第6話 二人の憩いの場

 雪乃下は佐倉が夢に出てきた理由を知りたくて、いつもは触らないスマホで時間を潰すことにした。元恋人夢に出てくる理由と打って、検索にかけてみる。


 どうせ当たらない。当たりっこないとタカをくくっていたけど一番上に太く黒文字で書かれていたのは、貴方が過去の恋愛に囚われてるから夢に元恋人が出てくる、と雪乃下の心を見透かしたよう内容でスマホを危うく床に落としかける。


 平静を保ったフリで頭を騙して続きを読んでいくけど全部当てはまっていて、偶然だ、プラシーボ効果だと、なんだと言って当てはまっていることをなかったことにしようとする。結局スマホは閉じてしまって、履歴も消してしまう。


 言われたくなかったことを無神経に言われて雪乃下は腹の虫が悪くなる。いや、調べたのは自分自身なのだけど、と冷静にはなるけど虫は鳴りやむことを知ってくれない。


 過去に囚われていることなんて本人が痛いほどに分かっていて、何度も前を見ようとしたけど後ろからの重力に引っ張られてしまって、振り解きたい呪縛は簡単には解けてくれなかった。沈んだ気持ちは海底の砂を巻き上げ、浮上することはなく、そのまま学校へ行く。


 学校へ着くと正門の前に佐々木の姿を見かけた雪乃下はこの気持ちを少しでも紛らわしたくておはよう、と声をかけようとするけど先に声をかける一人の男の姿を見る。


「おい、佐々木〜!」


 それはあの日廊下で喋っていた一人だった。記憶の片隅に、薄らとだけ残っている二人の印象はあの時のままだ。出しかけた声にコルクをして、何も無かったように通り過ぎようとするけどその男が発した言葉に足を止めてしまった。


「お前、あいつと何でつるんでるんだよ」


「あいつって?」


「ほら、雪乃下だよ。前に言っただろ関わるのやめろって」


「いや、別にいいじゃん。俺が誰と関わろうとなんてさ。お前に関係あるか?」


「あるさ、友達として佐々木が変なやつとつるむのは許せないのさ」


「……よくそんなことが言えるな。自分の目で何も見てないくせにさ。もういいや。雪乃下、教室行こうぜ」


 佐々木は一歩後ろで足を止めていた雪乃下の方に振り返りそう言った。悪口を言っていた男は雪乃下の存在に気付いてなかったらしくて、驚いたような表情をしていたけど、その表情は直ぐに佐々木への怒りに変わっていた。


 自分の忠告を聞かない佐々木に対する怒りなんて、的外れで自己中心的なものに他ならないのにそれを露わにするなどアホのすることだ。そもそもの話、している忠告すら根拠もないゴミみたいなものなのだから、無視されるのは当たり前だと言えるだろうに。自らを俯瞰できない男はやるせない表情をしたまま、二人の横を通り過ぎて行く。


「気にするなよ、あんな奴らの言葉。俺は雪乃下のこと良い奴だと思ってるからな」


 佐々木は廊下を歩きながら、さっきのことを気にかけてくれていた。雪乃下はそんなに気にしてはなかったのだけど、こうやって心配してもらえるのは正直のところ嬉しかった。


「おん、ありがとう」


 正面を切って良い奴だと言われるのは照れくさくて、頬をかいて照れ隠しをする。朝の怒りがどこか消えていくような気がした。


「あっ、雪乃下おはよう」


「今更すぎない?おはよう、佐々木」


 二人は友達になった。どちらかが友達になろうと言っていない。けど、友達だった。言葉はいらない心地が良ければ、楽しければ、それはもう友達と呼べるだろう。


 昼休みの開始を告げるチャイムが鳴ると同時に佐々木は雪乃下の机にやってきて、ご飯を食べに行こうと誘う。それを了承した雪乃下は一つの条件を取り付ける。


「誰もいないところで食べていい?」


「んあ?別にいいけど。じゃあ、パンでも買うか」


「ありがとう」


 二人は食堂の前に置かれているパンを三つほど取って、誰もいない中庭に行く。荒れに荒れた中庭はその昔は憩いの場として、生徒に人気だったと聞くが今は手入れもされておらず人が寄り付くような場所ではなかった。手入れをされなくった理由は色々と噂されているが真実は誰にも分からない。雪乃下は草木をかき分けて、少し開けた場所に佐々木を案内する。


「おお、ここだけ草もなんも無い」


「昔、ここだけこっそり手入れしたんだ。今も定期的に手入れをしてるんだ」


 この場所は佐倉と雪乃下が学校に無断で草刈りをして座れるペースを作った場所だ。二人きりになれる場所がなかった二人はこの荒れた土地を見つけて、ここなら少しだけ草刈りをすれば草が覆い隠してくれて、ちょうどいい二人きりの場所になると判断した。ハサミなど持ってきてもバレなさそうなもので、ちまちまと草を切って二人だけの憩いの場を作った。


 佐倉が亡くなった後も雪乃下は思い出の場所を荒らしたくないという気持ちから一人で手入れを定期的にしていた。


「ふーん。なら、なんで俺をここに?」


「昔のことを話そうと思ってさ」


 雪乃下がここに佐々木を連れてきたのは昔の話をするためだった。どこか落ち着いた場所を探したら、ここに辿り着いたのは偶然だが、神様にここで話せと導かれているような気もした。


 自分のことを良い奴だと言ってくれて、他人の意見を全く聞き入れずに意見をバッサリという姿は佐倉に似ていて、佐々木ならあの事件のことを話してもいいと思えたから話す決心をする。


「話せる時が来たらでいいぞ、別に」


「それが今なんだ。俺も一日ちょっとで話せる時が来るとは思ってなかったけど」


「本当だよ。早すぎるよ、でも雪乃下が話す気になったら聞くよ」


「ありがとう。ちょっと長くなるけど」


「昼休みは長いから大丈夫や。ほら、座ろうぜ」


 それじゃあ、と前置きをして雪乃下はあの事件のことを語り始める。四ヶ月前に起きた記憶の底に封印しておきたいはずの話を。

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