第8話 顔合わせのお茶会

 とうとうお茶会の日がやってきた。前は部屋でほとんど放置された状態で迎えたけれど、今回はちゃんと母様がマナーについて教えてくれた。それに関しては心配していない。でも、このお茶会には目的であるミークレウム殿下の他にも、なぜか1学年上のあいつ、ホライシーン殿下も顔を出すのだ。


 私にとって、二つ目の人生が大きく変わった日。忘れるわけがない。あれがお茶会の場だったと覚えてはいなかったけれど、優しい顔をして、私に声をかけたのだ。不安で寂しい日々を送っていた私にとって、それは救いの手に思えた。後からS級の私を利用するために近づいたと知ったけれど、その時にはもう後戻りはできなかった。そんな、最悪な日。今回は違うと思う。でも、怖いと思う気持ちはどうしてもコントロールできなかった。


「アイリーン、大丈夫?

 顔色が悪いわ。

 体調が悪いのであれば、休んでもいいのよ」


「大丈夫です」


 さすがに他の人から見ても顔色が悪いのか、母様に心配をかけてしまった。今は学院に行かれている兄様もここにいらっしゃれば同じように言ってくださったと思う。でも、その言葉に甘えるわけにいかない。やっぱりミークレウム殿下にはお会いしないといけないから。


 最終的に母様は無理はしないで、と言って送り出してくれた。それはきっと、ここで顔見知りをつくっておくことが学院生活にとって重要だと理解してくれているからだと思う。


 あの日兄様に見立てていただいた服を身にまとって、私はお茶会へと向かっていった。


 タウンハウスから会場である王宮はあまり時間がかからずにたどり着いた。魔法学院はそのすぐ横にあるから、学院に通うのも楽そうだ。そんなことを必死に考えながら、私は会場へと足を踏み入れた。


 その途端、会場中から視線を感じた。値踏みするようなそれは決して居心地がいいものではない。うつむき、丸くなりそうな背を叱咤して、まっすぐに前を見て背筋を伸ばす。それがハーベルト家の方にできる私なりの恩返しだと思うから。


 それでも私が元平民だとわかったのか、くすくすと嘲笑するような声も聞こえてくる。こちらをバカにして見下すような視線も。でも、気にしない。そんなもの、前回嫌というほど浴びてきた。外面はそこそこいい第1王子の近くにいたせいで、もっと攻撃的な視線を向けられたことだってある。そう思うと、まだ今の状況はましかもしれない。


「あの、私リューシカ・フォルヘンというの。

 その、あなたも今度学院に入るのよね……?

 仲良くしてもらえると嬉しいなって、思って」


 時間まで適当に回っていようと思った矢先、一人の少女が友人であろう少女と一緒に声をかけてきてくれた。そんなこと前はなくて、思わず驚いて固まってしまう。


「え、それは私と、ということですか?」


 思わず聞いてしまうと、リューシカ様と名乗ったその方はこくこくと首を振る。その必死な様子に申し訳なく思うけれど、気持ちだけは十分伝わってきた。私と、仲良く。そんなことを言ってくれる人がいるなんて想像すらしていなかった。


「あ、アイリーン・ハーベルトと、申します。

 こちらこそ仲良くしていただけると嬉しい、です」


 何とかそう返すと、目の前の少女の顔がパッと明るくなる。言葉は少なくても直接伝ってくるその感情に緊張が解かされていくような思いがしてくる。こんな私と仲良くしたいと言ってくれる人、本当にいるんだ。


「私も仲間に入れてもらえると嬉しいわ。

 マベリア・ケルエットよ」


 よろしく、と差し出された手を握る。この茶会で仲良くできる人ができるとは思っていなかった……。心がそわそわとするようなこれは、何度体験しても慣れないな。


 そこから茶会の開始を告げにミークレウム殿下がいらっしゃるまで、私は知り合ったばかりの2人と話をしていた。心から信じることはまだできないけれど、それでも……。


 ひとまず今回参加している王族はミークレウム殿下おひとりのみ。このままホライシーン殿下が顔を出さないでいてくれればありがたい。どうしてもあの顔はトラウマだ。今現在、ホライシーン殿下が有力候補と言われていることもあって、王子であるにもかかわらず、ミークレウム殿下の周りは人が少ない。中には側妃様を母に持つミークレウム殿下を見下しているような人もいて、あまりいい空気感ではなかった。


