第8話 こいつ、頭の中に直接!!

 一通りの買い物を終えた二人はダイアー教授の研究室に戻ってきた。


「お帰り二人とも。そうそう。御令嬢。こういう傘はどうかね?」


 ダイアー教授が見せたのは五ドルの中華風パラソルであった。


「いやいらん」


 キッパリ断るフード付きマントの少女。


「ふむ。そうか。ところでウィンゲート君。買ったきた荷物が少ないようだが」


「え?これで全部ですよね?」


「メモを裏返したまえ」


「あ。本当だ。書いてあるえっと拳銃一丁?」


「君も持っておいた方が良いだろう。それとも何かね?古い洋館を探索中に出くわした床を這いずる上半身しかないゾンビとナイフで五回も十回も突ついて倒すつもりかね?その前に君はね大ネズミに食べれてしまうよ」


「買ってきます」


 ウィンゲートは研究室の扉を閉めると。


 しっかりとメモを確認する。


「ええっと。9ミリハンドガンの弾百発入り二ドル十セント二ケース。教授の分だな。銃は教授のS&Wと共用弾薬だし多めに弾を買っておいても問題はないな。あと十二ゲージショットショル。熊でも相手にするつもりかな?これも教授の分。レシート貰ってこよう」


「さてチャイニーズガール。ウィンゲート君が買い物に出掛けている間にミスカトニック大学の入学手続きをしておこう。授業料と家賃千ドルはもちろんウインゲート君持ちだから安心したまえ。この書類に名前と出身国名を」


 ダイアー教授は入学申請手続きの書類を出した。フード付きマントの少女はそれに名前と国を記入する。

 教授は書かれた内容を確認する。


「ふむ。やはりな。君。ウィンゲート君に自分の名前を言ったかね?」


「何故あの人間に私の名前を言わねばならないのだ」


「数々の失点を重ねている君ではあるが唯一の救いはそれだな。恐らく公的書類に名前を記載したのは今のは最初だ。いや未遂。私が君のあやまちを防いだからな。まず君の問題行動なのだが、君ヨーロッパからやって来たチャイニーズだと名乗ったそうだね?」


「そうだ。私はヨーロッパ王国から来たチャイニーズだぞ」


「ヨーロッパ王国などと云うものは存在しない。今後はその自己紹介は辞めるように」


「存在しないだと?だが街の住人達は皆ヨーロッパから来たと言っているぞ」


「ヨーロッパは大陸の名前だ。国家ではない。やはり少々説明が必要だろう。君は我々について知りたがっている。その実は我々に対して全くの無関心。というよりかは観察力が一切ない。君の目にはこの街の住人は総からず同じに見えている筈だ」


「そんな事はない。貴様は年寄りだ。あと武器屋の店主。人間にしては感じのいい男も年寄りだった。そして今部屋から出ていったウィンゲートとか言うヤツは若い人間だ」


「子供と大人。男性と女性程度はつくか。だが君は残念ながらファーブルではない。クワガタとオオクワガタの区別が付く筈もない。ふむ。比喩表現がイマイチ合衆国式ではないな。ここは我が合衆国の誇る偉大なる動物学者風に。キツネとコヨーテは同じ種族であるが違う動物だ」


「ぜんぜん違う動物じゃないか」


「その通り!そして人間も同じようで違うのだ!具体的にはまずアメリカインディアン。北米に住む者 。彼等は狩猟採集生活を営んでいた。そして南米。こちらは巨石文明を築いていた。注目すべきは南米に住んでいる者達が凄惨な生け贄の風習を持っていたということだ。この大陸においては狩猟採集民が野蛮で農耕民が平和主義。という定説が覆るかもしれない」


 この時点でフード付きマントの少女は真っ白になっていたがダイアー教授はなおも続ける。


「世の中には白人以外は全部黒人。そう言う者もいるだろうが少なくとも大学で文化人類学を教えて給料を貰う職業の者はそれではいけない。仮に百年後のチャイニーズがそうならばそれは非常に残念な事だ。千年前我々の祖先はヨーロッパから東側を総てアジアと呼んでいたが実際はそうではない。アラブ人が砂漠におり、インド人がガンジス川におり、その先にいるのがチャイニーズ。ああそう言えば北の方にロシア人もいたな。あいつら百年後にアラスカ返せとか寝言抜かしたらブッ飛ばしてやるぞ。五ドルで冷蔵庫を買ったスワードに栄光あれ!クリミアの天使万歳!!南北の新大陸及びユーラシアが互いに密接に影響しあったにも関わらずオーストラリアは面積に対して人類に対する影響は皆無と考えてよいだろう。元来の乾燥した環境に加えて主要農産物と呼べるものが存在しなかったせいもある。狩猟採集生活を営む原住民達の生活は極めて個性的な物が多く囮に使う肉を手にしたまま大地に寝そべり死んだ振りをする部族がいる。近づいた獲物を素手で捕まえる訳だ。だがやはり代表格はブーメランだろう。木材を加工して作成されたこのL字形状の狩猟用具は極めて特徴的な」


 面倒くさい授業をすっ飛ばして結果だけが残る。それは彼女が使える偉大なる主君であるマイルズであればさぞかし感激すべきものであったかもしれない。

 だが実際に当事者になってみるとそれはどういうことなのか。


「へー。リーファってシリアル食べるの初めてなのか。なんかチャイナにはシリアルなさそうな感じだよね」


「えっ・・・?」


 『ヤン・リーファ』は三十セントのモーニングセットをウィンゲートと共に食べていた。


「あああっ!!私の名前がヤン・リーファになっているっ!!出身地は中国湖南州!!」


「それはさっき聞いたよ」


 いいかね?君は明日から。厳密には今日から中国人ヤン・リーファ。これが名前だ。何しろヨーロッパ王国などいうものは存在しないのだからな。出身地は中国の、沿岸部は大航海時代からヨーロッパの船が来ているからボロが出やすいな。少し内陸部にしてコナンステートにしよう。どうやって来たと聞かれたらそこからマカオから船に乗って答えるように。決して飛行機に乗って来たとか、ましてや魔法を使って空を飛んできました。なんて答えてはいけない。故郷はどんな場所か?別に普通の場所だと答えろ。どのように普通なのか?お前のイメージするチャイナの町があり、チャイナの畑があり、チャイナの家があり、料理もチャイナ。豚肉を多く食べ、味付けには唐辛子をよく使う。肉にも野菜にも魚にもライスにも。最大の注意点はお前の故郷では人間は食べるのか?もしかしたらそう言う意地悪な質問をしてくる白人もいるかもしれない。必ずNOと答えろ。絶対にNOだ。今の質問に万一YESと返事してしまったら君は次の瞬間に


「NOーーーーー!!」


「えっ。どうしたの?」


 昨晩の時点でヤン・リーファという中国人留学生になった娘は雄叫びをあげた。


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