第25話 あやしい獣(未確認名)

 ガソリンの給油を終え、簡単な食事とトイレも済ませたウィンゲート達は進路を一路東に取る。ミスカトニック河沿いに沼を抜け。森を抜け。今日の夕刻にはアーカム市内にたどり着くだろう。

 途中何もなければ。の、話だが。


「さあ諸君!装備の再点検をするんだ!弾薬はキチンと入っているか?発射の際はちゃんと安全装置を外すんだぞ?卑弥呼君救急箱の薬を確認しておいてくれ! 」


「そうだなダイアー!武器や防具はちゃんと装備しないと意味がないからな!」


「ねえ。なんで二人ともそんなに武装点検に余念がないの?ねえどうして?」


「ウィンゲートさん運転ダイアー教授に変わって貰ったのに不満なのですか?」


「当然のように危険な場所に向おうとしている人たちに対して不満を持っています」


「何だと?危険なことなどあるものか!この私がいるのだぞ?例えドラゴンといえどこの斧で首を跳ねてくれようぞ!!ハッーハッッハッ!!」


「おいおいリーファ君流石にそれはないだろうさ。人口五万都市の隣の森の空の上に火を噴くレッドドラゴンがいたら町中大騒ぎだよ?それに我々はジークフリートでもゲオルギウルスでもセト神でもないのだ。流石にドラゴンは厳しいかな。はっはっ」


「なんだドラゴンも倒せないのか?対したことない魔術師だな?我が主君マイルズ様ならばドラゴンの百や二百簡単に倒せるぞ?もしもしマイルズ様ですか?所詮人間の魔術師でした。ドラゴン一匹倒せない対したことないヤツです!」


「いやだからなんでそんなに危ない橋渡りたがるの君達!!」


 不意に自動車が急停車した。


「な、なんだ?」


「みたまえ。ドライブインの店主から聞いた沼だ」


 確かに。森の前に沼が広がっている。迂回すれば問題なく森まで行けそうだ。そしておそらくその森の中に噂の怪物とやらがいるのだろう。

 流石にドラゴンではないだろうが、何らかの肉食系の猛獣である可能性が高い。


「これはタバコだ」


「知ってます。この中で喫煙者は教授だけです」


「もしもしマイルズ様ですか?この世界にはタバコが御座います。えっ?自分はタバコを吸わない?そうですね。そんな意味のないことを報告して申し訳ありません」


「あの沼には皮膚に吸い付いて血液を吸引するヒルが生息している。タバコの葉を擦り付けておけばヒルに喰われる事はないだろう」


「いやなんで沼に取り込もうとするんだよ!車ごと迂回できるやんけ!」


「もしもしマイルズ様!タバコを肌に擦り付けるとヒルに喰われなくなるそうです!えっ!知ってる?タバコを吸わないのに知っているとは!流石はマイルズ様ですっ!!」


 卑弥呼はタバコの葉を肌に擦り付けていた。


「何やってんですが卑弥呼さん?」


「懐かしいですねえ。二千年前はこうやってよく体中に模様を描いたものです」


「中身原始人ダッタナソウイヤアーー!!」


 流石に自動車が壊れてしまうので沼を避けて森に侵入を開始する。


「妙だな」


「百ドル紙幣でも落ちてましたか教授?」


「そうではない。今は春先だろう。ウィンゲート君?」


「ええ。夏でも秋でも冬でもありません。春です。それが何か?」


「では、『鳥のさえずり』が聴こえないのはなぜだ?冬でもないのに」


「えっ?」


「いや。何かいる。車を止めろ。むしろ反転させていつでも逃げる用意をしておけ。この気配、かなりの強者と視たぞ」


 森に入ってそうそう噂の化物とご対面のようである。喜ぶべきであろうか。

 自動車を反転させる。ダイアー教授。リーファ。そしてウィンゲートが渋々降車する。続いて降りてくる卑弥呼に対して。


「卑弥呼君。君は運転席へ。何時でも退却出来るようにしておいてくれ。最悪君だけも逃げてしまっても構わん。アーカムに怪物の正体を可能な限り伝えて討伐隊を編成するように要請するんだ」


「分かりました」


 卑弥呼は運転席に移動する。


「さて、如何なる怪物が出てくることやら?」


「ど、どうせまた兎の怪物でしょう?」


「いや。この樹の幹についた爪痕を見ろウィンゲート。どうみても熊サイズの肉食動物若しくは」


「未知の怪物。ということだよ諸君」


「ああ!ヤッパリ!!」


 ダイアー教授の推論に悲鳴をあげるウィンゲート。


「やはり来たか。と言うべきか。人間ども。たった一匹切り刻み棄てただけでは警告にはならなかったようだな」


 森の樹木の中から。何者かの声が聞こえてきた。


「しゃ、喋った!!」


「落ち着けウィンゲート君。昨日のベンジャミンだって人間の言葉を喋っていただろう?」


「俺をベンジャミンの様なお前達人間に怯えて暮らすような者だと侮るな」


 樹木の枝が一本揺れ、木葉が舞い落ちる。更に別の木も揺れて葉が落ちていく。次々と樹木が揺れすさぶ。


「きょ、教授!これはっ!!」


「木の上にいるな。枝から枝へと跳び移りながら移動しているのだ」


「そ、そんなっ!こんなモンスター私は戦った事がないぞっ!どうすればいいんだっ!!」


 リーファは怯え始める。


「ガァーン!ガァーン!ガァーン!」


 ああ!ああ!なんとおぞましき雄叫びであろうか!

 熊であればグルル。ライオンであればガオー。そして狼であればアオーンと叫ぶはず。こんな叫びをするのは到底この世界の生物とは思えない。

 おもむろにリーファは木の棒を地面にある蟻の巣に突っ込んだ。引き抜くと木の棒に蟻がいっぱいついている。

 リーファはその蟻を、舐めた!


「ウメエー!蟻ウメエーー!!」


「何やってるんだアンタはーー!!」


「ウィンゲート君。ショック療法をするしかない。リーファ君にキスをするんだ」


「わ、わかりました」


 ウィンゲートはリーファにキスをした。

 すくり。と、立ち上がる。

 四歩歩くと、リーファは近くの水溜まりの泥水でうがいをした。


「ふう。何だか悪い夢を視ていたようだがもう大丈夫だ。ところでダイアー。私が意識を失なっている間に何かあったか?」


「何。気にすることはないぞリーファ君。世の中にはファースキスがゲロ以下の味だった者はいくらでもいるんだ。それに引き換え君は泥水に顔を突っ込んだせいだからな。問題は何もない」


「僕はゲロ以上泥水以下ですか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る