第11話 馬鹿には見えない服
ダイアー教授はタバコを取り出して。
「教授。ここ図書館ですよ」
ウィンゲートに速やかに注意される。
「ああ。すまんね」
タバコをポケットしまった。
「サーカスの内容は覚えているかね?」
「はい。太った裸の王様がクラウンの女性がけしかけるライオンに追いかけられて火の輪をくぐり抜けたり象に追いかけられて玉乗りを始めたりして一緒にいた大学の皆も大爆笑でしたよ」
「妙だな。とは思わなかったのかね?」
「え?サーカスってのはそういうもんじゃないんですか?」
「肥満体の男性が機敏に動き過ぎる。そうはおもんかね?ライオンの時速は八十キロ。最もサーカスのテントはアフリカのサバンナと違って狭いし普段檻の中にいるから運動不足だろう。しかし二メートル近い高さの火の輪を次々とくぐり抜け、玉に三つ四つと連続で跳び移る事が出来るのかね。単なるスモウレスラーが?」
「でも実際に僕達の前でやっていたじゃないですか」
「彼の正体は細身の筋肉質の男性。年齢は君の目には四十代に見えたかもしれないが実際には二十代。もしかすると十代だったかもしれない」
「そんなバカな!そんな事が?あり得るハズがないっ!」
「簡単な話だ。裸の王様は『馬鹿には見えない服』を着ていたのだからな」
「当たり前だ!裸の王様はなんだから馬鹿には見えない服を着ていたに決まっているだろう!」
「いや。厳密にはそれ以外も着ている。具体的には靴と王錫と王冠と馬鹿には見えない服」
そしてダイアー教授は本棚から適当な本を十冊ほど取り出す。そして服の中にやや強引に詰め込んでいく。
「馬鹿には見えない服の構造はこうだ。やや丈夫な布を用意する。演者は激しい動きをするので普通の布の服より遥かに丈夫な物を準備をする。その内部に詰め物する。こっちは綿か何かでそしてそれを着込むと」
「ああ!体型が変わった!!で、でも何処にも繋ぎ目なんてなかったぞ?!」
「あったさ。ちゃんとこれがね」
ダイアー教授はウィンゲートの股関を指指した。
「そう。君のジーパン。そのジッパーだ。因みにジーパンもジッパーも造ったのはアメリカ人だ」
「何言っているんですか教授!あの体のどこにジッパーなんてあるんですか!」
「あったさ。背中にな。背中には王様だけにマントがある。故にジッパーは巧妙に隠されていたのだ」
「確かにそれならジッパーは隠せるかもしれませんがそれだとジッパーが開閉できませんよ?」
「出来るさ。ジッパーの開け締めは楽屋にいる時にクラウンの女性にやって貰えばいい」
「なるほど、それなら確かに体型を偽る事が可能になる」
「体型だけでなく年齢も偽っていたはずだ。付け髭と王冠付きのカツラで顔を誤魔化せば年齢も詐称可能となる。おそらくは二十代。ひょっとしたら十代かもしれない」
「髭とカツラだけで誤魔化せるんですか?」
「サーカスのテント内は照明があって明るかった。しかし観客からはそれなりに離れていたし、君のような男性客はクラウンの女性を中心に舞台を観ていたはずだ。そして子供や女性客は」
ダイアー教授は先程本棚から取り出した本から一冊。ページを開いてリーファに見せた。動物図鑑の象のページである。
「なんだこの恐ろしい怪物はっ!見たことがないッ!!」
「正常な反応ですね」
「アーカムにはないがそのうち動物園に連れて行ってあげなさい」
「分かりました」
「ここまで説明すれば理解出来ただろう?サーカスの裸の王様は『馬鹿には見えない服』を着ていたのだよ!」
「馬鹿は王様じゃなくて僕のほうだったあ~~~!!」
「もしもしマイルズ様ですか!?この世界には馬鹿には見えない服と呼ばれる希少な魔術の品があるようです!必ずや手に入れてあなた様に献上・・・えっ?いらない?あ、れ?マイルズ様?もしもしーーーー??!」
