第4話 まずは顔合わせから

 船内の振動がなくなり、飛行機に乗っているかのような浮遊感を感じるようになった。紫音が船内のモニターを確認すると、オーロラのように輝く空間が広がっている様子が映し出されていた。無事にタイムトンネルに突入したのである。


 葵もそれを確認すると、口から大きく息を吐き、胸の前に添えていた両手を下ろした。彼が不安から解放された証拠だ。それを見た紫音は椅子の横にあるボタンのひとつをおもむろにポチッと押した。


「うわっ!?」


 その瞬間、紫音と葵の椅子が180度回転し、後ろに座っている堀田たちと向かいあう形になった。突然の出来事に堀田たちもきょとんとしてしまう。


「ちょ、紫音先輩!やるならやるって先に言ってくださいよ!」

「油断は禁物だぞ~、葵」


 紫音ほ悪い笑顔を浮かべながら、不貞腐れる後輩の頬をつんつんする。これには堀田たちも苦笑いをするしかなかった。


「さてと。それじゃ改めて、自己紹介をしましょうか。私は行動心理学者の村雨紫音です。そして、この子が後輩の――」

「さ、桜田葵です。歴史学を研究しています。よろしくお願いします!」


 紫音の言葉にやや被る形で葵も自己紹介を済ませる。なんだか面接のような感じになってしまったが、相手は特に気にせずに自己紹介に入った。


「金田祐美です。隣の堀田とは6年ほど前からバディを組んでいます。私たちは想定訓練を何度もこなしてはきましたが、実際にタイムトラベルをするのは今回が初めてとなります。ですが、危機が迫った際には命に代えてでもおふたりをお守りいたします」


 淡々と話した金田は頭を軽く下げる。短めに整えられた黒髪と無駄のない一連の動作が彼女の人となりというのを現しているように感じられた。

 彼女に続いて、堀田も自己紹介のために口を開いた。


「堀田正典です。これからよろしくお願いします。仕事とはいえ、先ほどは不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」


 そう言って、堀田は頭を下げた。どうやら理由を言わずに侵入を拒んだことについて、多少なりとも気にしていたらしい。でかい図体をしておきながら意外と繊細なのかもしれない、と紫音は頭の中で堀田に対する認識を改めた。


「いえいえ、お仕事なのですから、気になさらなくて大丈夫ですよ」

「そう言われると、頭が上がりませんね。でも、男ひとりで恐縮ですが、その分、護衛の方はしっかりと務めさせていただきます!」

「え——」


 堀田は胸を張ってどんと宣言した。それを聞いて唖然とする葵とは対照的に、何かに気づいた紫音は唇を引き絞り、身体をプルプル震わせていた。堀田が2人の異変に勘づき、少し首をかしげていると、葵が申し訳なさそうに小さく手を上げた。


「あ、あの、僕も、男、なんですけど……」


 言い終わらないうちに、紫音がグフッと吹き出した。


「なっ、紫音先輩っ!!」

「おっと、そうでしたか!これは失礼しました」


 堀田は再び苦笑いを浮かべながら、頭の後ろに右手を回した。金田は呆れたように目をつむり、小さくため息をつく。


「いえ、慣れてるんで、あはは……」


 このとき、愛想笑いを浮かべながら、自分のことを嘲け笑っている先輩のことをいつかぎゃふんと言わせてやろうと葵は誓った。


 ひとしきり紫音が笑ったところで、業務的な話へと話題が移った。特殊部隊で想定訓練を積んでいるからとはいえども、だから余裕だとは言えないのがタイムトラベルだ。その時代の文化や情勢を理解し、あたかもその時代の住人であるかのように振る舞わなくてはならない。少しでも怪しい動きをすれば、問答無用で捕まってしまう可能性も大きい。


 それに加えて、過去の衛生環境は現代に比べて劣悪なケースがほとんどである。40年前のタイム・パンデミックはまさに、それに対する理解不足が招いたものだといっても過言ではない。そのため、過去の世界を探索するには、携帯型の浄化装置を身につけておくのが義務となっているのだ。


 ということで、到着までの間に荷物室から持ってきた浄化装置の使用方法を全員で確認することになった。

 さすがは特殊部隊で訓練を積んでいるだけあって、堀田たちが使いこなせるようになるまでにそこまで時間はかからなかった。


「——それで、ここのベルトをぐっと締めて腰に固定してあげることで、効果を最大限に発揮することができます」

「なるほど、こうですね。分かりました。ところで村雨さん、あとどれくらいで着く予定なのでしょうか」


 金田は前々から抱いていた疑問を紫音に尋ねてみる。


「紫音でいいですよ。そうですね……、あ、もうすぐ着くみたいです」

「分かりました。意外と早いんですね」


 このとき、それまでクールな表情を崩さなかった金田の頬が一瞬緩んだような気がした。心の奥底にしまってあると思われる、小さな好奇心が我慢できずに表に出てきたといった感じだろうか。冷徹で毅然とした人なのかと思っていたが、彼女に対してもまた、良い意味で認識を改めることができたことに紫音は嬉しく思った。


 そのとき、ちょうどタイミングを見計らったかのように、まもなく到着するという旨の自動アナウンスが船内に響き渡った。


「おっと、そろそろ着陸態勢に入らないとな。けっこう強い衝撃が走ると思われますが、頑張ってこらえてくださいね」


 紫音の言葉に全員が表情を引き締め、同意の合図を送る。その後、素早く元の席に座り、動かした椅子の向きも元に戻す。それから数十秒後、外を映し出すモニターが白い光に包まれ始めた。そこからまもなくして、強い衝撃と爆音が一気に押し寄せた。

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