過去編 雪
第7話 十二月
これは寒さが肌を撫でる十二月の話。木は葉っぱという服を着らずに枝をむき出しにして、空を飛ぶ虫も寒さから冬眠をする冬。
ムギュムギュ、と雪を踏みながら小さい足跡を残していく佐倉の後を雪乃下は着いて行っていた。手袋とマフラーで防寒し、寒さで霜がつくメガネを拭く。
「先輩〜!遅いですよ〜!」
「冬休みに入ってすぐに雪が降ったから、外で遊ぼうと言われた俺の身にもなってくれよ。家で暖まっていたのに」
「子供は風の子ですよ。もう、こんな可愛い彼女がわざわざ遊ぼうと言ってるのになんですかその態度は」
頬っぺをふくらませながら、足は雪を踏むことをやめていない。
雪が降って純白のドレスに身を包んだ町は凍てつくように寒くて、雪乃下は外に出ることはせずにコタツで暖まっていた。しかし、そんな雪乃下の元に一通のメールが来て、家から外に引っ張り出される。半ば強引に出された雪乃下だったが、佐倉からの誘いということもあり文句を言いながらも外に出た。家から一歩出るとひんやりとした空気が鼻を赤く染めていく。
「ほら、先輩元気出しましょうよ!せっかくの雪ですよ」
こんな寒さだというのに佐倉は太陽のような熱を帯びて雪遊びを堪能していた。その光景を一歩後ろに下がりながら、保護者のように見守っていた雪乃下に雪玉が投げつけられる。
口に雪が入って、自然のかき氷を食わされた雪乃下は佐倉を睨みつけてムキになって雪玉を投げ返す。
「お前やってくれたな!」
「きゃ〜、先輩が怒ったー」
そこから二人は高校生とは思えないほどに、はしゃぎあい雪を投げあった。十分ぐらい休むことなく投げ合っていたせいか、周りの雪はほとんど無くなり口からは白い息が出ていた。近くの公園のベンチに腰をかけて、休憩をする。
「疲れましたね……」
「あんだけ投げあっていたら、そりゃ疲れる」
「なんだかんだ言って、先輩も楽しんでましたね」
「楽しんでない、あれはやり返しただけだ」
「素直じゃないですね」
ベンチに腰をかけながら、雪乃下は空を見ていた。空はまだ曇天で今からもまた雪が降りそうな気配が漂っていた。これ以上寒くなるのは勘弁願いたいのだが、天候というのは神のようでちっぽけな人間の願いなんて受け入れてはくれない。
「……寒くなるなあ」
「そうですね、寒くなりますね。ところでお花見に行きませんか?」
「脈絡なさすぎるだろ。いいけど、どうして急に」
「急に行きたくなったので先輩と。ダメですか?」
「ダメなわけないだろ。いつ行く」
佐倉が唐突に花を見に行きたいと言い出す。本当に急で雪乃下はほんのちょっとだけ戸惑うが行くことに関しては全然良かった。恋人とどこか行くことを断るような男ではない。むしろ、喜んでしっぽを振って行くような男だ。
「そうですね。二日後とかどうですか」
「いいよ。二日後に行こう。どうせ、暇だしな」
「じゃあ、決まりですね」
雪乃下が住んでいる町から十五キロ離れた場所にバラ園があった。電車で片道二時間半ちょっと。高校生が行こうと思えば行ける距離で、デートスポットとしても絶好の場所だった。綺麗なバラに囲まれて、蜂も蜜を吸いにやって来る。広い広場などもあり、家族連れも多いレジャースポットでそこそこの人気を誇っていた。
佐倉を見送ったあと、二日後に待っているデートの計画を立てるために雪乃下は下調べを始めた。行く時は念入りに計画を立てそれの通りに進行をする。不手際があれば、時間も押して楽しむ時間が無くなるため、雪乃下はいつも緻密に計画を立てていた。
しかし、佐倉は正反対の性格で行き当たりばったりで進行していき、せっかく立てた計画のほとんどを破綻させる。計画にはない場所に行ったりするので、いつも行きそうな場所に目星をつけているが、それのどれもが外れたりするのはざらにあった。
それでも、雪乃下は性格上計画を立てなければ安心が出来ないので、いつも破綻されると分かっている計画をせっせと作っていた。スマホやパソコンなどを使い、電車の時間など近隣の食事ができる場所などをどんどんピックアップしていく。
一通りの計画を立て終わった頃に、スマホが振動する。画面には佐倉と書かれていた。緑のボタンを押して、電話に出る。
『もしもし?先輩?』
「もしもし」
『先輩、今計画立ててたでしょ?』
声しか聞こえないが、イタズラのように頬を上げて、少しだけ目尻を上げていることが容易に想像が出来た。声色も砕けていている。
「いつも佐倉が破綻させる計画を立ててたよ」
『あっ、私が悪いみたいな言い方しないでくださいよ』
「悪いとは一言も言ってないのに。酷い、俺がそんなこと言ったみたいに」
『むむ。先輩って少し意地悪ですよね。いや、少しどころか、かなり意地悪ですよ』
「ええ?そんなことないよ。人の計画を破綻させる佐倉の方が意地悪に思えるよ」
『ほら、そういうところですよ!』
「冗談だって、ごめん」
他愛もない会話が続いていく。時間がゆったりと進んでいって、気づいたら二時間が経っていた。時刻も十二時を回っていて、すっかり深夜になっていた。瞼も少し重たくて落ちかけてきていた。
「もう遅いから寝ようか」
『ええ、先輩とまだ話したいですよ〜。話したいのに〜』
佐倉が駄々を捏ねはじめる。こうなったら、もう眠いという証拠だった。声がふにゃふにゃに溶けて、可愛さが限界までに達している。雪乃下はいいよ、と言いかけてしまうが座っていた椅子をぐるぐると回し、思考も一緒に回し流す。五分ほど押し問答した後、佐倉は折れて眠ることにした。
『もういいですよ。寝ますよ。それじゃあ、先輩おやすみなさい』
「はい、おやすみなさい」
こうして、電話は切れた。机におでこを乗せて、あの可愛かった佐倉を思い返す。声は溶けて、まだ話したいと言ってくれる彼女を眠れと説得するのは正直心が痛かった。けれど、寝かせないと体にも悪いし、女性なのでお肌にも悪い。心を鬼にした反動で擦りに擦れて、運動もしていないのに何故か疲れていた。
机からベットに移動して横になるとすぐに眠ってしまった。
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