第8話 ダンジョンの神秘配信者・スタンドバイミィ(32)
ライバーであるスタンドバイミィにとって、ダンジョンは飯のタネである。
それを最も理解し利益を得ているのはダンチューバーだろう。
そんなダンチューバーにとって、ダンジョンが承認欲求を満たし自己肯定感を高めるための最高の場所なのは間違いない。
スタンドバイミィだって、外に出るのが億劫じゃなかったらダンチューバーになっていたはずだ。
外出が嫌いで、対面で人と接するのも苦手。
ダンジョンシーカーとしての登録までの旅路が高難度すぎて、玄関で靴を履いた時点でギブアップした自分。
だが、それでもスタンドバイミィは、どうしてもダンジョンに関わる仕事をしたかった。
そこで彼が思いついたのが、ダンジョンシーカーから情報を買い、それをライブ配信するというやり方だった。
ライバーは人と直接、接することを必要とせず、家から出る必要もない。
幸いにもしゃべるのは得意。
リアルな付き合いじゃなければコミュニケーションだってなんのその。
これ以上、自分に相応しい仕事があろうか。
情報を買うのは基本、ダンチューバーでないダンジョンシーカーからである。
というのもダンチューバーは、配信という行為で自分の見た物、触った物、感じたことを全て視聴者に伝えてしまうからだ。
そんな情報を後から出しても価値はない。
あるのは巷に広まっていないダンジョンのホットな情報である。
果たしてこのスタンドバイミィの思惑はうまくいった。
未だ神秘に包まれているダンジョンに取りつかれた多くの人間に、スタンドバイミィのライブ配信は受け入れられたのだ。
ライバーになって今年で4年。
LIVE配信アプリ〝
そんなスタンドバイミィは、今日は
ド底辺ゆえに配信してもほとんど視聴されない。
つまり、世に知れ渡っていないとんでもない情報が埋もれている可能性があるのだ。
とはいえそのほとんどが既知のものだったり、クリック率を上げる目的で釣りタイトルを付けているものばかりだった。
(だからお前らはド底辺なんだよ。クソ共が)
毒づくスタンドバイミィは、これは特に収穫はないかとお宝さがしを止める。
――が最後にと、検索に〝
龍廟の間。
世界に20、存在するドラゴンの住処。
すでに6つが攻略されており、その一つである黒の龍廟の間でウロボロスを倒したのが、スタンドバイミィの推しである鳳条星波だった。
あのときライブ配信されたバトルが凄すぎて、ちびったのはここだけの話だ。
あれ以来、龍廟の間そのものにも興味が出たスタンドバイミィだったのだが――。
【白の龍廟の間でエンシェントドラゴンを倒しちゃいました】
というタイトルを発見した。
0回視聴・20XX/6/16 21:34に公開
となっている。今から20分前だ。
サムネイル画像はドラゴンの顔。
エンシェントドラゴンのつもりだろうか。
どうせ、どこからか拾ってきた画像を張り付けているだけだろう。
20分前とはいえ、視聴はゼロ回。
ド底辺、ここにありだ。
(悪質なクリックベイトしやがって。何がエンシェントドラゴンだよ。名前自体は聞いたことはあるが、龍廟の間に存在するなんて噂レベルでも初耳だし、しかも倒したとかどんなクソ野郎だよ)
スタンドバイミィは動画投稿者を確認する。
名前は、湊本四葉。
顔写真を見れば、サイドポニーテールで瞳のくりっとした童顔少女。
歳の頃は15、6だろうか。クラスで1番ではなく、2番目にかなり近い位置にいる3番目に可愛い子って感じだ。
(ほう、中々、可愛いじゃないか。星波様には劣るがなっ)
動画に自分を出すなら見た目も大事である。
その点で言えば充分に合格だが、問題はその動画の真偽だ。
ど底辺ダンチューバー。
存在が初耳のエンシェントドラゴン。
クラスDダンジョンの散歩動画だけ。
(ダメだ。絶対、釣りだろこれ。クソが。俺はこんな見え見えのクリックベイトには引っかからんぞ。俺はダンジョンの神秘配信者スタンドバイミィだぞ。最初の視聴者になんか絶対になってやらん。このクソメス、ガ…………)
可愛いな、クソォォォッ!
