第21話 変化する関係2
あの人はあの頃は本当にうまく猫をかぶっていた。いや、私が騙されやすかっただけかもしれない。だって、何も知らなかったのだ。自分のために平気で嘘をつける人間がいることも、自分の利益になるなら他人の不利益など目を向けない人間がいることも。
「何がいいことで、何が悪いことかの判断もつかないまま、私が言われるがままに行動していました。
今思うとそれは、ホライシーン殿下よりも優秀なものへの完全なる妨害行動だったのですけれど。
まあ、とにかくそうやって唯々諾々と従っていると、次第に内容がどんどんひどいものになってきました。
そのころになってようやく、これはおかしいと気がついて、殿下に直接言いに行ったのです」
本当に嫌になるほど馬鹿で、まっすぐで。だから私は自分の首を絞めてしまった。殿下の方をちらりと見ると、口をはさむことなくこちらの話を静かに聞いていた。
「まあ、聞き入れてもらえるはずもなく、そこで初めてホライシーン殿下に殴られました。
私は大人しく言うことを聞いて入ればいいのだと。
そこからは本当に人が変わったようでした。
今まで見てきたものは、信じてきたものは何だったのかと、そう思ったのは一瞬で。
すぐにそんなことを考えている余裕はなくなりましたけど」
あの痛みで目が覚めた。そして私は一体何をやっているんだろう、と我に返った時にはもう遅かった。
「どうして、逃げなかった?
そなたには家門もないだろう?」
「初めて殴られたあの日のすぐあと、シュベルティア家に家族が連れてこられたのです。
お姉ちゃんも弟も日々をただ生きていただけです。
でも、私が魔力を持っていたばかりに、殿下に意見したばかりに、その日々が終わってしまった」
「まさか、人質を……」
ショックを受けたように顔色を悪くした殿下に、私はあいまいな笑みだけを返した。本当にひどい毎日だった。そして、何もかもがすり減っていった。だから、マヒしていたんだと思う。あの頃には2人が無事なら人の痛みなんてどうでもよかったし、自分の痛みはもっとどうでもよかった。
「まあ、そんなこともあって、結局ホライシーン殿下は王太子になりました。
私の手柄も、他の人の手柄も全部自分のものにして、実績をつくったように見せかけた後に無理に周りを納得したのです。
そのあとからはもっとひどかった。
ミークレウム殿下をはじめ、自分に意見する人のことはすぐに地方に飛ばそうとしました。
何を思って、陛下がホライシーン殿下を止めなかったのかはわかりませんが、とにかく権力を振りかざす赤子のような状態でした。
それでもなんとか我慢して、ホライシーン殿下のもとについていたのですが、ある時知ってしまったのです。
お姉ちゃんが、殿下に手を出されていたことを。
そして、ステリ―はもともと体が強くなかったのですが、無理に働かされたせいで体調を大きく崩していたことを」
「どうして、それを知ったんだ?」
「会いに行ったのです。
いくら頼んでも会わせてくれないから、無理に。
それで、私の理性が飛びました。
その時のことは正直あまり覚えていません。
でも、すっかりやせ細った体ですすり泣いているお姉ちゃんを見て、顔色を真っ青にしてでも笑う弟を見て、視界が真っ赤に染まったように感じたのは覚えています。
自分を傷つけるものを全部壊すことだけが頭を占めて……、気がつけばすべてが燃えていました。
あれは、本当に地獄のような景色でした」
ようやく馴染んできた城下が燃えている景色。今でも脳裏に焼き付いている。でも、もう私以外すべての人が忘れてしまった景色。
「そのときに、あなたに話しかけられたのです。
それで王家の秘宝を使うことを提案され、巻き戻っても私以外は巻き戻り前の記憶を覚えていないことを伝えられました。
そして、その時に約束したのです、今度はあなたの味方になると」
「そう、か。
話してくれて、ありがとう」
ホライシーン殿下が私に命令して私がこなしてきたその内容は、あえて口にしなかった。それをやったのは今の私ではないけれど、それでも今批判されたら立ち直れないかもしれない。そんな邪な気持ちで隠すのもどうかと思ったけれど、言っても何も変わらない、と自分の中で無理やり納得をした。
「……今の僕は無力で、君を必ず守ると約束することはできない。
それでも僕の全力をもって守ろう。
そして君が僕のためにしたことで何か周りから批判を受けるのなら、その批判を僕も一緒に受けよう。
だからもう、なにかあっても1人で苦しまないで」
「え……」
この話が終わった時、私はミークレウム殿下に冷たい目で見られることも覚悟していた。それくらい私は非道なことをしてきたから。それなのに、どういうこと?
「頑張ったね、アイリーン。
そのときの僕が君を助けてあげられなくてごめん。
ありがとう、戻ってきた後に逃げずにここに来て、僕を支えてくれて」
そう言って立ち上がった殿下が私を抱きしめる。それはまるで、あの巻き戻る直前のようで。どうして、こんなことを言うのだろう。どうして、巻き戻った後はこんなにも優しい人があふれているのだろう。いや、もしかしたら巻き戻った前も初めからいて、私が助けを求めれば手を差し伸べてくれたのかもしれない。それを私は見ようともしなかったから。
こぼれた涙がどういう理由を持っていたのか、私でもわからない。でもその腕の中で私は思い切り泣いてしまった。きっと誰かに慰めてもらいたかった、寄り添ってもらいたかった。そんな声を上げることもできなくなってしまった前の私を時間を超えて抱き留めてもらった気がした。
「あ、そ、その、すまない……」
「え……?」
ふいにミークレウム殿下が手を離し、私から離れる。一体どうしたんだろうと殿下に目を向けると、その顔は赤く染まっている。
「その、女性とどう接したらいいのかよくわからなくて……。
ああ、もう、本当にどうしたら……。
川で助けてもらったときだって」
川で、助けて、もらったとき……?
「それは今すぐ忘れてください!!!
というか、どうして覚えているんですか⁉
意識あったんですか⁉」
「いや、その、意識はあったが体が動かなくてだな⁉」
「殿下、何かありましたか⁉」
「ちょ、セキエルト、今は邪魔しちゃだめでしょう」
「お前ら、聞いていたのか⁉」
「叫び声が聞こえたので入っただけです。
その前は聞いておりません」
「本当だな?」
「ええ、本当ですよ」
もう、なんなのこの人たち。私のことそっちのけでなんだか話が盛り上がり始めているし。 さっきまであんなに真面目な話をしていたのに、そんな雰囲気すぐにどこか行っちゃうし。
「ふ、ふふっ」
どうして私はこちら側を選ばなかったんだろうって、思っても仕方ない、答えなんて簡単に見つかる疑問が自分の中に浮かび上がる。でも、今度こそは間違えたくない。
「笑った……」
「笑っている……」
「笑っていますね……」
もしかしたら、誰かにとってはこの選択こそが間違えかもしれない。それでも今だけは信じたい。これが私にとっての正解の道なんだと。
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