第5話 捜索開始!
「痛てて……。もう少し優しくすることはできないのかね~」
紫音はぼやきながら全員の無事を確認した後、モニターの方を凝視する。周囲に舞った土埃が消えていくにしたがって、たくさんの木々が姿を現した。
「ほっ。無事に着いたみたいですね」
「そうみたいだな。それじゃ、早速捜索に向かいますか〜!」
紫音は大きく伸びをしながら腰につけた浄化装置にある赤いボタンを強く押し込んだ。すると突如、紫音の全身がホログラムに包まれ、小袖を着た商人娘が現れた。青みがかった髪はさらに暗くなり、小袖には綺麗な花模様があしらわれていた。
「し、紫音さん?その格好は?」
「これは安土桃山時代の庶民の服装さ。なかなかに似合ってるだろ?」
悦に浸り、口調も先程までとは打って変わって砕けた感じになった紫音に、部隊組は戸惑いを隠せなかった。
「さ、みんなも自分の装置についてるボタンを押してみて!」
「だ、そうです。いろいろ気になることはあるかと思いますが、理由は後でお話しますので、まずは押してみてください」
葵は困惑する2人の背中を押すように声をかけ、自らも装置のボタンを押した。瞬時に彼もホログラムに包まれ、青を基調とした着流しを身につけた若者へと変身した。
堀田たちも葵に続いて装置のボタンを強く押し込み、紫音らとは色違いの小袖や着流し姿になる。いつもと違う自分の姿をまじまじと見つめるなかで、金田があることに気がついた。
「ん?堀田、髪の色が」
「え?」
堀田はタイムマシンに取り付けてある鏡の前に立った。そこには、いつもの見慣れた金髪ではなく、黒髪を結った青目の男が立っていた。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁ!?」
「おお。良い反応を見せてくれるね~」
唖然とする堀田のリアクションを紫音は愉快そうに笑って観賞する。このままでは収拾がつかなくなりそうなので、葵は両手をパンと叩き、注目を集めた。
「あの、慌ててるところすみませんが、説明の方に入って大丈夫でしょうか?」
「あ、大丈夫、大丈夫です。取り乱してしまってすみません」
堀田は顔を赤らめながら頭を少し下げた。
葵も「気にしないで」という意を込めて優しく微笑んだ。
「お二方に、これから一番重要なことをお話しいたしますね。僕たちは今から、この時代に暮らす一般人として行動する必要があります。なので、時代に合った格好を最新のホログラム技術で再現したという感じです。ただ、この装置はまだ試作段階なので、少しでも異変があればすぐに知らせてください」
ここで葵は口を閉じて一歩下がり、先輩へとバトンを渡す。待ってましたと言わんばかりに紫音は堂々と前に出て口を開いた。
「これから私たちは『仲の良い町人4人組』という設定で安土城城下町へと潜り込む。ゆえに、ここからは変に敬語を使ったり、時代錯誤な発言をしたりするのは御法度だ!それと」
ここで紫音はいったん区切り、神妙な表情を作る。
「私たちが一番やってはならないのは、歴史改変につながるような行動を起こすことだ。あまりないとは思うが、特に歴史に名を残す人物と接触する際には細心の注意を払うように」
「分かり、いや、分かった」
忠告を聞き、全員が納得したのを確認すると、紫音は大きく頷いた。
「よし。それではこれより、第2調査団の捜索を開始する!」
紫音がタイムマシンの重々しいドアを開けると、澄んだ空気が風に乗って鼻腔をくすぐった。現代とは確実に異なる、清らかな空気が紫音は好きだった。本当は小一時間ほど何も考えずに周囲を散策したかったが、任務は任務だ。周囲に危険がないかを改めて確認し、使命感を持って豊穣なる安土桃山時代の大地に足を踏み入れた。
しばらく歩いていると、前方に大きな山が見えてきた。頂上付近には統治者の力強さを示すかのように立派な天守閣が建てられており、麓にかけてのところどころに立派な石垣が垣間見えていた。また、山の麓に広がる城下町では、町民や商人らしき人々がせわしなく動いており、活気に満ちていた。
「これが、安土城城下町……」
「思ったよりも賑わってるんだな」
初めて過去の人々の暮らしぶりを目の当たりにした堀田たちは思わず言葉を漏らした。
「観光したい気持ちは分かるけど、それはまた今度だ。第2調査団も調査でここを訪れることになっていたはずだから、手分けをして聞き込みをしてみよう。出で立ちについては、道中で話した通りだ。何かトラブルがあったら、浄化装置に備えてある無線マイクのボタンを入れてくれ。私たちにしか聞こえない、特注の指向性スピーカーを使っているから、遠慮なく話すように」
紫音は小声で作戦の概要を伝えた後、約1時間後に右手奥の茶屋で集合することを告げた。それを確認した葵たちは早速、各自散らばって聞き込みや手がかりになるものがないかを調べ始めた。
紫音は調査を進める中で、数年前に初めて安土城の城下町を訪れた日のことを自然と思い出していた。それと同時に、楽市楽座のシステムがいかに人々を気さくな性格たらしめていたのかを今回改めて実感していた。というのも、これ以前の時代に研究目的で足を運んだ際は寺社などによる厳しい規制が敷かれていたせいか、必要以上のことを語ってくれる人が非常に少なかったのだ。1日かけて情報ゼロ、という時も珍しくなかった。そのため、第2調査団がこの時代を訪れていたのは不幸中の幸いだったのかもしれない、と感じていた。
その証に、一時間後、情報収集を済ませ件の茶屋へと集まった一同は皆、一応の成果はありげという表情をしていた。
「——なるほど。みんなの話を整理すると、昨日はこの町の各所で目撃情報があったみたいね。ただ、今日は今のところまだ誰も見ていない、と。輩に襲われた可能性も捨てきれないけど、証言を聞く限りはかなり薄いかもね」
「う〜ん。これはなかなかに骨が折れそうね」
金田はこめかみに手を当てて目をつむった。
彼女なりに思考を整理しているのだろう。
少し休憩したら聞き込みを再開するか、と紫音が考えていると、通りすがりの男に急に声をかけられた。
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