黒騎士団のお祭り騒ぎ

「お疲れクウィルー! お見事ぉ……って聖女様ぁ!」


 ザシャの大音声だいおんじょうが耳に痛い。クウィルが思わず顔をしかめると、さらなる騒ぎが集まってきた。


「わぁぁぁ聖女様だ! 小さい! 小さいよ隊長! 大丈夫なの? 隊長が肩とか叩いたら壊れてしまわれるのでは!?」

「聖女様、いかがです? クウィル隊長は剣さえ持ってればそこそこイイ男なんですよ。れ直しましたでしょう? ここに魔術が加わると恐ろしい美男になりますよ!」

「黙れ下がれ落ち着け」


 クウィルの背後にずらりと揃ったのは黒騎士の面々。大騒ぎの中心はクウィルが率いる第二隊の者たちだ。

 ではザシャ率いる第一隊はといえば。


「ギイス団長、そこ譲ってくださいよ」

「聖女様ぁ、黒騎士ならうちのザシャ隊長もイイ男なんですよ」

「隊長がイイってことは、俺らもイイってことで。仲良くしてくれませんかぁ」


 すでに、リネッタの後方から押し寄せた後だった。

 わちゃわちゃとお祭り騒ぎになってしまうと、さすがに白騎士が黒騎士を下に見るのもわかる気がしてくる。お世辞にも品が良いとは言えない。


 普通の令嬢なら体格のいい男に囲まれて萎縮いしゅくするところだろうが、そこは聖女である。余裕綽々しゃくしゃくの様子、というより無の顔で時おり相づちがわりにうなずき、言葉を返す。


 これは放っておいてもかまわないのではないか。クウィルは自分の隊の連中を押しよけながら、その波にまぎれ込んでいく。

 御前試合はクウィルとマリウスの一戦をもってお開きのはずだ。いつまでも衆人環視しゅうじんかんしの中で婚約者と自分のやり取りを公開したくない。


 こそこそと輪を抜け出そうとしたときだった。


「しかし、聖女様。なーんでまたクウィル隊長なんです?」

「そうですよー安泰あんたいなのはどう考えたって白騎士だ。我ら黒騎士、返り血びても金銀きんぎん降らずってやつです」

「だいたい、隊長と聖女様、どこでお知り合いに?」


 思わず足を止め、聞き耳を立てる。それはクウィルがもっとも知りたいことだ。騎士団の皆も同様らしく、急に静まり返ってリネッタの返答を待つ。

 しかし、リネッタは恥じらいを装って答えた。


「ふたりだけの秘密なのです」


 どっと湧く。たちまちクウィルはもみくちゃにされて輪の中心に引き戻された。首にはザシャの腕が回り込み、底意地の悪そうな顔がクウィルのそばに沿う。


「氷壁隊長も聖女相手じゃとうとう掴まるかぁ」


 クウィルは押し黙って耐える。がぢゃがぢゃとやかましい黒騎士たちの声を聞きながら、今日もまた拷問のような一日だなと思う。

 観覧席からこちらをのぞき込もうとしている観衆も気になるし、闘技場の片隅で憎々にくにくにこちらの騒ぎを見ている白騎士連中も気になる。


 なぜこんな状態で、我ら黒騎士は騒いでいるのか。

 聖女様、聖女様と。

 誰も彼もが声をかけ、生真面目なリネッタの声が応えるのを聞いていたら、クウィルの中で突然何かが切れた。


「静かにっ!」


 腹からの一喝いっかつで、黒騎士どころか周囲の観衆までシンッと静まる。


「御前試合が終わったからには、皆、訓練に戻るべきだろう。団長もちゃんと指示をだしてください」

「お、おう。すまんな」

「ついでに団長。私の婚約を祭りにしないでいただきたい。私自身、昨日の今日でまだ慣れないのです。こうもかき混ぜられると……」

「混ぜるとどうなるんだ?」

「私が第二隊に課す訓練が、苛烈かれつきわめます」

「それはいかんな。これ以上苛烈になると除隊希望が出る」


 ギイスは言葉とは裏腹に、愉快という反応だ。だが、火の粉がかかりそうな第二隊はしずまった。こちらはこれで完了とする。


「それからザシャ」

「うん、オレもか?」

「あまり調子に乗ると、おまえの女性遍歴へんれきを紙にしたためて貼りだすことも検討する」

「よし、全員散れ。仕事に戻れ」


 ザシャが部下を追い立てようとする。クウィルはその腕を掴んで待ったをかけた。


「何!? まだあるのか!?」

「最後に、これは皆に。今この場から徹底てっていしてもらいたいことがある」


 一同、ついでに隣のリネッタまでもがうなずく。

 まだ残っていた観衆も、息を潜めるようにクウィルの言葉に耳を澄ます。

 どこか静謐せいひつとも呼べる空気の中、クウィルはもっとも大切なことを口にした。


「彼女はリネッタ・セリエス嬢だ。もう、聖女様ではない」


 リネッタが弾かれたようにクウィルの顔を見上げてくる。

 婚約者の突然の反応にびくりとして、クウィルは思わず両手を上げた。何かおかしなことを言っただろうかと。


 屋敷でも、ここでも。ひたすらに引っかかり続けたのだ。

 彼女にしてみれば、目に見えぬものに押し付けられた運命の名。そのせいで重荷を背負わされ、大きすぎる代償だいしょうまで払った。務めを終えた今、その名はろしたいものだろうにと思っていた。


 リネッタの瞳は、じっとクウィルの顔を捉えたまま。彼女の左手がぴくりと動いたようにも見えたが、無言に耐えきれずにクウィルのほうから目を逸らした。

 顔を逸らした先では、取り囲んでいた騎士らが揃いも揃ってニタニタとゆるみきった顔をしていた。


「何かおかしいか?」

「いやぁ……クウィル隊長もひとの子だったんだなと思って」

「は?」


 ガシッと首に腕を回される。相手は案の定ザシャである。


「そうだよなぁ、もうアイクラント国民のものじゃないよな。おまえの大事な婚約者殿だ。いつまでも聖女様ぁなんて、共有権丸出しで呼ばれちゃ腹もたつさ」

「ザシャ……何か勘違い」

「してないしてない。おまえにそんな独占欲が存在すると知ってオレは嬉しい。今夜は祝杯を上げようと思う」

「違う! ザシャ! 私が言いたいのはそういうことじゃ」


 ぷすりと人差し指を頬に突き刺され、ついでにグリグリとねじられる。


「てーれーるーなーよー」


 限界だ。


「全員。今すぐ観客を誘導してお帰り願え。そして訓練場に帰還。のち」

「のち?」


 クウィルはリネッタの両耳を塞ぎ、思い切り息を吸い込んだ。


「全員、素振り二百っ!!」

「「「「横暴だぁぁぁ!!」」」」


 蜘蛛の子を散らすような一同の退散にため息をつき、最後まで腕を解かないザシャをじとりと睨む。ザシャは笑って両手をあげ、降参こうさんとつぶやいた。


「祝いたい気持ちなんだよ。理解してやってくれ」


 それはクウィルにもよくわかっている。

 だからこそ、いっそう複雑なのだ。

 まだ、この婚約が婚姻にかわるという保証もない。それどころか、クウィルには早々に破談になる道しか見えていないのに。

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