渋谷Bダンジョン編

第54話 今日をもってウバウバイーツを卒業します!


「うわぁ……」

 

 カーテンを開けると、空は一面曇天どんてんだった。

 梅雨入りしているからしょうがないのだけど、清々しい朝には程遠い。

 やがて雨が降るに違いない。


 雨は、生きとし生ける物全てに於いての恵みだ。

 それは重々承知なのだけど、雨が降るとどうしても憂鬱になってしまう。

 

 憂鬱になる理由は、湿度が高いとか自律神経が乱れるとか日照時間が少ないとかあるみたいだけど、それは一般的な理由。


 ダンジョンシーカーはそこに、〝ダンジョンが水浸しになる〟という理由もプラスされる。


 地下ダンジョンの場合は、入口からダンジョンの中に水が流れ込み、地上のダンジョンの場合は、頭上の開けた場所から雨が降ってくる。

 

 どちらも豪雨になったら先に進めなくなることもあるので、雨はダンジョンシーカーの敵とも言えるかもしれない。


 幸いにも今日、私はダンジョンには入らない。

 ただウバウバイーツの配達をしなくちゃなので結局、同じくらいの憂鬱さに襲われる私だった。


 別に配達を受ける受けないは自由なので受けなければいいだけの話なのだけど、最後なのできっちりやっておきたい私だった。


 そう、ウバウバイーツのでの配達は今日で最後。

 今後はダンチューバー一本でやっていくつもりの私だった。



 ◇



 配達の時間までまだ余裕があったこともあり、私はノートパソコンを開く。

 立ち上げたのち自分のチャンネルを確認。


 半ば無意識に登録者数へと目を向ける私。



〝チャンネル登録者数20.6万人〟



「わ、20万人超えてるっ! やったぁっ」


 思わず歓喜の声を上げる私。

 昨日、寝る前に見たときはまだ18万ちょっとだったから、この増え方は驚くほかない。


 でも理由は分かってる。

 昨日のライブ配信のおかげだ。

 

 星波ちゃんとのコラボ配信は想像以上に視聴者の興味を引いたらしく、ライブ配信を編集した動画【お友達の星波ちゃんと台東Cに潜りました。★祝☆ダンジョン初踏破!】はすでに再生数94万。


【白の龍廟の間でエンシェントドラゴンを倒しちゃいました】以来のバズり動画になっていてた。


 私は床に正座して居ずまいを正すと、


「ありがとうござぃますありがとうござぃますっ、みなさん視聴してくれてありがとうござぃますっ」


 と、なんどもお辞儀した。

 次に私は、潜姫ネクストの公式サイトを覗いてみる。

 

 星波ちゃんのことを知ってから何度も見ているサイト。

 というより毎日、必ず一回は見ている。

 

 そして今回。

 私はちょっとドキドキしながらメンバーの項目をクリックする。


 そこには星波ちゃん、鋳薔薇さん、ももちんさんに加えて――湊本四葉と書かれた私の写真もあった。


 ライブ配信ではおなじみの、うぇいうぇい時のダブルピースをしている私。

 こんな写真いつ撮られたっけ? と首をひねったけれど、歓迎会のときに一番合戦いちまかせさんに撮られたのを思い出した。


「……や、やっぱりぃたかぁ、私」


 特別枠とはいえ潜姫ネクストのメンバー。

 だから載っていても不思議ではないのだけど、気恥ずかしさが私の顔を熱くした。


 紹介文も確認してみる。


「えっと、なになに……」



 新メンバー。

 最強のエンシェントドラゴンを倒したキュートな舌足らずっ娘。

 彼女の魅力はなんといってもひたむきさ。その前向きで一途に物事に取り組む様は多くの視聴者の心を動かすに違いない。

 チャームポイントは、サイドポニーテールとちっぱい。



 ちっぱいがチャームポイントっ!?

 いや、ちっちゃいけども!!


 私は落ち着きを取り戻すと、イベントの項目を確認。

 

 直近のイベントでは、大人気FファーストPパーソン・Sシューティング、『バハムートウォールⅡ』のアバター登場記念として、開発元の会社でファンとの握手会&チェキ撮影があるらしい。

 

 へぇ、私も行ってみたい――と、まるで一ファンのように感想を抱いた私だけど、すぐに自分も特別枠とはいえ潜姫ネクストの一員だと気づく。

 

 慌てて、参加メンバーを確認する私。

 参加メンバーは星波ちゃんと鋳薔薇さんとももちんさんだけで、私の名前はなかった。


 安堵の溜息を吐く私。


「そりゃそぅだよね。一番合戦さんから何の連絡もなぃし、そもそもこのイベントは、私が所属する前から進んでぃた企画だし」


 次に〝その他〟を見てみる。

 どうやらアパレルメーカーとのコラボがあるようだ。

 