「ちっ、一回だけだぞっ、一回だけ見てやるっ!」
動画を再生するスタンドバイミィ。
『み、みなさん、こんにちは。ではなく、こんばんは。ダンチューバー四葉でーす。うぇいうぇいっ。えっと、き、今日はですね、午後にすでにライブ配信をしたんですけど、これはどぅしても配信しなきゃとぃう状況に置かれてまして、もう一回、配信しちゃぃまーす』
舌足らずと活舌の悪さで聞き取りにくい。
だがしかし、可愛いので許す。
うぇいうぇいっ、のダブルピースもばつぐんに良かった。
しかし暗い。
ダンジョンの中でスマホのライトだけを付けているような感じだ。
『じ、実はですね。クラスDダンジョンの帰りに怪しぃ草むらを見つけたんです。なんかトンネルみたぃになってて、なんだろうなぁって入って進んだら、変な石碑みたぃなのが、あったんですね。そ、それでダンジョンではおなじみの象形文字が書かれていたんぇすけど、それを翻訳して声にして出したんです。そしたら、急に体が上昇して空に浮かぶ変な神殿に到着したんです』
今、湊本四葉は石碑と言った。
しかも象形文字が書かれていたと。
それは正しく龍廟の間に入る前に置いてある石碑のことだろうが、最後が解せない。
(体が上昇して空に浮かぶ変な神殿だと? 龍廟の間は全てダンジョンの奥地にあるはずだろう)
肝心の石碑も映していないことから、やはり釣りの可能性が濃厚かもしれない。
『その神殿は今は扉のあっちにあって……その扉を抜けて今、このとても大きな部屋にぃるんですけど……そこにはなんと――こんな大きなドラゴンの石像が――』
ドラゴンがこっちを見ている。
深海のような深い蒼い瞳でもって、カメラ越しのスタンドバイミィを凝視している。
その本物としか思えない造形にスタンドバイミィは驚き、腰を上げた。
(本物、いやCGによる合成か……? 仮に合成だとしても、ど底辺ダンチューバーにここまで違和感のない映像を作ることが可能なのか……?)
『扉が開いたかと思えば、ようやく人間がやってきたか』
白銀色のドラゴンが喋る。
脳を震わすかのような、重く響く声。
この声質は正しくドラゴンの物だ。
ウロボロスやニーズヘッグの声を聞いているからこそ、それは確信できた。
『26年か。我が命の長さくらべれば取るに足らない刹那の時だが、人間ごときに睡眠を邪魔されたというのがどうにも不愉快だ。しかし、いずれ強者が来ることは分かっていたのでそれは良しとしよう。もう知っているだろうが、我が名はエンシェントドラゴン。ドラゴン族の始祖であり、父であり、王であり、最強である。貴様は何ものだ? 人間の女。答えよ』
ドラゴンが自らをエンシェントドラゴンと名乗る。
その口調は正しく始祖であり、父であり、王であり、最強のドラゴンそのものであり、スタンドバイミィは全身に鳥肌が立った。
それがすべてだった。
『に、人間の女って……わ、私、ですか?』
その後も湊本四葉とエンシェントドラゴンの会話は続き――
ついには、バトルが始まった。
配信どころではないのだろう。
ほぼ音声だけの、時間が5分ほど続く。
会話を聞く限り、その間、湊本四葉はひたすらエンシェントドラゴンから逃げ回っていたようだ。
不自然な音声の途切れがあるが、会話と会話の間を編集でカットしているのだろう。
一体、どうなるのだと、いつの間にか画面に見入っているスタンドバイミィ。
するとまた映像ありの配信が始まった。
エンシェントドラゴンが倒されていた。
◇
最後まで視聴したスタンドバイミィ。
「……はは、ははは、くはははははははっ!」
笑いが止まらない。
驚愕、興奮、歓喜、その他形容できない感情が綯い交ぜとなり、スタンドバイミィは笑い続けた。
本物だ。間違いなく。
今日のライブ配信は伝説の始まりとなる。
スタンドバイミィはそんな予感、いや確信を抱いた。おしっこもちびっていた。
◇◆◇
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
最強?の武具を手に入れたど底辺ダンチューバー湊本四葉を可愛い、あるいは応援したいと思ってくれた方、もしよろしければ★での評価をしていただけると作者のモチベーションがグンッと上がります。それでは引き続きお楽しみください♪
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