第20話 変化する関係1

 完治したというわけではないけれど、休日明けの今日、学院へ向かう準備をしていた。一体周りの人からどんな目で見られるか……、怖くないと言えばうそになる。


「よし、行ってくるね、ミシュリア」


「ええ、行ってらっしゃいませ」


 妙に嬉しそうなミシュリアの様子に首をかしげながら屋敷を出る。今日は兄様は先に行くと言っていたから、一人か……って、あれ?


「リューシカ様?

 マベリア様も……。

 どうされたのですか?」


「早く起きちゃって。

 一緒に行かない?」


「早くって……」


 リューシカ様は確か、朝が苦手だったはず。早く起きちゃってって、そんなことないと思う。だからこそ、すぐにどういう意味か気がついた。


「ありがとう、ございます」


「もう、何にお礼を言っているの?

 はやく行こう」


「うん……」


 朝からうっかり泣きそうになりながら、私は2人が乗る馬車へと乗り込んだ。


***

「その、怪我は大丈夫なのか?」


「一応普通に動ける程度には大丈夫です。

 ひどいものはポジェット様が治してくださいましたから」


「そう、か……」


 放課後、私はミークレウム殿下に呼び出されていた。集合したのはいつもの場所だけど、いつもいる2人が傍にはいなかった。学院の人は中には私のことを遠巻きに見ていた人もいたけれど、ほとんどの人がいつも通りだった、気がする。それも全部リューシカ様とマベリア様のおかげだと思う。私が必要以上に気にせずに済んだ、ということも含めて。


 そんな中で一番様子がおかしかったのはこの男である。やめてくれ、気まずそうに視線を外すのは。あれはただの事故、というよりも人命救助なんだから。


「ミークレウム殿下の方はどうですか?」


「僕は、別に……。

 元から大したけがはしていない」


 それは何より。守ったかいがあったというものだ。少しの間、殿下との無言の時間が流れ、非常に気まずい。気まずすぎる。でも私から提供できる話題も特にないので、用意されたお茶とお菓子を楽しむために手を伸ばした。


「その、ありがとう……。

 助けてくれて」


「……どうしたのです、急に。

 言ったでしょう?

 私はあなたに王太子になってもらわないと困る、と」


「あ、そう、だったな……」


 手に取ったお菓子を口に入れることもできず、私は殿下の方を見る。いつの間にか殿下はしっかりとこちらを見ていた。


「正直言って、僕はまだ信じていなかったんだ。

 君のことを」


 正直に言いすぎでは。でも知っていた。その目にはいつでも疑いが潜んでいたから。あれ……、でも。


「すまなかった」


「え⁉ 

 ちょ、謝らないでください!」


「……、幼い時から気がつけば敵だらけだったんだ。

 それなのに僕にはいい顔をして近づいてきて、気持ち悪いってずっと思っていた。

 だから、ずっと信頼しないように、疑うように自分に言い聞かせていた。

 でも、君は違うね……。

 君のことを、信じるよ。

 こんなにも助けてもらってから、それを決めて申し訳ないけれど」


「え、いや、そんな。

 殿下が周りを疑うのは当然です。

 むしろそれくらいでないと困るというか?

 それに殿下を助けたのは、私自身のためでもあるのですから。

 だから、気にしないでください」


「……ははっ、うん、ありがとう」


 初めて、見た。この人が屈託なく笑うところを。その笑顔はまだどこか幼くて、無邪気で。きっとこれがこの人の本質なのだろう、そう思った。

 知りたい、この人のことをもっと。自然にそんな願望が自分の中に生まれる。私はこの人を王太子にするために巻き戻ってきた。お姉ちゃんを、ステリ―を救うために。その目的を達成するために殿下を知る必要はないけれど……。


「んんっ、それでな。

 今日こうして君だけを呼んだのは、聞きたいことがあったんだ」


「聞きたいこと、ですか?」


「そう。

 巻き戻る前に一体何があったのか、だ。

 僕が君に頼んだのだろう?

 王家の秘宝を使ってほしいと」


「はい、そうです。

 どこからどう説明したらいいのか悩ましいのですが……」


 私から過去の、いや未来の話を聞こうとしている。真剣な眼をこちらにまっすぐに向けて。確かに昨日までとは違う殿下を前にして戸惑う気持ちはあるけれど、私は苦痛ばかりの記憶のふたを開け始めた。


「初めに、私は町で受けた儀で魔力ランクがS級だと判定されました。

 今思うと、それに目をつけられたのが、すべての始まりでした。 

 S級である私の養家として手を挙げたのは、ハーベルト家ではなくシュベルティア公爵家。

 ご存知の通り、ホライシーン殿下の一番の後ろ盾です。

 その家で私は到底家族のような扱いは受けず、一人別宮で暮らしていました。

 貴族のことなんて一つもわからないし、温かい家族と急に引き離されて、とにかくあの頃は孤独で寂しかったのです。

 そんなときに出会ったのはホライシーン殿下でした。

 あの人はとても優しく話しかけ、私をいつでも気にかけてくれて。

 それでころっと騙されたんです。

 本当の目的は私の魔力だけだったのに」


 今思うと、その日々はそれこそつくられた幻想。でも、当時の私はその優しい幻想にすがるしかなかった。そうしないと、一歩も動けなくなりそうだったから。もうあの腕にすがることはないけれど、今でもあの頃のことを思い出すと、胸が痛んだ。


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