第53話 先に進むために ――鳳条星波の追憶――


 ねえ、星波。私とあなたのコンビならどこまでも行けると思わない?

 例えそこがクラスSSSのダンジョンだとしても、二人ならきっと。

 だって私達、最強の二人だもん。このさきもずっと。

 

 だけど――



 そうだよ、ずっと一緒だよ、愛流あいる

 なのになんで遠ざかっていくの?

 ねえ、待ってよ、愛流。

 行かないで、愛流。


 お願いだから――ッ!!



「愛流ッ!」


 鼓動が激しく胸を打つ。

 星波は涙を拭うと、ベッドの上で心臓の律動が落ち着くのを待った。


 まただ。また……。

 ここ最近、見ていなかったのに。


 その夢はこうだった。

 

 何もない白い空間で、後光が差すように立っている愛流が星波に話しかけるのだ。

 愛流がまだ生きていたときに、星波に話していた内容を切り取った形で。

 そして最後は遠ざかって消えてしまう。

 

 自分のことを忘れるなってこと?

 忘れるわけないじゃない。

 あなたは今だってわたしの親友なんだから。

 

 例えあなたが別の場所に行ってしまったとしても、それはずっと変わらないよ。


 鳳条星波はベッドの棚に置かれた二人の写真をそっとなでると、ベッドから降りた。


 星波はデスクに向かうとパソコンの電源を入れる。

 いくつかのメールをチェックした後、登録しているスタンドバイミィのチャンネルを覗いてみることにした。


 スタンドバイミィは、主にダンジョンについての情報を発信しているライバーだ。

 自称ダンジョンの神秘配信者を名乗るだけあってか、その情報は豊富で興趣を惹かれるものも多々あった。


 スタンドバイミィは、星波のことも度々配信の中で言及していた。

 それもかなり好意的に。

 スタンドバイミィは星波を推していることを公言している。

 だからなのだろう。


 チャンネルにはライブ配信のお知らせがあった。

 開始は21時。あと5分で始まることもあり、星波は待つことにした。

 そして始まるライブ配信。


 タイトルは『白の龍廟の間に実在したエンシェントドラゴン!! 倒したのは一人の少女だった!!』


 龍廟の間。

 星波がウロボロスを激闘の末に倒したのも龍廟の間だった。

 正式名称は〝黒の龍廟の間〟。それに対して、タイトルのほうは〝白の龍廟の間〟となっていた。


 黒があれば白だってあるだろう。

 そこにエンシェントドラゴンなるドラゴンがいたとしても、なんら不思議ではない。ダンジョンは未知で溢れているのだから。


 ただ、〝一人の少女〟というのが気になった。

 星波と同じように、たった一人でドラゴンを倒した少女のことが。


 スタンドバイミィがライブ配信で、その少女とエンシェントドラゴンのバトルについて熱く語っている。

 

 その道の第一線を走り続けていることもあってか、話への引き込み方がさすがにうまい。映像があれば尚良かったのだが、動画を撮っていた少女の許可が取れていないのだろう。


 ダンチューバーである少女の名前は湊本四葉というらしい。

 もちろん本名ではなく、ダンチューバー用の名前だろう。

 

 スタンドバイミィの話を聞けば聞くほど、少女のことが気になってくる。

 だからライブ配信が終わったときには、すぐに湊本四葉のチャンネルに飛んでいた。


 まずホーム画面で最初に見たのは湊本四葉の顔写真だった。

 

 星波はドキッとした。

 一瞬、愛流かと思ってしまったのだ。

 

 でもそれはサイドポニーテールという一点だけで、写真の湊本四葉は愛流とは系統の違う幼い顔をした少女だった。

 

 可愛い子だな、と星波は思った。

 年下か同い年。年上はないだろうとも。

 同時にこんな子が、エンシェントドラゴンなる強敵を倒したのかと驚いた。


 顔写真の下にチャンネル紹介動画がある。

 タイトルは【白の龍廟の間でエンシェントドラゴンを倒しちゃいました】とあった。これに違いない。


 ほかの動画に比べて再生数が桁違いに多い。

 どうやら星波と同じように、スタンドバイミィのライブ配信で湊本四葉を知り、噂の動画を見にきている視聴者がたくさんいるようだ。

 

