いつか見た記憶

Siranui

鬱陶しくも、暖かい過去

 ――夢を見ていた。あの頃の夢を。それはとても俺の心の中で一等星のように輝いていた。その星に惹かれるように俺もある少女にかれていく、そんな明るい夢を――



       ◆ ◆ ◆


 ある公園の木漏れ日の下で眠っていた。この木から差し込んでくる陽光ようこうがとても暖かくて、心地よくて、任務で疲れた俺の身体を癒やす唯一の場所だった。今日も任務終わりにここで心身共に癒やしている。そんな時、誰かに声をかけられた。


「……ねぇ、ここで何してるの?」


 俺はふと目を覚ます。そこには見知らぬ少女が俺の事をじっと見つめていた。淡い栗色の長髪と瞳に白い肌を優しく覆う同色のワンピース姿の少女はまるで天使のようだった。

 だが、俺は目を背けた。俺のような存在が見てはいけないと勝手に判断したからだ。


「ねぇ、こっち向いてよっ! そんな反応されると私寂しいよ……」


 そんなの知った事ではない。勝手に一人で寂しがっていろ。後に話し相手くらいここに来てくれるだろう。


 今にも泣きそうな少女は無視し、俺はその場を去った。面倒事はもう勘弁だ。本来なら神族と判断し殺す予定だったが、命拾いしただけまだマシだと思ってくれればいい。


 ……と思った矢先だった。さっきまでいた公園で大きな爆発音がした。爆風で身体が後方に吹き飛ばされ、地面に転がる。


「っ――!」


 くそっ、敵からの襲撃か! あのガキは無事か!?


「ちっ……勝手に死ぬんじゃねぇぞ!」


 全速力でさっきの公園まで走った。あの少女が神族に殺される前に――



 しかし公園に着いた時、俺は思わず声を詰まらせた。


「誰だあいつらは……!?」


 それぞれ赤いスカートと水色のスカートを着たうり二つの少女があの天使のような少女と話しかけている。友達だろうか。とりあえず近くのベンチに隠れて様子を伺う事にした。


「ねぇ、そこの君。今誰と話してたの?」

「……知らない人」

「そうか〜。でも、その割には楽しそうに話してたよね」

「――!」


 本当に何なんだあの二人は。あれか、独占欲が半端ないとかいう、あれか。


「だから言っておくね。もうあの男とは関わらない方がいいよ。あの男はこの世から排除しないといけないから」

「そうそう、あの男は将来多くの人を殺す。やがてこの星はあの男だけのものになる。君も嫌でしょ? たった一人の男が生きてるだけで何もかもを失うのは」


  ……何を言ってるんだ。俺の未来? 星は俺だけのもの? これら全てが俺の未来予想図なのだろうか。


 すると、しばらく黙っていた少女の口が開いた。


「……いで」

「何? 聞こえないけど」

「ふざけないでよっ! 何であの人と関わっちゃいけないの!? 何で将来あの人が人を殺すなんて勝手に決めるの!? そんなのただあの人に対する偏見でしょ! 逆に、排除されないといけないのはあなた達の方だよ!」


 ――あのガキ、年齢の割にはとてつもなく強い意思をあの言葉一つ一つに感じられる。強い。どんな相手だろうと屈しないその強さ。正直見くびっていた。ただ鬱陶うっとうしい女だとしか思っていなかった。