 そのアパレルメーカーの洋服を潜姫ネクストのメンバーが着用して撮影するらしい。要はモデルだ。当然このお仕事も、私は参加メンバーに含まれていない。


「改めてこぅやって見ると、ダンジョン以外でも色々やってるなぁ」


 個々でのダンジョン配信でファンを増やし実績を積み重ねることによって、ようやくこういった企業案件の話がやってくるのだろう。

 

 そう考えると、潜姫ネクストのメンバーとして大した活動もしていない私は、どうにも気後れしてしまう。

 

 だったら。

 それこそ、ダンジョン配信でファンを増やし実績を積み重ねるしかない。

 それが自信となり、いつかイベントやその他の企画に私も参加するとき、心が怯むこともなくなるはずだ。


 んっ?


 私は右下のお知らせ欄を見て、ぎょっとする。

 そこには【オフィシャルストアにて湊本四葉のグッズ近日発売!!】と書かれていた。


 本当に勝手にやろうとしてるっ!!

  

 別に止めてと言うつもりはないけれど、一言言ってほしかった。


 なんて思っていると、スマホが鳴る。RINEライン通話のようだ。

 

 表示されている名前は、一番合戦社長。

 やけにタイムリーだけど、なんだろうか。

 ただ、こっちとしても丁度良かった。


「はい、湊本です」


「お、四葉、おはよう。今って話せる時間ある?」


「えっと、少しなら。あっ、頂いた電話で悪いんぇすけど先に聞いてもいぃですか?」


「おう、いいぞ。なんだ?」


 よーし、聞いてやる。


「今、丁度、潜ネクのサイト見てるんぇすけど、あの……私の紹介文のところで、チャームポイントがちっぱいになってるんぇすけど、あれ、必要ですかね」



 ものすごい断言っ!


「ど、どうして必要なんぇすか……?」

 

「説明など不要だと思ったけどな。まあいい。まず――鋳薔薇は巨乳だ。圧倒的にな。そして星波もほどよく大きい。次にもももだが、ああ見えてそれなりにふくよかだ。だから四葉、お前が一番ちっぱいなんだ。それを売りにしないでどうする」


 説得力あるようで全くないですっ!


「それ、どぅ考えたって鋳薔薇さんのほうがチャームポイントじゃないぇすか……。もういいです。あともう一つ聞いていぃですか?」


「なんだ?」


「私のグッズ、本当に販売するんぇすか? 近日発売とかなっててびっくりしたんですけど」


「ああ、驚かせてしまったか。まあ、そういうことなんで。それであたしの話なんだが――」


 えーっ!?

〝そういうこと〟で終わりにされちゃったっ!


「おい、話を聞いているのか、四葉?」


「……はい、聞いてます。聞いてますよぉ」


 もういいです。勝手にやってください。

 

 悪いようにはしないだろう。

 もしそうなら、星波ちゃんだって嫌がっているはずだ。

 

 実際、販売されているグッズは極めて健全なものであり、エッチなものは一切なかった。


 私は一番合戦さんを信じることにした。

 売れなくても責任は取れないけれど。


「あー、先に聞いておいたほうがいいな。四葉は3日後の木曜日は空いてるか?」


「木曜日ですか? えっと何も予定はないと思います」


「本当か? ダンジョン潜ったりしないのか」


「ダンジョンなら今度の日曜日に潜る予定です。へへ」


 そう。

 私は日曜日から2泊3日で、栃木県の日光Cダンジョンに潜る予定を立てていた。

 すでに旅館も予約していて、ダンジョン攻略のついでに鬼怒川を散策するつもりでもいた。

 

 つまりダンジョン旅行である。

 めちゃんこ楽しみな私だった。

 

「なにやら楽しそうだな。まあいい。それで物は相談なんだが、木曜日、鋳薔薇とももものライブ配信に出てみないか? もちろん強制ではない。すぐに答えが出せないならあとでもいいぞ」


 断る理由なんてない。

 だって鋳薔薇さんやももちんさんに会いたかったから。

  

 私はこの場で即決した。

 ウバウバイーツも無事、卒業した。



 ◇



 同時刻。

 極東のアクレシア国の国王が日本へ表敬訪問した。

 日本に入国したのは国王を含めた親族、および護衛の者達のみ。

 

 彼らの中に一人、ダンジョンへの強い好奇心を抱く者がいた。

 アクレシア国にはダンジョンが存在しない。ゆえに抑えきれない渇望だった。

 

 

 1週間後には国に帰ることになる。だからその前に必ず――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る