第7話 甘やかされのお買い物

 翌日、起きてすぐにミシュリアに着替えさせられたかと思うと、朝食の場に案内された。そうだった、この家では朝と夜一緒に食べるんだった。今日はエファラ様は用事でいらっしゃらないということで、ドミナルト様とドフィアート様との3人で朝食をいただくことになった。


 そして食べ終わるとすぐに、満面の笑みを浮かべたドフィアート様に誘われて馬車へと乗り込んだ。屋敷から商店街までは少しかかるらしい。


「昨日はよく眠れたかい?」


「はい、とっても。

 びっくりするくらい寝心地がいいベッドでした」


 本当に。私を家族と認めなかったあの家で用意されたものよりもずっと眠りやすかった。ドフィアート様は私の様子を見て、それは良かった、とほほ笑まれた。


「何か不便があったらすぐに言ってね」


「ありがとうございます……。 

 本当に、何から何までご配慮いただいて」


「当たり前じゃないか。

 僕らは君を元の家族と引き離して、そのうえで僕らの家族として迎えたんだ。

 大切にするよ、君のことを」


「ドフィアート様……」


「ほら、もう。

 僕のことは兄と呼んでほしいと言っただろう?

 今の君にはもしかしたら、このお願いはつらいものかもしれない。

 でもね、言葉から本当になることってあると思うんだ」


 言葉から、本当に。その言葉にドフィアート様を見つめてしまう。どうしてだろうか、今だったら呼べる気がした。


「兄、様」


「うん」


 小さな声だったのに、それはきちんと届いたようで。気がつけば、幼子のように頭をなでられていた。


「ねえ、君の家族のことも教えてよ」


「私の家族、ですか?」


「そう。

 どんな人と一緒に過ごしてきて、どんな風に暮らしてきたのか」


 教えて、というドフィアート様、兄様、に私は自然と口を開いていた。きっと自慢したくて仕方なかったのだ。私の自慢の姉弟たちを。


 そこからお姉ちゃんやステリ―のこと、そしてパン屋のことまでいろいろと話をした。その間もずっと兄様はにこやかに話を聞いていてくれて、安心して話すことができた。


「いつか僕も会いに行きたいな」


「はい、ぜひ」


「それにしても嬉しいな。

 ずっと兄弟がいなかったのに、一度に3人もできるなんて。

 それにかわいい妹は一緒の屋敷で暮らせる」


「え……?

 それって……」


 私の姉弟を、自分の姉弟だと呼んでくれた。言葉に言い表せない感情が沸き上がってくる。今度はきっと抵抗なくみんなのことを母様や父様と呼べる気がした。


***


「あの、もういいのでは……?」


「いや、もう少し。

 次はそっちの服なんかはどうかな」


「ええ、とってもお似合いになるかと思います。

 どうぞ着てみてください」


 ええ、まだ続くの……。もう何回もこうして着替えさせられている。もう疲れちゃったんだけれど。

 ようやくひと段落したかと思ったのに、今度はソファーに座って布選びが始まった。どうやら一から服を作ってもらうとのこと。侯爵令嬢ともなれば、既製品だけではいけないって……。私のことを考えてくれているのは本当に嬉しいのだけれど、これは困る、気がする。


「ああ、ひとまず一着は急ぎで。

 今度あるお茶会に着ていかなくてはいけないからね」


「お茶会、ですか……?」


 淹れてもらったお茶を飲んでようやく一息ついたのに、兄様の衝撃的な発言で固まってしまった。そうだ、忘れていた……。確かに前回もあった、お茶会が。いい思い出なんて一つもないけれど。


「ああ、伝え忘れていたね。

 魔法学院の入学前年に一度入学予定者でお茶会をするのが通例なんだ。

 今年も君に案内が届いている。

 まあ、そんなに面白いものでもないけれど、行ってみるといいよ。

 それまでに母様が必要なことを教えてくれるから、安心して」


「あ、安心って……」


 できるわけがない……。みんながみんなハーベルト家の方々みたいに元平民を受け入れてくれるわけがないんだから。でも、考えてみればいい機会かもしれない。ミークレウム殿下に早めに行動を起こすに越したことはないから。


 そう、私が巻き戻った目的を忘れてはいけない。第一王子、ホライシーン殿下が王太子になることを阻止して、ミークレウム殿下を王太子にする。それに協力することが、私が今の幸せを享受する理由になるから。


 そうじゃないと幸せすぎて怖くなってしまう。ふと瞬きをした瞬間に夢から覚めてしまうような、手のひらをひっくり返されてしまうような、そんな恐怖にとらわれそうになる。


「そんなに緊張しなくて大丈夫だから」


 な? と兄様が優しく寄り添ってくれる。出会ったばかりなのにその優しさに、そのぬくもりにすがりたくなってしまう。でも、これは私が頑張らないといけないことだから。ありがとうございます、と返すと兄様はあいまいに笑った。


 ようやく服屋から出られたと思ったら、次は装飾品の番だった。あれもこれもと買おうとするけれど、どれもお高いんだって!


「あ、これも似合いそう。

 うん、いいんじゃないかな」


「兄様!

 もう大丈夫ですから……」


「そうかい?

 じゃあ後は……」


「もう、もう勘弁してください……」


 最後は半分泣きながら兄様を止めることとなってしまった。かわいい妹は甘やかしたくなるな、とか言っていたけれど、やめてほしい、切実に。

 まさか、想像と真逆ともいえる苦労をするとは思わなかった!


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