第4話 どこか似ている二人

 雪乃下と佐々木はホームルームが始まって少しした時に教室の扉を開けた。ついさっきまで雪乃下を叱っていた担任が教卓の前に立ち、出席簿を見ながら生徒の出席を取っている最中だった。担任と目と目が合い、口を開きそうになった時佐々木が先手を打った。


「おっと、先生。ちょっと待ってください、遅れたのにはちゃんとした理由があるんです」


 佐々木は平然そうに言ってのけた。自分を追ってきて教室を飛び出したのに、ちゃんとした理由なんてどこにもないだろう、と思いながら、どんな口八丁で切り抜けるのだろうと見守っていた。


「ちゃんとした理由とは?」


「二人して腹が痛くなったのでトイレに行ってました」


 雪乃下は呆れた。さも、自信ありげに言っていたのに出てきたのは誰も騙せない言葉。本人はこれで切り抜けられる、と言わんばかりにやりきった表情をしている。顔に手を当てて、溜息をひとつ口から吐き出す。


 担任は口をぽかんとあけてしまっている、餌を待っている鯉のように。


「……そうか。分かったから、二人とも席に座れ」


 担任の口からは怒気も何もこもってもない、許しの言葉が出てきた。あれでいけてしまうのか、と雪乃下は思ったがさっきの担任の顔を思い返すと同じ心境で無理やり納得したかもしれない。何はともあれ、窮地は佐々木の機転のおかげで抜け出すことは出来た。二人は席に座って、そのまま授業を受けていった。


 そして、昼休みの時間になり佐々木は約束通り雪乃下の所へやってきた。


「よし、飯食いに行くぞ!腹減りまくりで死にそうだ」


「そうだね、早く食べに行こう。俺も腹が減ってしょうがないよ」


 雪乃下が席を立つと、二つの視線がこちらに向けられていることに気が付いた。視線の方へ顔だけを向けてみると、昨日廊下であることないことを言っていたクラスメイトがこちらを見ていた。何か言いたげな表情をしていて、自分たちのことを雪乃下が見ていると分かっても、二人は視線を逸らそうという素振りすら見せなかった。相手にするのは面倒くさかったので、こちらは見なかったことにして先に行っている佐々木の背中を追いかける。


 食堂は一階にある。四階から一階まで行くのはちょっとした運動になるので、運動をしたくない雪乃下にとっては億劫だった。一階ずつ降りていくにつれて、鼻の奥をスパイスなどの匂いがくすぐり腹の音を鳴らす。空腹にますますなっていき、食堂に着く頃は腹ぺこの状態だ。


 食べ盛りの高校生で溢れかえる食堂はカレーや唐揚げなどの匂いが充満していて、食欲が湧き溢れ出てくる。


「おばちゃん、唐揚げ定食ひとつ」


「あいよ、300円ね」


 学食なので値段設定は破格で高校生の財布に優しい。財布から300円を取り出し、おばちゃんに手渡す。


 ピンクのおぼんに乗った唐揚げ定食をおばちゃんから受けとり、先に頼んでいたはずなのに未だに待っている佐々木に先に行くと伝えて空いていた窓側の席に座る。この窓側の席は太陽の光が当たり心地よいが、熱いというデメリットから座る人が少ない穴場的なポジションになっていて、雪乃下はその席がお気に入りだった。


 佐々木が来るまで食べるのを待とうとしたが、唐揚げが冷めてしまうのは嫌だなと思いお先にいただくことにした。唐揚げをちょうど一個食べ終わった時、佐々木は食堂のおばちゃんを従えてやってきた。おぼんが二つ必要な量を頼んだ佐々木は席まで持ってきてくれたおばちゃんに礼を言って席に座る。


「お前どんだけ食うんだよ……」


「え?カレーにカレーうどんに唐揚げ。そんなに多いか?」


「いや、多いだろ」


「でも、これぐらい食わないと腹減るんだよな放課後になるとさ」


「……大食らいなことで」


 雪乃下はあまりの量の多さに驚愕してしまう。バクバクと箸を勢いよく進める佐々木は美味しそうな表情をしていた。雪乃下はまた思う、佐々木と佐倉は似ていると。性別も性格も何もかも違う二人だけど、どこか似ていて感傷的になってしまう。


 流石に佐々木ほどではないが、佐倉もよく食べる部類の人だった。美味しそうにご飯を頬張り、リスのように食べきれない量を口に入れてほっぺを膨らませていた。その光景がなごましくて、好きだった。先輩と呼んでくれる声は無いけど、心の録音機を再生すればそれはいつでも聞ける。


「……懐かしいな」


 つい、口からポロッと出てしまう。


「懐かしいって元恋人さんのこと?」


「そうだね」


「それって詳しく聞いても大丈夫なやつ?」


「……話せる時が来たらでいい?」


 佐倉のことを話すと、あの事件がフラッシュバックしてしまいそうで、それが怖くて言うのを躊躇ってしまう。


「そう、わかった。それじゃあ飯冷めるから早く食べようぜ」


 佐々木はそれ以上は聞いてこなかった。こちら側が無理と言ったら、深く聞いてこずに詮索もしない。そんなところも似ていて、逆に恐怖を覚えそうなぐらいだ。


 目の前でガツガツとさっきの話がなかったことのように、ご飯を食べている佐々木にいつか話せる時が来たらいいなと思いながら唐揚げを頬張る。

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