第20話 アメリカではよくある立派な屋敷

 余程森に深く迷い混んでしまったらしい。

 そのうえ。


「もしもしマイルズ様ですか?木の切り株の年輪の大きい方が南側!有難うございますマイルズ様!!おいお前ら!こっちが南だぞ!」


「待ちたまえリーファ君!年輪というのは成長率が早い、つまり日光に当たり安いという事なのだっ!斜面などによっては東側や西側が成長しやすい場合も」


「黙れダイアー!貴様マイルズ様に逆らうつもりかっ!ここで木の養分にしてやってもいいんだぞっ?!」


 ブンブン手斧を振り回すリーファ。


「わかったわかった。マイルズ様のご指示に従おう。だからその斧を仕舞いたまえ」


 そして彼等は夕方日の沈む頃になり、レンガ造りのバンガロー風の屋敷にたどり着いた。


「なんと素晴らしい!キャンプに行くつもりがこんなアメリカ的な屋敷にたどり着いてしまうとはっ!!」


「はーはっはっ!ようやくマイルズ様の偉大さが理解できたようだなっ!」


「いやどこら辺がアメリカ的な屋敷なんですか教授」


 両隣は背の高い樹林に囲まれているにも関わらず屋敷の外観は酷く綺麗で、驚くほど不自然であった。とても人里離れた場所に立っているとは思えない。


「きっとこの屋敷の持ち主は吸血鬼か或いは今度こそ間違いなく住人全部がゾンビの館なのだっ!さあ今晩の宿はここに決まりだっ!!」


「もしもしマイルズ様!」


「ねえ?どうしてこんな怪しい屋敷に入っちゃうの?車中泊にしようよ?せめて玄関から様子を見るだけにするとかさ」


「仕方ありません。私たちも入りましょうウィンゲートさん」


 屋敷は入ってすぐ一般家庭のような狭い廊下だった。


「ああ!教授ががっかりしている!」


「どうして!広いホールに真っ赤なカーペットがひかれた二階へ繋がる大階段がないんだ!!こんなのアメリカンな屋敷じゃ、あないっ!!」


「そういうのはホワイトハウスにしかありませんよ!」


 教授は左手の扉を開けた。


「みたまえ!ウィンゲート君!ドアにカギすらついてない!これでは屋敷の隅々まで歩き回って入り口付近にもあった扉の鍵を探す事がデキナイッ!」


「んなめんどくさいことしたかったんですかアンタはっ!!」


 入ってすぐ左手の扉は単なる物置小屋だっようだ。割れた観賞魚用の水槽。錆びた自転車。ボロボロの本などが置かれている。言語学に詳しいエリザベス教授、の肉体を借りている卑弥呼が本をパラパラめくる。英語の文字が読み取れる。


「ただの日記ですね。読む必要はありません」


 その奥にも左手にも扉がある。


「太い木の棒と黒い石ころが沢山あるな。こんなものは何の役にもたたん」


「薪と石炭じゃないか。リーファ。まさか石炭を見たことがないのか?」


「いや私は戦闘スキルだけでアイテム系は」


「リーファ君は留学生だ。育ちがいいからそういうのは全部使用人にやらせていたんだよ」


「あー。そうなんですか。分かりました教授」


 燃料庫の反対側にも扉がある。右手のドアを開ける。

 居間のようだ。そして最初に突入するのは意味のない前転してから拳銃を構えるダイアー教授。


「クリアー!」


「愉しそうですね。教授」


「寿命があと二十二年しかないと知ってから残り少ない人生を精一杯生きる事にしたようですね教授」


 そして最後に室内に入るのはやはり前転をして手斧を構えるリーファ。


「真似しなくていいから」


「何だと?私はダイアーの奇抜な動きに感心しているぞ!罠や敵の奇襲を警戒してあえて低い体制で侵入するとはっ!伊達には教鞭を取る立場にないな!」


「変に誉めないで下さい。講義の度に学生達に強要するようになります」


「ぬうっ!」


 ダイアー教授は険しい顔になった。室内の窓は全て分厚い木の板が釘で打ちつけられてある。


「何と言うことだっ!」


「確かにこれではいざというときにガラスを破って外に脱出できませんね」


「そうではないっ!窓ガラスを壊して外部からゾンビや野犬が侵入できないではないかっ!!」


 釘と木材により幾重にも頑丈打ち付けられた窓を激昂しながら叩くダイアー教授。


「わざわざピンチを望んでどうする」


「確かにダイアー教授の指摘は正しいな。これでは力自慢のオークと言えども壊すのは難儀するだろう。ゴブリン達は正面玄関口から突入を強制される。何と言うことだろうか。事前にバリケードを築いておくなど理不尽極まりない」


「お前もかい」


 その他にはクッションのよく利いたソファー。室内の床動揺まったく埃を被っていない。誰かが掃除をしているらしい。

 ラジオがある。真空管使用の最新モデルだ。

 そしてマリア像。


「素晴らしい!このマリア像に祝福をっ!」


「なんでそんな嬉しそうなんですか教授?」


「みたまえ!このマリア像を!」


 優しい笑みのマリア像だ。ただしイエスはない。

 台座に何か書かれている。


『救いの子を抱く聖母』


 何かが足りない気がする。


「まさか」


「この屋敷の何処かにイエスの像があるのだっ!それを両手に抱かせれば何かが起こるに違いないっ!!」


「そんな面倒な事をする必要はない。こうやって像の腕を上から押してやれば」


 リーファは。空っぽのマリア像の両腕を上から押してみた。像はゆっくりと下に沈んでいく。


「ほらみたことか。こうすれば簡単に。なんだ?腕がヒリヒリする?」


 リーファはマリア像を押し込んでいた自分の左見た。

 ああ!ああ!何と言うことだろう!

 ボコボコボコリと!リーファの左手がその指先から膨れ上がり!折れ曲がっていく!まるで左腕だけいきなり肥満体になったかのように!

 MサイズのドレスにXLの腕を強引に押し込んだ結果ドレスの左腕が内側から引き裂け、千切れ飛ぶ!

 それだけではない!左腕の肩から巨大な瞳が現れ、その瞳は徐々に指先まで拡がっていくではないかっ!

 この異常な光景を目の当たりにしたウィンゲートは。


「うあああーー!なんだこれーー!!」


「し、静まれ!私の左腕!!」


「ぬう!その台詞格好いいな!私も言ってみたい!よし私も!」


「像を触ろうとしないでください教授!!」


 卑弥呼・エリザベス教授は注射器を取り出すと。


「えい」


 リーファの肩口の目玉に注射を刺した。途端に膨れあがった腕は縮み、目玉も萎んでいく。流石に破れたドレスの粗でまでは治らなかったが。


「す、スゴい・・・」


「それ、何の薬かね?」


「充血の薬です」


「そんなんであの得体の知れないのが治るのかよ!!」


「何を言っているのだウィンゲート君。結局のところ目に異物の入った時の対象方法はひたすら薄めるしかないからな。これでよいのだよ」


「いや眼病治療とかそう言うレベルじゃありませんでしたよね今の?!」


「助かった。お前の事はマイルズ様にもお伝えしておこう」


「いえいえ。人として当然の事をしたまでですよ」


 卑弥呼は笑顔でそう言った。

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