 ひとまず2人きりで、他の人に聞かれずに話しかけられるタイミングを狙わないと。リューシカ様とマベリア様と会話をしながらも、視界の端でミークレウム殿下を気にする、ということをしていると、ようやくミークレウム殿下の周りから人がいなくなった。そのままどこかへと向かう後ろ姿を見て、私は慌ててその姿を追いかけていった。


 複雑に配置された迷路のような道を通り抜け、たどり着いたのは小さな噴水だった。王宮に設置されているものにしては不釣り合いな気がするけれど、隠れ家のようなこの場所にはぴったりに思える。その噴水の前のベンチに腰掛けたところで、私はようやくミークレウム殿下に声をかけることができた。


「あ、あの、ミークレウム殿下ですよね?」


 勇気を出してかけた声に対して、ミークレウム殿下は胡乱な視線をこちらに向けてくる。うっ、やっぱりなんでもないです、と言いたいところだけれど、そういうわけにもいかない。


「どなたですか?

 誰もついてこないよう伝えたはずなのですが」


「その、どうしても周りに人がいない状況で話をしたかったのです」


「はっ!

 僕と2人きりで話がしたいって?

 いいや、こちらには話なんてないね。

 早くどこか行ってくれ」


 ……え? この人は本当にミークレウム殿下なの? 早々にホライシーン殿下につくことになってしまった私に対して、冷たい目を向けるのは仕方ないと思っていた。でも、言葉遣いはいつでも丁寧だった。こんな風に乱暴に話されたことはない。そのことに衝撃を受けながらも、何とか口を開く。


「いいえ、そういうわけにはいきません。

 これをお伝えするのは早い方がいいと思いますから。

 話だけでも聞いていただけないでしょうか」


 ここで聞く耳さえ持たれなければ意味がない。というか、未来のあなたが私に頼んだことなのだから、ちゃんと話を聞いてほしいのだけれど。全く、どうして覚えていないのか。


「ふーん……、まあそこまで言うのなら聞いてもいい」


 どうして上から目線なのよ! いろいろと思うところはあるけれど何とか我慢して、ひとまず周囲に遮音の魔法をかける。前はよく使っていたものだからか、この体になってからもちゃんと使えた魔法。空気が変わったことに気がついたのか、ミークレウム殿下は一瞬警戒するようにこちらを見たけれど、口を開くことはなかった。


「時をさかのぼるという王家の秘宝はご存知でしょう?」


「は……?

 なぜ一介の貴族令嬢がそれを知っている?

 あなたは何者だ?」


 何者だって、本当に言う人いるんだ。そんなどうでもいいことを考えつつ、名前を出していいのか迷う。これが原因でハーベルト家の方々迷惑をかけることはないのかな……。


「なんだ、答えられないのか?」


「私はアイリーン、と申します。

 私が王家の秘宝を知っているのは、今から約3年後その秘宝を使ったからです。

 そして、それによって時が巻き戻りました」


「何を、言っている……?

 秘宝を使った、だと?」


「はい。

 私がミークレウム殿下にこうして声をかけたのは、その時に約束したからです。

 ホライシーン殿下ではなく、あなたを王太子にするために協力をすると」


「……。

 あなたが巻き戻った先というのは今からどれくらい前の時間だ」


「え……?

 えーっと……、一月ほど前ですかね?」

 

 そう伝えるとミークレウム殿下は黙り込んでしまった。何かを考えているようで、気軽に話かけることはできない。いつまでそうしていたのか、ミークレウム殿下はこちらをまっすぐに見つめた。


「確かにくらい前に、王家の秘宝が起動した。

 だが……、おいそれと信じるわけにはいかない。

 協力は結構だ。

 僕は自分の力で、その座を手に入れる」


 その目は明らかに疑いに満ちていて。私のことを受け入れようという気はこれっぽっちもない。しかも、そのまま話は終わったとばかりに去っていく。ちょっと待って……⁉


 私はあくまでもあなたが協力を、と言ってきたから手を貸すのよ⁉ どうして私が振られたみたいになっているのよ。どうして疑われているのよ!


 それに自分の力でその座が手に入らなかったからああなったんじゃない!


 ああ、もう! どうして何も覚えてないのよ!!


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