所沢Dダンジョン編

第10話 登録者数〇〇〇〇〇〇人。……え?


 6パーセント。


 それが、ダンチューバーだけで食べていける勝ち組だ。

 残りの94パーセントは、ダンジョン配信のほかに副業(あるいはこちらが本業)をしなくては生活が成り立たない勝ち組以外である。


 敢えて負け組と言わないのは、勝った負けたは人それぞれだからだ。

 

 例えば、本業の合間に趣味でダンジョン配信している人は、負けているとは言わない。登録者数や同接や再生回数度外視で、ダンジョン配信すること自体に充実感を覚えている人も負けてはいないだろう。


 なら負け組とは誰のことを指すのだろうか。


 ダンチューバーだけで食べていきたいのに、嫌々副業をしている人?

 それって私? 

 

 ううん、ダンチューバーだけで食べていこうなんて思ってない。

 6パーセントの仲間になれるなんて、想像したこともない。

 だから負け組じゃない。

 

 でも憧れの鳳条星波のようになりたいって思っている私もいて、だからこそこの現実には何度も溜息がでるのだった。


「はぁ。……私のせいじゃなぃじゃん。鮭弁当に鮭が入ってなかったの。なのぃ私が文句言われるとか意味分かんない。配達するだけの個人事業主なんぇすけど」


 コンビニのベンチでオレンジジュースを飲みながら、私は届け先のおっさんに毒づく。

 

 時刻は12時20分。

 今日の配達はこれで3件目。

 朝9時から始めたから1時間で1件。


 これはやばい。

 1時間に2件配達してまあまあだというのに、これは少なすぎる。


 それもこれも8時に起きる予定が9時になってしまい、とるものもとりあえず家を出てきてしまったからだろう。つまり朝ご飯を食べていない私はどうにも力がでない。


 昨日の疲れも残っているのかもしれない。

 

 エンシェントドラゴンとの一連の出来事は、肉体的にも精神的にも私を大いに疲弊させた。だというのに、そのあと動画の作成までしたのだから、私ってけっこう頑張り屋さんなのかもしれない。


 そういえば、動画の再生数とかどうなってんだろう。


 確認している余裕もなかった私。

 休んでいる場合じゃないけれど、ちょっと見てみようか。

 どうせ誰か見たとしても、1桁止まりなのに500円賭けてもいい。


 なのにその事実にショックを受けて、配達する気すら失せる可能性もあるわけで――。


 やっぱり、見るのやめようかな。

 でも気になるし。

 えーい、どうにでもなれっ。


 私は自分のチャンネルを開く。



 〝チャンネル登録者数12.3万人〟



「ん?」


 私は目を何度も擦ったあと、もう一度見る。



 〝チャンネル登録者数12.3万人〟



「え、え、え、え、え……ええええええええええっ!!!?」


 間違いない。

 123人ではなく、12万3000人である。

 

 一体、何が起きたのだろうか。

 私は心臓をバクバクさせながら、その理由を探す。

 

 すぐに見つかった。

 チャンネル紹介動画に乗せていた

 【白の龍廟の間でエンシェントドラゴンを倒しちゃいました】

 の動画の再生数が82万近くになっていたのだ。


 うっそ! !!


 震える指で動画をクリックすると、コメントが2000を超えている。


「は、はへえええええぇぇぇぇぇぇぇぇ……」


 未だ何が起きているのか理解できなくて、内容が入ってこない。

 奇声の語尾も伸びに伸びた。

 

 ただ、間違いなく私が昨日体験したエンシェントドラゴンとの件についてであった。


 ぼうっとしている頭が徐々に働き始める。

 うるさかった鼓動も落ち着いてきた。


「ふぅぅぅぅ」


 私はオレンジジュースを喉に流し込むと、バズった原因を探る。

 多分、コメントの中にあると思って。

 すると予想通りすぐに見つかった。



 たつのり 32分前

 スタンドバイミィのライブ配信から遅ればせながら。

 天空に存在する龍廟の間にエンシェントドラゴンおったあああああっ。


 マリちゃん 1時間前

 スタンドバイミィさんの言った通り、これはダンジョン好きなら絶対見なきゃいけない動画です。


 海面ラジオ 3時間前

 もうそろそろ誰かドラゴン倒す頃かなって思ってたら、底辺ダンチューバー(よっちゃんが自称しているからいいよね)が扉バーンでやってくれた! その瞬間がないのが残念だけどとんでもない動画です。取り上げてくれたスタンドバイミィに感謝!


 メロンパンな君 5時間前

 これ、マジか? マジなんだろうな。スタンドバイミィ氏、グッジョブ! 


 

 ――スタンドバイミィ。

 知っている。ライブ配信を主とする有名なライバーだ。

 

 自らをダンジョンの神秘配信者と名乗って、ダンジョンに関するあらゆる情報を発信していくその道の先駆者。そのスタンドバイミィが、どうやら私の動画を取り上げてくれたらしい。


 結果、ライブ配信を視聴した人が私のチャンネルに流れてきて動画を視聴、そして登録者になっているようだ。


 ああ、うそ、信じられない。


 とんでもないことになった。

 一夜にして登録者数が17人から12万3000人。

 動画は今までの散歩メインのものまで軒並み1万再生を超えていて、まるで夢のようだ。


 私は頬をつねってみる。

 

「いたいっ」


 現実だった。


 YaaTubeヤーチューブのチャンネル登録者数がこれだけ増えているということは、同時にSNS――Zwitterズイッターのほうもフォロワーが増えているかもしれない。


 私はズイッターのプロフィールを開く。

 案の定だった。

 こちらもフォロワー32人と寂しかった数字が、6万人弱に増えていた。


 プロフィールに固定しているYaatubeチャンネルのお知らせツイートも、〝いいね〟が3.5万。リツイートも7000を超えていた。


 くらっとして倒れそうになる。

 近くを通ったおばさんが心配そうに近寄ってくるけど、私は大丈夫ですと答えた。

  

 そう、大丈夫。

 突然、自分の置かれた状況が劇的に変化して、精神が付いていっていないだけ。

 じきに慣れるはず、慣れるはず……。


 ふと、私は右側のトレンドに目をやる。


 

 ダンジョン・トレンド

 湊本四葉

 トレンドトピック:舌足らずっ娘・エンシェントドラゴン


 

 私はもう一回くらっとしてベンチに倒れこんだ。

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