 星波は動画を再生する。


〝うぇいうぇい〟で始まる挨拶がほほえましい。

 喋り口調が若干つたないけれど、彼女の見た目にはぴったりのような気がした。


 配信道具はスマホ。

 未だ文明の利器であるスマホだけど、ダンジョン配信では原始的道具だ。

 自分も最初はそうだったっけなと、星波はダンチューバーになった頃を懐かしんだ。


 湊本四葉の舌足らずな話し方が、なんだか癖になる予感を覚えつつ、話を聞き続ける星波。やがて画面に現れたのはドラゴンだった。


 間違いない。

 これは本物のドラゴンだ。

 ウロボロスと戦った星波だから、そう断言できた。


 だからこそ星波は、この時点ですでに信じられなかった。

 湊本四葉の装備している武具は3級武具でもない無級――私服である。


 ドラゴン相手に無級装備で勝ったなど聞いたことがない。

 だが、湊本四葉はこのエンシェントドラゴンを倒したらしい。


 一体、どうやって?

 これはスタンドバイミィも言わなかった。

 ただ、すごい倒し方だったと、それだけを口にした。

 

 倒し方をばらさずにいたのは、湊本四葉の動画の再生数アップに寄与するためだろう。

 最高のネタに対する彼なりの感謝の仕方でもあった。


 今までにない興味と好奇心で星波は画面に釘付けになる。

 

 しかし画面に映し出されるのは、ほぼ黒一色の映像。

 ポケットか何かにスマホをしまったらしい。

 

 しかし音声は拾っているようだ。

 

 エンシェントドラゴンの吐く炎や石柱の破片が、彼女に襲い掛かっているのだろう。そんな最強のドラゴン相手に、なすすべもなく逃げ回る湊本四葉を想像するのは容易だった。

 

 勝つのは分かっている。

 なのに星波は固唾かたずを飲んで彼女を応援していた。


 湊本四葉が白の龍廟の間から出たようだ。

 未だ倒せる気配は微塵もない。


 んんんんんんっと何やら唸っている湊本四葉。

 力を込めて何かをしているようだ。


『何をやっている? 扉を閉めたところで我はもうここにいる。無駄なことはやめて潔く死ぬがいい』


 とエンシェントドラゴンの声。


 そこで分かった。

 湊本四葉がどうやってエンシェントドラゴンを倒したかを。

 

 それでも星波は手に汗握り彼女を応援していた。


 んんんんんんんんんっとまた力を込めている声。

 必死に扉を閉めようとしているのだろう。

 

 がんばって。


『私は――死ねない。私は、私は――っ』


 がんばって、がんばって……っ


『星波様のようなダンチューバーになるまで、絶対に死ねないんだからぁぁぁっ!!』


「がんばってっ、湊本さんッ!!」


 果たして星波の想いは湊本四葉に通じた。

 彼女は本当にエンシェントドラゴンを倒したのだ。


 

 ◇


 

 愛流の夢はいつも最後に〝だけど〟で終わっていた。

 でも違う。

 星波はその言葉の続きを知っていた。


 だけど、――。


 そうだ。

 愛流が遠ざかっていたんじゃない。

 私が先に進んでいたんだ。


 それを気づかせるために愛流は夢の中にでてきた。

 間違いなくそうだと断言できた。


 最強のダンジョンシーカーと言われダンチューバーとしても成功しているのに、どこか満たされなかった星波。

 それはあの日、愛流を失った悲しみがあまりにも大きかったから。


 星波は、2人で映った写真に語り掛ける。


「愛流。さっきの湊本さんって子、私みたいになりたんだって。嬉しいよね。今までの私の全てが肯定されたような気がして。だからこそ過去の悲しみを引きづっていちゃダメだよね。そんなわたしだと知ったら幻滅しちゃうから。だから愛流。私、先に進むね」


 それでね、愛流。

 私、サイドポニーテールがあなたにそっくりな湊本さんと友達になりたいんだけど、いいよね?

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