第6話 歓迎の気持ち

 侯爵家との顔合わせの後、私はミシュリアに自分の部屋へと案内されていた。きっと今回も本家の人たちとは違う別館に案内されるものだと思っていたのに、一度も屋敷を出ることなく私の部屋へとたどり着いた。


「さあ、ここがアイリーン様のお部屋ですよ」


 ミシュリアに開けられたドアの先には、可愛らしい色で統一された過ごしやすそうな空間が整っていた。その部屋からはさらにほかの部屋へとつながる扉が見える。まさに貴族らしい、部屋。


「ここが、本当に?」


「ええ。

 アイリーン様がいらっしゃると知ってから、奥様が楽しそうにご用意されていました。

 お嬢様はいらっしゃいませんでしたので、娘ができることを心から喜んでおいでなのです」


 本当に? そう思ってミシュリアの方を振り返るけれど、その様子に嘘はない。侯爵夫人が、本当に、平民である私がこの家に来るのを……?


「お部屋の中をご案内したいところですが、本日はお疲れでしょう。

 また明日にして、お休みください」


 部屋に入れないでいた私の背をミシュリアが軽く押す。そしてとうとう部屋へと足を踏み入れた。床は柔らかいカーペットで覆われており、勧められたソファーはふかふか。どこを見渡しても一級品がそろえられていた。それにすべて新しい。


 お茶を淹れてまいります、というミシュリアを見送って少しだけ部屋をのぞいてみることにした。水回り、ウォークインクローゼット、寝室、それとおそらく使用人が控えられる部屋。どれも立派で、本当に私の部屋かと疑うほどだった。


「あら、アイリーン様。

 お部屋を見られていたのですね」


「あ、ミシュリア……。

 ごめんなさい、勝手に歩き回って」


「気になさらなくてよいのですよ。

 ここはアイリーン様のお部屋なのですから。

 さあ、気持ちが和らぐお茶を淹れてまいりました」


 先ほど家族と対面したときは緊張してろくに飲めなかったから、正直ありがたい。一息ついて、私はミシュリアからお茶を受け取った。


 それにしても、本当にまるで私を歓迎しているかの様子だ。こうして専属の侍女をつけてくれたことも、部屋を用意してくれたことも、前回では考えられない扱い。どうして、ハーベルト家の方々は私を歓迎してくださるのだろう。前回と違って、魔力はC級だというのに……。


***

「アイリーン様、夕食のお時間ですよ」


 いつの間にか眠ってしまったようで、ミシュリアの控えめな声で意識が浮上していく。やっぱり疲れがたまっていたみたい。目を閉じたのはおそらくソファーだったと思うけれど、私は今ベッドにいた。一体だれが運んでくれたのか。


 横になったことで乱れた髪を直し、服装を整え、食堂へと向かった。


 食堂にはすでにドフィアート様とエファラ様が座っていた。


「も、申し訳ございません、遅れました」


「あら、大丈夫よ。

 まだドミナルトも来ていないもの」


「ドミナルト様も、来られるのですか?」


 エファラ様とドフィアート様が一緒に食べてくださるのも驚きだが、ドミナルト様もいらっしゃるらしい。


「一緒に、食事をするのですね」


 私の発言にきょとんと、2人はこちらを見てくる。私何か変なことを言ったかな……?


「ええ、そうよ。

 我が家では朝と夜は家にいる人で一緒に食べることにしているの。

 それに今日はアイリーンが我が家に来た記念すべき日でしょう?

 もちろん皆そろって食べるわよ。

 食事も期待していいわよ」


 茶目っ気たっぷりに奥様がそう話す。私が家に来た、記念すべき日。その言葉選びにどきどきと高鳴っていく。この方たちは、本当に私の新しい家族になってくれるかもしれない。そんな期待にも似た気持ちが私の胸を占めていった。


「皆そろっているね。

 遅くなってすまなかった」


「お仕事はひと段落着いたのです?」


「ああ、大丈夫だ。

 それじゃあいただこうか」


 ドミナルト様が席に着くと食事が運ばれてくる。それはめったに見られない豪華なものだった。テーブルの上には収まりきらないほどの品々。どれもおいしそうに輝いている。


「デザートもあるのよ。

 アイリーンが何を好きかわからなくて、とくかく色々と用意してもらったの。

 何か好きなものがあったら、ぜひ教えてあげてね」


「あ、ありがとうございます」


 エファラ様の言葉に思わず固まってしまう。これが私のために用意された料理? 期待していていい、という言葉通り、いやそれ以上のものが目の前に広がっていた。一つ一つ味わっていくと、どれもおいしい。食事の味自体もそうだけれど、それ以上にこの料理に込められた思いが嬉しくて、私はどんどん口にしていった。


「アイリーン、明日は僕と買い物に行かないか?」


 適度に雑談を挟んでいたドフィアート様が話しかけてきたのは、食事がひと段落してデザートが運ばれてきたころだった。


「買い物、ですか?」


「そう。

 君のものはまだ最低限しかそろえられていないから、服とかを買いに行こう」


「え、でも……」


「大丈夫、お金は父様が出してくださるから」


 ね、とドミナルト様に話しかけると、ドミナルト様はにこやかにうなずいた。


「服の大きさがわからなくて、用意できなかったんだ。

 ほかにもほしいものがあったら買ってきなさい」


「本当は私も行きたかったのだけれど、どうしても外せない用事が入っているのよね。

 ドフィー、アイリーンを困らせないのよ」


「もちろん。

 ちゃんとエスコートしますとも」


 目の前で繰り広げられる会話についていけない。本当に、私の服を? この家に来てから驚いてばかりだ。私が会話に入れないうちに、宝石が使われたアクセサリーの話になっていて、慌てて止めに入ったけれど、本当にどういうこと?


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