「さて何故卑弥呼。エリザベス教授がサーカスのクラウンの衣装になったか。という説明をしよう。裸の王さまは馬鹿には見えない服を手に入れ、増長した王はシヴァの女王に求婚しに行く」
「しかし女王の怒りを買ってライオンに追われて火の輪くぐり。象に追いかけられて玉乗り」
「サメの被り物をした団員達と空中ブランコは海の中を泳いで逃げる演出だな」
「ヨーロッパに逃げ帰るつもりが猿の群れが引っ張ってくる風船の自由の女神の前で王様がしゃがんでシヴァの女王が観客席にぐるりと挨拶してエンディングでしたね」
「そう。我々は。私も君もエリザベス教授も含めて『卑弥呼もシヴァの女王もみたことがない』。これテストに出ないけど凄く重要ね。ウィンゲート君。卑弥呼。いやエリザベス教授の眼鏡を外してみてくれたまえ」
「こうですか?」
ウィンゲートはエリザベス教授。に憑依中の卑弥呼の眼鏡を取った。
「メガネ、めがね、眼鏡・・・」
卑弥呼はエリザベス教授が普段そうするようにテーブルの上で自分の眼鏡を探し始めた。
「ウィンゲート君。眼鏡を戻して」
「分かりました」
ウィンゲートが卑弥呼・エリザベス教授に眼鏡を戻すと。
「何だ?いきなり目が見えなくなった?」
「このように卑弥呼は精神がエリザベス教授の肉体に入っただけで基本的にその肉体はエリザベス教授のものだ。殆どの物理法則はエリザベス教授は影響を受けていたものがそのまま適用される。具体例をあげるとニュートンの万有引力の法則に基づき重力には逆らえず重しを付けて海に沈めれば当然だな溺れ死ぬ」
「成る程。基本的にエリザベス教授であることには変わりないんですね」
「我々同様エリザベス教授は卑弥呼、つまりニホンの古代の女王を見たことがなかった。ここはニホンではない。アメリカだ。そしてやはりシヴァの女王も見たことはなかった。しかしつい先月偶然にもシヴァの女王を目にするチャンスを手に入れた」
「え?でもそれってサーカスのクラウンの女性誌でしょ?」
「いや違う。本物のシヴァの女王だ。少なくともエリザベス教授の中ではな。サーカスのテント内でクラウンの女性が鞭を振るう度にあらゆる動物が自在に動く。そして炎が地面から吹き出し、ラクダの歩く上に天井から氷が舞い落ち、照明で雷を起こす」
「でもそれって全部サーカスの演出なんじゃ?」
「ウィンゲート君。君その仕掛け全部説明できる?私は出来るがね?」
「う?それはっ・・・できません」
「それらを目にした瞬間、エリザベス教授の中でクラウンの女性は『道化師』から『本物のシヴァの女王』へとクラスチェンジしたのだよ。あらゆる魔獣を従え、あらゆる魔術を行使する究極の賢者にな」
「なんだって!?道化師が賢者にっ!!そんな馬鹿な事があるわけがないっ!!」
「馬鹿な事を言っているのは貴様だウィンゲート。道化師が賢者にクラスチェンジするのはよくあることなんだ。少なくとも私の故郷ではそうだった。おっと報告。もしもしマイルズ様ですか?この世界には道化師から賢者にクラスチェンジしたものがいます名前はシヴァの女王です。十分お気をつけ下さい。うん、これでよし。ダイアー教授。話を続けてくれ」
「エリザベス教授は言語学の専門家であって科学者ではない。毎朝鏡を見て自分の服の着付けや髪型、化粧具合を確認する事はあっても何故鏡は光を反射するのか?鏡の世界は存在するのか?そういったことには興味はない。おそらくは」
ダイアー教授はタバコを一本取り出した。
「教授。ここ図書館です」
ダイアー教授はタバコをしまった。
「その時点でエリザベス教授の中でサーカス内の魔法は『本物の魔法』『本物のシヴァの女王』となった。ウィンゲート君。君が裸の王様の服を見抜けなかったようにね」
