということだよ」


「……」


 良くないものに、目を付けられる。それを全く考えないわけではなかった。だからこそ、兄様はミークレウム殿下から遠いところにいてほしかった。それだけでは、足りないのかもしれない。


 ポジェット様はずっとこちらを見つめている。その目はまるで逃げることは許さないと言っているようで。そこでようやく、どうしてポジェット様は私と2人で外に行こうとしたのかを理解した。この方はそれを聞きたかったのだ。そして、私にミークレウム殿下から離れてもらいたかったのだろう。兄様のために。


「ポジェット様は兄様のことを大切に想ってらっしゃるのですね」


「なっ、今はそういう話をしているわけではないんだが……」


「それでも、すみません。

 私はミークレウム殿下から離れるわけにはいかないのです。

 それに兄様は好きにしていいと仰ってくれましたから」


 ミークレウム殿下から手を引く。それは絶対にない。私が巻き戻ってきた理由だから。迷惑をかけるのはあまりにも心苦しいけれど、兄様に言われたって引くことはできない。


「……そうか。

 もし、貴族家同士の関係性やミークレウム殿下の味方に付くという本当の意味を理解したうえで、ハーベルト家の者が納得しているのなら、部外者である僕は何も言えないな。

 すまなかった、そんな顔をさせて」


 そんな顔? 私は一体どういう顔をしているのだろう。私が貴族家同士の関係性をきちんと理解しているかと言ったらきっとあまり理解できていないだろう。ハーベルト家の方たちはそれに捕らわれいいと言ってくれているから。でも、ミークレウム殿下の味方に付くということはホライシーン殿下の敵になるということなのは理解している。実際、宝探しの時のあれもホライシーン殿下の手の者による襲撃だと思うから。それでも……。


「ドフィーが言っていたよ。

 妹は優秀すぎるって。

 こんなことを聞いた僕が言うのもなんだけれど、あまり思いつめすぎないようにね」


「もう、兄様変なことを……。

 ポジェット様、どうかこれからも兄様をよろしくお願いいたします」


「はは、もちろん。

 ドフィーは僕の友人だからね。

 そして、友人の妹であるアイリーン嬢も大切にしたいよ」


「そんな……。

 でも、ありがとうございます」


 だから怪我は気を付けてね、と言われてしまいました。うーん、保証はできない。私としてもできるだけ怪我はしたくないけれど。


「さて、それじゃあそろそろ帰ろうか」


「あ、はい!」


 ポジェット様は纏う空気をがらっと変えて私に手を差し伸べる。その手を取って、お店の外へと出た。


 食べすぎたからと途中までは歩いて帰ることになった。おなかがきつくなるくらい食べてしまったから、正直ありがたい申し出だった。馬車が待っている通りまであと少しというところで、目の前で男の子が転んでしまった。かなり盛大に転んでしまったようで、うずくまったまま泣いている。どうしよう、と思っていると隣の人がすぐに男の子へと近づいていった。


 えぐえぐと泣いていた男の子に、ポジェット様は柔らかい笑みを浮かべて声をかける。そして淡い光が放たれて、男の子の怪我は治っていく。治癒魔法だ。


 ポジェット様はこんなにも簡単に手を差し伸べる。それは相手が誰であっても。男の子に、かつての私が重なっていく。傷ついて、立ち上がるのも辛くて。でも、誰も手を差し伸べてはくれなかった。ホライシーン殿下の手足となって悪行を重ねている私に、見向きもしないのは当たり前で。そう思うことで何とか耐えていたのだ。


 そんなとき、ポジェット様が手を差し伸べてくれた。そして痛いのはつらいだろう、と治癒魔法をかけてくれたのだ。その目はあんなふうに優しくはなかったけれど、独りぼっちだった私に声をかけてくれたこと自体が嬉しかったのだ。


 ためらいなく手を差し伸べられるのは、ポジェット様の美点で。そんなところに確かにあの時の私は救われた。


 男の子はポジェット様にしきりにお礼を言った後、笑顔で去っていく。良かった、無事に治ったんだ。


「すまない、待たせたね」


「いいえ。

 怪我が治ってよかったです」


「……、アイリーン嬢は平民なんかに、とは言わないんだね」


 ポジェット様の言葉に数回瞬きをする。それくらい言葉の意味がうまく理解できなかったのだ。平民を助けて、私が非難する? そんなことあるわけがない。


「私の大切な人は平民ですよ?

何より私自身がもともと平民です。

 平民なんか、なんて絶対言いませんよ。

 ……平民だって、貴族と同じ一人の人間なんです」


「……そうか」


 私がもともと平民なことなんて、この人は知っているはずだ。だからこそ、先ほどのあの問いが生まれるのだろうから。でも、私の返答にポジェット様は嬉しそうに目を細めた。


「ありがとうございます、ポジェット様」


 自然と、そんな言葉が口から出ていた。それは、かつての私が言えなかった言葉。確かな形を持ったその言葉に、気持ちが少し軽くなる。きっと私はずっとそう伝えたかったのだ。


「どうしてアイリーン嬢がお礼をいうんだい?」


「あはは、どうしてでしょう。

 ただ、言いたくなって」


 ふーん? とポジェット様はまだ不思議そうな顔をしているけれど、それ以上言葉を重ねることはしなかった。


***

「今日はありがとう、アイリーン嬢。

 また君と出かけられたら嬉しいな」


「こちらこそ、ありがとうございました!」


「またはないから安心しろ!」


 馬車までたどり着いた後はあっという間で。気がつけば屋敷についていた。


 着いたとき兄様はすでに屋敷の前で待っていて、ポジェット様と2人顔を見合わせてしまった。兄様は一体何をそんなに心配してらっしゃるのか。


「ポジェット様、今度はぜひ3人で行きましょうね」

 

 別れ際にそう言うと、ポジェット様は一瞬目を丸くした後に笑ってうなずいた。


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