第2話 望んだ日常
幼年学校を卒業してから手伝いだしたパン屋さんは今日も盛況だった。これの一部は美人なお姉ちゃん目当ての常連さん、そして大多数は絶品のパンを求める常連さんだった。
さかのぼる前を含めると、数年ぶりにお店のエプロンを身に着ける。仕込みをステリ―と一緒に手伝って、焼きあがったパンはいい香りが漂っていた。開店前にお手伝いの報酬として一つ口に入れるとふわふわのパンがすぐに口から消えてしまうようだった。やっぱりお姉ちゃんのパンは最高……!
お店に立つと常連さんがすぐに声をかけてくれる。中には私が倒れたときに居合わせた人もいて、元気になってよかった、と涙を浮かべて安心してくれた人もいた。
「アイリーン、無理はしないでね。
疲れたらすぐに休んでいいから」
「わかっているって。
そんなに心配しないでよ」
「はは、メランダは母親みたいだな。
でも本当に心配したんだから、無理しちゃだめだぞ」
「わかっていますって!
もう、みんなして……」
文句を言いながらも思わず頬は緩んでしまう。大切な人が傍にいて、話せて、心配してくれる。そんな当たり前だった、それでももう手に入らないと思っていた日常が今目の前にある。
あのときは寂しい部屋で一人、努力だけを強いられていた。それでもいくら頑張ってもあの人たちは平民であった私のことを家族とは認めてくれなかったし、私が大切だと口にしたあいつは私を駒として使い捨てた。
もう、このままでいいんじゃないかな……。この日常のまま暮らしていたい。あんなところに戻りたくもない。
「そういえば次だったな、アイリーンの魔力判定は」
その時、常連の一人がふとそんなことを口にした。その言葉に血の気が引く。そう、まだ魔力判定を受けていない。だから、私はここに居られる。
「あら、もうそんなに大きくなったのかい。
子供の成長はあっという間ね」
「本当に……」
「まあでもきっと大丈夫よ。
平民で魔力を持っている子なんてほとんどいないんだから。
ほら、メランダも結局あまり持ってなかったんだろう?
だからこそ、D級以上の魔力を持っているものは貴族の養子にするなんて、変な法律がまかり通るんだから」
「貴族様でも最近じゃ魔力もちが減ってきているって話しだろ?
この国はどうなってしまうのやら」
おじ様、おば様の会話にあいまいな笑みだけを返す。私は自分が魔力を持っていることを知っているから、大丈夫、とうなずくことはできなかった。
ちらりとお姉ちゃんのほうに視線を向けると、お姉ちゃんはなぜかおば様たちの会話に入ろうとせずにうつむいていた。その様子が気にはなったけれど、聞く前に表情は変わってしまった。
***
魔力判定を避ける方法を考えようかとも思ったけれど、結局それはあきらめた。当日熱を出したと言っても結局後日になるだけ。それにミークレウム殿下との約束も心に引っかかっている。
一応、約束してしまったから。それにお姉ちゃんとステリ―が救われるといった言葉に嘘はなかった。だって、今こうしてお姉ちゃんもステリ―も笑って過ごしている。
なら、私がするべきは魔力ランクをごまかすことだろう。前回と同様にS級になんてなったら、また公爵家に養子にされる。あんな冷たいところはもう嫌だ……。
ちょうどよく、養子にはなっても公爵家に目を付けられることはないランクになるように頑張ってみよう。あれは魔道具に吸われた魔力量でランクを判定しているから、吸われる量を調整するか、元から減らして判定にのぞめばいい。
本当はここに居たい。ずっとここで暮らしたい。でも、でも……。あいつを王太子にするわけにはいかないから。そのためにはまずミークレウム殿下に近づかないといけない。平民の私が殿下に近づけるとしたら、それは王立魔法学院でだけ。だとしたら私がするべき行動は決まってしまう。
そこまで考えて、深くため息をつく。もう、本当になんてものに巻き込まれてしまったのかしら。人が実行できるものでもないと、禁忌にすらならなかった時を操る魔道具が本当に存在するなんて。一度関わってしまったからには、どうにも放置することができない。そんな性格の自分が嫌になってしまう。けど、今度こそお姉ちゃんとステリ―が笑って暮らせる日常を守り切りたい。そのためなら、自分が犠牲になっても構わないから……。
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