第10話 図書館
ウィンゲートは大きめのダンボール箱を台車に載せてミニスカトック大学付属図書館まで運んできた。この図書館は大学の宝であり、諸般の事情により地元産の御影石を使って五十年ほど前に建て替えられた。
大理石のホールは収蔵されている四十万冊の書籍を火災から守る為暖炉などの暖房などがなく、冬場は非常に寒い。しかし採光用の窓が各所に設置されているため、ホール内は読書をするには十分な灯りが確保可能だ。
「ふぅ。なんとかここまで来れた、つわっ!」
安心していいウィンゲート。ハイスクールの野球大会の時に折角チームメイトがヒットを打ってくれたのにホームベース前で転んだ時に比べればどうということはない。
安心し過ぎたせいで台車から手が離れた。バランスを崩した台車が転倒しダンボール箱の中身が転がり出る。
「おや。エリザベス教授。そんな格好でどうなされたのですかな」
図書館司書も兼任するヘンリー・アーミテイジ博士は尋ねる。
「う、うあああっつつ!!筋骨粒々の肉体にピエロのクラウンのような全身タイツ衣装!もうダメだぁあーーーっつ!!」
「こいつは何を怯えているんだ?」
「ふむ。私の精神分析によればリーファ君。君の故郷では今のエリザベス君のような姿の娘さんは珍しくないようだな」
「『それがどうかしたのか』?」
「『いいや。別に』。ともあれ今はこの状況を速やかに解決すべきだな。アーミテイジ教授」
「何ですかなダイアー教授」
「それは今度の大学の学祭での仮装です。生徒や教職員には。あ、教職員には話しても構いません。では我々は調べものがありますので暫く図書館を借りますので」
「おお。そうでしたか。大学の学祭の冬の美人コンテストは好評でしたからな。今度も期待してますぞ」
なんの疑問も抱かずに去っていくヘンリー・アーミテイジ博士。
「おい。あのカウンターに置いてある本は?」
リーファは動物のなめし皮で造られた分厚い本に興味を示した。
「あれかね?ネクロノミコンだ」
「あのような貴重な魔導書がこのように誰にでも手に取れる場所に。不用心な」
リーファは手に取って。パラパラとネクロノミコンをめくった。直ぐに違和感に気づく。
「なんだこれは?古代魔術文字でない?そもそも本に使われている紙が新しすぎる?」
「今から五十年くらい前ミスカトニック河が洪水を起こしてね。その時にこの図書館の一階から下が丸々水浸しになったんだよ。一応貴重な書籍らしいから英語に翻訳して写本にしたのがそれだ。原文はアラビア語で羊皮紙だか何だかで造られていたらしいが。まぁ詳しい事は知らん」
「偽物ではないか。こんなもの。ふんっ!」
リーファはネクロノミコンの写本を床に投げ捨てた。
あまり重要ではない事象ではあるが。この図書館だけでも最近の印刷物、数百年の前の絶版本も含めて四十万冊所蔵されている。
しかしリーファは自分の主君であるマイルズ様の大量の書籍コレクション。即ち何度か訪れた事がある。本というのは大量にあっても何らおかしくはない物という前提知識があった。
故にこの図書館の事を偉大なるマイルズ様に報告しなかった。
もちろんネクロノミコンの写本についても報告しなかった。
さらに付け加えると他にもスンゴイ魔導書あるのかとか調べたりしなかった。
「本はもっと丁寧に扱いたまえリーファ君」
本を拾ってカウンターに戻すダイアー教授。
「ええっと。調べるのはニホンだから東洋史でいいのかな?一階の右手の本棚ですね」
ウィンゲートが見取り図を見て確認する。一行は東洋史のある本棚の位置まで移動した。
「ここが東洋史の棚か。それもほとんどが中東関係の書籍だし。ニホンの卑弥呼なんて女王について書かれた本なんてあるわけないよなぁ」
「あったぞ。卑弥呼に書かれた本が」
「マジですか教授!」
「うむ。このビッグジャパンヒストリーというエリザベス君が翻訳中だった本の一番最初に卑弥呼に関する記述が載っている」
「誰が書いたんだよそんな本!!」
「この人が作者らしい」
そう言ってダイアー教授は水戸黄門漫遊記と『漢字』で書かれた本をリーファにも見えるように見せた。
「なんだそれは?」
「これかね?今から三百年ほど前にいた侍の自伝だ。その頃ニホンはトクガワというサムライのキングによって平和に統治されていた。しかしツナヨシ・トクガワがハンティングに出掛けた際、彼は狼男に暗殺され、狼男は変身の魔術を使い彼の代わりにキングに成りすまし城の玉座に座った。王は人間より動物が偉いという法律を作り従わない者達を次々と処刑していった。この非常事態を知ったミツクゥニは剣士、忍者、遊び人を仲間に加え、妖術使いアマクサや爆弾テロリストのショーセツなどを倒し、ニホンの平和を取り戻す戦いに赴くのだ」
「おいおいなんだよ。どこ誰が書いた三文芝居の脚本だよ」
「何を言っているウィンゲート。これは間違いなく歴史上の史実と断言していい。人間より動物の方が偉いという法律を作った国王はいたのだ。そしてその男を倒す為にミツクゥニは剣士と忍者と遊び人でパーティを組んで故郷を旅立ったのだ」
「いや千歩譲って伝承が本当だったとするよ?剣士と忍者はともかくなんで遊び人仲間にするんだよっ!!」
「さて。ビッグジャパンヒストリーにはこう書かれている。卑弥呼とはニホンの最初の女王であると」
「だからさっきからそう説明しているのですが」
眼鏡をかけた。全身密着型のボディースーツを着たエリザベス教授。いや卑弥呼はそう言った。
「なんこんなの着ているんだ?てかどっかで観たことあるなこの服」
「忘れたのかねウィンゲート君。先月アーカムの街に来たサーカス団のクラウンの女性が着ていた衣装だよ」
「あっ。サーカスの衣装か。道理で見覚えがあると思ったら。てかなんでサーカスの衣装なんだ?」
「それはおそらくサーカスのプログラムが影響しているのだろう。演目は裸の王様シヴァの女王に会いに行く」
「シヴァの女王って誰?」
「君本当にキリスト教徒かね?シヴァの女王は聖書、ユダヤ教、イスラム教、エチオピアの民間伝承等に登場する女性だ。但し名前も出身国も知能レベルも全く一致しない」
「何ですかそれ」
「シヴァの女王の伝承が造られた時代は電話も新聞もなかったからな。エジプトからサウジアラビアまでお伽噺をラクダの背中に載せて運んでいるうちに女王のそれらがどんどん変化していく。一応今回は中央アフリカの架空の国家の女王という前提で話進める。何しろ『誰も本当のシヴァの女王に会ったこはない』。中世ヨーロッパで描かれた絵画はあるかもしれないがそれは当時のヨーロッパ人の感覚で描かれたものであってほぼほぼ間違いなくヨーロッパの貴族、女王が描かれている筈だ」
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