「それを言われると・・・」
「シヴァの女王はイエス・キリスト登場以前。とにかく昔の女王。そして魔術を使う。さらにだ」
ダイアー教授はリーファに見せるように本のページを開いて観せた。
『卑弥呼鬼道』
「なんだ?なんて書いてあるのか読めないぞ?」
チャイニーズ国籍の学生証を受け取っているリーファはそう言った。
「おっと失礼。これはエリザベス教授が翻訳中の原本の方だったな。翻訳済みの方はこっちだ」
すぐさま英文に翻訳された方を見せる。
「Queen Himiko was a wizard who ruled the country.卑弥呼は魔法使い」
「そうだリーファ君。君は『英語をスラスラ読める』な。そして古代の女王で魔法使い。そしてシヴァの女王も古代の女王で魔法使い。卑弥呼君はエリザベス教授の肉体を借用している。同時に記憶もな。エリザベス教授はウィンゲート君が裸の王様が服を着ていた事に気づけなかったようにあのサーカスのテント内で偉大なる古代の魔術師女王シヴァが産まれた。で、先ほど我々裸ではまずいからとりあえず服を着て欲しいと頼んだが卑弥呼君」
「そうだ。女王らしい服。そう考えたらこの服になった」
「それはエリザベス教授の記憶のイメージにある古代の魔術師で女王の服なのだ。つまり古代の魔術師かつ女王。シヴァの女王イコール卑弥呼」
「待ってくださいダイアー教授。シヴァの女王はキリスト教。地政学的にはアフリカにあったとされる国の女王ですよ?卑弥呼はニホン。ユーラシア大陸の東の端です。地域が全然違います」
「いや。十分にあり得る。シャルルマーニュ伝説というのは知っているかね?」
「読んだことないですけど。アーサー王の出てくる奴ですか?」
「アーサー王は出てこないが騎士物語だ。それにカタイ王国というのが登場する。モデルは中国とされている。国名に関しては中国は時代によって名称が変わるし地域も離れているし架空の国家であるしまぁ問題はないだろう。問題はそこから来たプリンセスの名前だ」
「性格に問題があるんですか?あるいは外見が宜しくないとか?」
「とびっきりの美人だ。正確もまぁお姫様っぽいものだ。それに名前が問題だと言っているだろう。彼女の名前はアンジェリカなのだよ」
「別に普通じゃないのか?」
リーファが言った。
「そうですよ。普通ですよ」
ウィンゲートも同意した。
「君達ねぇ。いやむしろ好都合か。つまりだ。その国の事をまったく知らない者がその国の名前を名乗ろうとする何故か自分の国風の名前になってしまう。よく似た例をあげよう。曲亭馬琴という小説家が椿説弓張月小説を書いた。彼はエドシティーに住んでいたが舞台は沖縄だった。そして挿絵を友人の葛飾北斎に頼んだ。北斎は沖縄に行った事がなかった。沖縄は暑いという事しか知らなかったので街並みも樹木もエドシティー風に描いた。そう。人間は知らない物は思い描く事はできないのだよ」
「それと卑弥呼がサーカスのクラウンの服なのとなんの関係があるんですか?」
ダイアー教授は説明する事を放棄した。
そしてタバコの代わりに写真を取り出す。
エリザベス教授が本を持って歩いている写真だ。着ているのはロングドレス。
「卑弥呼君。この服に着替える事は出来るかね?」
「できますが?」
卑弥呼・エリザベス教授は左手の人差し指を伸ばして一回転させた。『着衣・clothes』という光る文字が現れて卑弥呼の周りを一回転し、ロングドレスに変わった。
「ふむ。これでいいだろう」
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