「へぇ〜、随分大口叩けるんだね。なら先に君から消してあげようか」

「そうだね。精々その発言を地獄で後悔するんだね」


 二人はそれぞれ右手を少女に向けて翳す。そこから徐々に魔力が凝縮し、大きくなっていく。


「さよなら。可愛いお嬢さん」

「さよなら。みにくい反逆者さん」


 少女は大きく目を見開きながら、巨大化していくエネルギー玉を見つめる。そして振り下ろされる――


「ちっ! 早く止めねぇと星ごとジエンドだ!!」


 とっさに俺はベンチから抜け、思い切り地を蹴って少女の所まで滑空する。左手で少女を抱え、右手であのエネルギー玉と同じくらいの魔力玉を投げる。


「はああっ!!」


 黒と紫の魔力爆発が発生し、俺は少女の頭を右手で守りながら吹き飛ばされ、また勢いよく転がる。


「ちっ……お前、無事か」

「君は――」


 俺の顔を確認した後、少女はへにゃりと顔を綻ばせた。


「話は後だ。ここで待ってろ。すぐ終わらせてやる」


 少女の笑顔を見ても表情を一切変えずに、俺は目の前の瓜二つの少女達の方を向く。


「ねぇ、いつからいたの?」

「生憎最初からだ。お前達の話、しっかり聞かせてもらった……」

「この男……八岐大蛇!! 死ねえええ!!!」


 赤いスカートを着た少女が無数の魔力で出来た弾を俺に向かって放つ。容易く避け、目にも止まらぬ速さで黒剣を召喚して少女の心臓を一撃で貫いた。


「あっ……があっ……!!」

「お前……よくもピコをっ!?」

「耳元で騒ぐな。鼓膜が破けるだろ」


 青いスカートの少女には左足の回転蹴りを顔面に喰らわせた。黒剣を勢いよく引き抜き、ポリゴンの欠片となって散った。


「うっ……まさかあいつがいたなんて……予想外だわ」


 青いスカートの少女は血を流しながら倒れているもう一人の少女の目の前に立ち、魔法陣を展開してこの場から去った。


 何とかあのガキは無事のようだ。幸い俺も無傷で済んだ。この後あのガキにアイスでも買ってやろうと思い、少女の元へと歩く。


「ふぅ……おい、終わったぞって……」


 俺がふと言葉を止めた理由はただ一つ。それは目の前であの少女が泣いていたからだ。どうすれば良いか分からず、ただ少女をじっと見つめる。


「うっ……ううっ……!」

「はぁ……本気で言ってるのか」


 途端、少女は泣きながら俺に抱きついてきた。本初対面の男にこんな事するとか無防備すぎるだろ……と思いながらわあわあと泣く少女を見つめる。


「ったく……ガキみてぇに泣くな。天使みてぇな顔が台無しだ」

「だっでぇっ……、いきなり君が多くの人を殺すとか言われて怖くて……そしたら君が現れて本当にあの人達を殺しちゃって……!!」


 また泣き出した。もう止めようが無いのかもしれない。仕方ないと心に思わせ、ぎこちない撫で方で少女の頭を優しく撫でた。


「はぁ……どうやらこの泣き虫を何とかしねぇとアイス買えねぇな」

「え、アイス!? 買ってくれるの!?」


 少女はアイスと聞いて目をキラキラさせながら俺をじっと見つめてきた。そんな顔されたらいくら俺とて断れない。


「はぁ……今日だけだからな」


 すると少女は俺の方を見上げてとびきりの笑顔を見せた。


「やったー! ありがとっ!! ……えへへ、君って優しいんだね」

「ただの気まぐれだ」

「でも分かるよ。君は外ではそう言ってるけど、中身は本当に優しいって事」

「いや、俺達は初対面だろ」

「そうかもしれないけど、これは運命だよ。だからこれからもよろしくね!」

「勝手に口実作って慣れ合おうとするな」


 そう、俺と関わってはいけないのは決して嘘ではない。むしろ本当の事だ。後々俺がこの子を殺す事だって無きにしもあらずだ。


「私、エレイナ! エレイナ・ヴィーナス! 君の名前は?」

「俺の言ってる事が分からないのか」

「良いじゃん! 私は君と仲良くなりたいの! 君の事をもっと知りたいの! だから教えて? ……ダメ?」


 はぁ……この態度が本当に腹立たしい。何せ断りづらいのが本当に腹立たしい。心の奥底で舌打ちをしながら俺は自分の名を口にする。


「……大蛇。八岐大蛇やまたのおろち

「大蛇君……うん、覚えたよ! これで私達は仲間だね!」

「は? 何言ってるんだ」

「良いから、大蛇君は仲間なの! ほら速くアイス買いに行こうよっ!!」

「おい待て引っ張るな……!!」

「えへへ、アイス〜アイス〜♪」


 あの時は確かに鬱陶うっとうしかったけど、いつの間にか時を越える度に、エレイナもかけがえのない仲間になっていく……


「ねぇ、だっこして! だっこ〜!!」

「くっついて来るな! 暑苦しい!」

「ねぇ〜逃げないでよ〜!!」


 あの時の少女エレイナはもういないけど、思い出は永遠に心の中にある。


「……大好きだよ、大蛇君」

「恥ずかしげも無くよく言えるな」

「ねぇ〜大蛇君も私の事好き?」

「……普通だ」

「もうっ! 何その言い方! 素直に好きって言えばいいのに……」


 何やかんや共に時を過ごし、愛をはぐくみ、えにしつむぎ、絆を結んでは深めていった。


 俺はこの日々を取り戻すために、運命の……宿命への反逆を決意したんだ――



「ふふっ、やっぱりアイスは美味しいね!」


       ◆ ◆ ◆


「はっ――」

 

 ふと目を覚まして布団から起き上がる。視界には正に大人の男性の部屋という感じのシンプルな風景が広がっていた。


「ちっ、何だよ夢か……」


 あの幸せな日々が夢である事に少しショックを受けながらも、俺は運命と戦うために今日を生きる――


「――アイス、買ってくるか……」


 そして、あの時食べたバニラアイスを買いにコンビニへと向かう――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いつか見た記憶 Siranui @Tiimo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