第18話 ライブ配信ってどうやって終了したのでしょうか??


「えええええええっ!?」


 私は突然の勧誘にびっくりする。

 

 この事務所に来てからもう3回も驚かされている。

 というより、エンシェントドラゴンと会った日から驚愕の連続で、私が私じゃないみたいだ。


「え? 私をですか……っ?」


「ああ、ただ安心してくれ。キミの個人としての活動を制限するつもりはない。そこは保証する。キミが自分の努力で切り開いた成功への道を制限してしまうのは、心苦しいからね。言うなれば特別枠ってところかな」


 確かに私は、個人としてこれからのダンチューバーだ。

 そこでいきなり事務所所属というのは少し、抵抗がある。だけど特別枠なら。

 

 それに潜姫ネクストには鳳条星波がいる。

 私がこれからもずっと推していく大好きな彼女が――


「ぶっちゃけ、キミと言う逸材を確保しておきたいっていう魂胆? 言っちゃったけど。少し、考えてみてもらえると嬉しい」


 一番合戦いちまかせさんが椅子から立ち上がると、頭を下げた。

 ゴブリン頭のレプリカが落ちて、転がっていく。

 まだ入っていたんだ。


 さきまでのフランクな態度はどこへやら、敬語で礼儀正しくお願いしてくる一番合戦さん。

 色々、いきなりすぎて呼吸が整わない。


「あ、あの、ごめんなさぃ……す」


「えっ!? だめなのっ!? 個人の活動を制限しない特別枠でもっ!!?」


 ショックなのかびっくりなのか、とにかくすっごい顔で私を見る一番合戦さん。

 反応が早すぎる。

 大至急、誤解を解かなければならない。


「ち、違います違いますっ。そのごめんなさぃじゃなくて、すぐに答えが出せなぃって言う意味で言ったんです。い、いきなりすぎて気持ちが付いていかなぃというか……」


「そういうこと? はぁぁぁぁ、良かったぁ。窓から外にダイブするところだった」


 ええええっ!!?


「で、でも、なんで私をそんなに雇いたぃんですか? それが知りたぃです」


「そうか。あたしはそこを省いていきなりお願いしてたのか。気持ちばかりが逸ってしまっていたようだ」


 一番合戦さんはゴブリン頭のレプリカを拾ってアフロの中に入れる。

 そして椅子に座ると先を続けた。


「鳳条星波を始め、愛染鋳薔薇に鉞もももと、この事務所には3人のダンチューバーが在籍している。彼女達は優秀なダンジョンシーカーであり、売れっ子のダンチューバーでもある。おかげで充分に稼がせてもらっているわけだが、一つ深刻な問題があった」


「深刻な問題……と言ぃますと?」


。彼女達はゴリゴリのアタッカーであり、誰も魔法は使えない。これは今後、事務所を運営していくにあたって致命的な弱点になるとあたしは思っているんだ。だからどうしてもキミに入ってほしい――……」



 ◇



 家に着くと、時刻はすでに夜の9時半を回っていた。

 帰宅時間としてはかなり遅い。

 これから御飯食べてお風呂入ってと考えると、ちょっと億劫にもなる。

 

 一番合戦さんからの、送るという申し出はあった。

 でも私は断っていた。何から何までお世話になるわけにはいかないというのもあったけど、それ以上に一人で考えたかったのだ。


 星波様が私のライブ配信を見ていてくれたこと。

 その星波様がガス欠で倒れた私を助けてくれたこと。

 彼女が所属する潜姫ネクストに入らないかと誘われたこと。


 思い返せば思い返すほど、夢のような出来事だ。

 だけどエンシェントドラゴンを倒したのと同じように、あるいはチャンネル登録者数が激増したのと同様に、これもまた紛れもない現実。


 登録者……視聴者……。


 「あっ」


 そうだ。

 私は所沢Dでのライブ配信を中断してしまったのだ。

 あまりにも怒涛の展開の連続で、すっかり失念していた。


 スマホはいつもの待ち受け画面。

 いつの間にかライブ配信が終わっていたということだろう。

 

 でもおかしい。

 私はライブ配信を終了していない。

 スマホの充電切れで強制終了なら、今だってスマホを普通に見れるはずがない。


 一体、どうやって配信が終わったのだろうか……。


 私は無性に気になり、自分のチャンネルを確認。


「ほわっ!?」


 チャンネル登録者数が15.8万人に増えていてまず驚く。

 所沢Dに行く前が12.3万人だったから、たった8時間弱で35,000人増えていることになる。1人増えるのに2日掛かったことのある私のチャンネルとは思えない。


「ライブ配信の動画は……」


 あった。

 アーカイブ保存されていた。

 

 ライブ配信は終了させれば、自動的にアーカイブ動画として保存される。

 それが、ちゃんと〝ライブ配信の終了〟をクリックしたのか、あるいは別の要因によってなのかは分からないけれど、私は安堵した。


 最終的な視聴者数は223,675人となっていた。

 

 なんかもう感覚がマヒしているけれど、この視聴者数はとてつもなくすごいことである。私のライブ配信のためにそれだけの人が、自分の大切な時間を割いてくれたのだから。

 

 感謝の言葉を伝えたい。

 それと最後まできちんと配信できなかった謝罪も。


 ――もちろん、ライブ配信で。


 それはさておき、やっぱり今日のライブ配信がどう終わったのかが気になる。

 私は動画の終了寸前のところで再生を始める。


 ダンジョンの天井が映る。

 カメラが上を向いているのだろう。

  

 その静止画のような映像が10秒ほど続いたのち、誰かが走り寄ってくる足音が聞こえた。


「湊本さんっ、大丈夫? 湊本さんっ、湊本さんっ」


 私に声を掛ける誰か。

 いやこれは――星波様だ。

 この声を聞き間違えるはずがない。


 一番合戦さんの言った通り、本当に星波様が私を助けにきてくれていたのだ。


「……ダメね。かなり深刻なガス欠で意識は底に沈殿と。こうなったら……」


 物音がする。

 もしかしたら、私を抱えて立ち上がらせているのかもしれない。

 

 すると映像に変化が訪れる。

 天井から壁に映像が変わったと思ったら、突然、星波様の顔が真正面に映った。


「湊本四葉さんのライブ配信をご視聴のみなさん、突然ですいません。わたしは鳳条星波と言います。ガス欠に陥った湊本四葉さんを助けにきたのですが、どうにも起きそうにないので、このままダンジョンから連れ出そうと思います。なので一旦、配信を終了させていただきますのでご了承ください」


 あの憧れの星波様が私の名前を口にしている。

 星の数ほどいるファンの一人にすぎない私の名前を。


 どんなに投げ銭しても星波様がファンの名前を口にするのは聞いたことがない。

 その星波様が私の名前を呼んでくれた。


 もちろん私のライブ配信に出ているからなのだけど、大好きなアイドルに認知されたようで嬉しかった。


「みなさんと同じように、わたしも湊本四葉さんを愛するファンの一人です。だから安心してください。彼女の身はわたしが責任をもって必ず安全な場所にお連れします。それでは配信を終了させていただきます。失礼します」


 星波様が一礼して配信が終了となる。


 ところで私の鼓動がうるさくてしょうがない。


 ――。


 その言葉は私から安眠を奪い去ったのだった。

 つまり言葉の意味を考えすぎていた私だった。

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