お客様は神様ゆえ・・・・・・

@vicks_

お客様・・・・・・

私は、この春からとある飲食店でウェイトレスのバイトを始めた。

職場の雰囲気は明るく、どの先輩もすごく優しくて居心地がいい。

仕事で居心地がいいというのもいかがなものか、とは思うものの、実際にそうなのだから仕方ない。


仕方ないといえば、本当に面倒で、仕方なくマニュアル通りにするしかない場合がある。

例えばそれは、今みたいなものだ。


「だから、このソース味が薄いつってんだよ!」

「ちょっと、やめてよ!」


目の前で席に踏ん反り帰り、テーブルに置かれたステーキを顎で指す男。

黒いTシャツに、金のネックレスという、典型的ともいえるチャラい見た目。

その傍らでは、彼女と思しき連れの女性が周囲の反応を気にしながらなだめている。

男は指でトントンと、わざと音が鳴るようにテーブルを叩いている。

その姿に、人として心底あきれた私は心中ではしぶしぶながら決められた通りの謝罪を告げる。


「申し訳ございません、よろしければおとり変えをいたしましょうか? その代わり少々お時間をいただきますが……」


すると男は苛立たし気に、机の脚を

ドン、と派手な音がしてがやがやとしていた店内が、消音ボタンを押されたかのように静かになる。


「そういうことじゃねえんだよ、薄いっつってんだ。出されたモンがまずいんだよ‼」


視線が、集まる。


周囲の視線に、あるいは怒り心頭な客におびえた私は、最終手段に出る。


「も、申し訳ありません! お代は――――」

「どうかしましたか?」


結構ですので。と、続くはずだった私の言葉が、闖入者により遮られた。

驚いて声のしたすぐ横を見ると、先輩の「みつるさん」がいた。私がバイトを始めたての頃、色々と優しく教えてくれた人だ。


「おう、兄ちゃん。これがまずいんだよ、どうしてくれんだ?」


またしても顎で料理を指しながら、みつるさんを睨んだ。


「申し訳ございません。ですが、このソースはかなり濃いめに作られているので、こ

れ以上濃いとなるとしつこくなってしまうかもしれませんが……」

「あ? 違うだろ? 料理がまずいんだよ、こんなのに金が払える勝手言ってんだ‼ 客は神様なんだろ? ちゃんと敬えよ!」


反吐が出るような自分勝手な理論。大体、言いがかりにもほどがある。「味が薄い」と感じるのは人それぞれだし、本当に薄いことも往々にしてあることだ。しかしながら、ここまで茶色く染まったオニオンソースを薄いと感じるのは少々無理がある。


私自身も食べたことがあるが、薄いどころか少し濃いと感じたぐらいだ。

しかしそれは、私が薄味の方が好きだからというのもあるのだが。

逆を言えば、薄味が好きな私が濃いとしか感じなかったのだ。薄い可能性は低いといっていい。


そんな面倒どころか修羅場を前にして、みつるさんは言った。


「神様、ですか」

「ああ、そうだろうよ? な、お前もそう思うだろ? リカ」

「知らないわよ!」


連れの女性はもう半泣きで、この場にいさせるのがかわいそうに思えてきた。

反射的にこんな彼氏は嫌だなとも思った。


「失礼ですがお客様神様、お帰りいただいてもよろしいでしょうか?」

「あ?」

「今回のことは、私どもの不手際が原因。ですので、お客様神様にお出しできる料理を用意することができるようになった暁には起こしいただけると!」

「は? 何言ってんだお前?」


男は顔をしかめてみつるさんのことを見ている。かくいう私も、態度のおかしいみつるさんに不安しか感じない。

そんな私の心情を他所に、みつるさんは次の行動に出た。

あろうことか、その場に跪いたのだ。


「ああ、お客様神様わたくしめにお慈悲を! もう一度機会をお与えくださいませ!」


懇願するように、まるで本物の神に祈るような声で男に頭を下げるみつるさん。

一体何が始まったんだ⁉


「い、いや、なん、お前・・・・・・」


流石の男もこれには引いたようで、頬が引きつっている。


「愚かなわたくしめにお慈悲を! 寵愛を!」

「いや、やめ! ちょ!」


なんのつもりか男の両手を握ってなおも言葉をつづけるみつるさん。


これは、もしかして……


周囲が別の意味でざわつき始め、男が額から汗を垂らしている。


「あなた様の寵愛をいただければ、わたくしめも、いや、従業員一同! これまで以上に精神誠意をもって尽くさせていただきます! どうか!」


取り付かれたように言葉を並べるみつるさん。目が”マジ”で怖い。


「いや……や・・・・・・」


見てはいけないようなモノを見た目でみつるさんを見つめる客二人。


「ね、ねえ…タク・・・・・・」


連れの女性が声を震えさせながら、涙目で男を見た。それを受けてか否か、男が立ち上がった。


「い、いくぞ! リカ!」


バタバタとあわただしく席を立ち、出口に向かっていった二人。連れの女性の方がちゃんと代金を払っていった。


「……みつるさん?」


跪いたままのみつるさんに私は声をかける。


「いや~怖かった。流石にあの見た目はねぇ~」

「いやいや⁉ みつるさんの方が怖かったですって! どうかしたのかと思いましたもん」

「いや~ほらさ、ああいうのは精神的にやっちゃった方が二度目がないかなって」


だからってあの方法でなくてもいいだろう。

けれど


「店長に怒られても知りませんからね……ありがとうございました」


みつるさんの行動に、少しスカッとした私がいた。


「あ、それはちょっと怖いなぁ~」


みつるさんはそう呟いて、私に笑いかけた。


「ま、また何かあったら言ってね?」


お願いします。と、心の中で答えておいた。





この物語は完全しっかりちゃんとフィクションです。実際の人物、団体、企業に一切の関係はありません。

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