第3話 ブルックリン橋を買った娘2

「ともかく早く持って行ってください」


 古書店の店主の駄目押しされる。


「うむ。車では厳しいかもれん。ウィンゲート君。農業用トラクターを調達しよう」


「なんでトラクター?」


「トラクターでこの石棺を引いて大学まで運ぶのだよ。アーカム農機は目と鼻の先だ」


「アーカム農機?」


「これだから最近の若い者は。いいかね?第一次大戦ではヨーロッパ全体が戦場となり、工業生産がストップした。そして彼等の代わりにアメリカ合衆国が世界産業を牽引していく事になる。沢山の工場が造られ幅広く工業製品が製造された。当然トラクターもだ。ポーランドにもウクライナにもアメリカ製のトラクターが走っている」


「そして農地を耕しているんですね」


「何を言う。道路に放置されている戦車を牽引するのだ。そして自宅に持って帰るのだ」


「んなわけねぇーだろ」


「単位をやらないぞウィンゲート君。トラクターが戦車を引っ張り持ち帰るという微笑ましいウクライナの田園風景は今から百年経っても変わらないだろうな」


「いやそんな光景ないから」


 アーカム農機に向かう為に通りを南に。そして車を西に走らせる。


「止まれウィンゲート君」


「猫も子供も道路に飛び出してませんよ」


「サイドミラーで反対側車線の歩道を確認したまえ」


「サイドミラー?」


「さっき曲がったT字路のところに誰か座り込んでいる」


 ウィンゲートはダイアー教授に言われてサイドミラーを覗いた。確かに誰かいるようだ。


「ホームレスか何かじゃないですか?」


「車を停めろ」


「え?ここ駐車場ないですよ?」


 ダイアー教授はウィンゲートの返事を待たずに車を降りる。近くにいた警官に声をかける。


「すまんな。ちょっと車の調子が悪くてな。五分か十分ここに路上駐車するがキップは切らんでくれ」


 タバコの箱の空きスペースに一ドル紙幣を無造作に突っ込んでから警官に渡す。


「今日は道が混雑してにいから別にいいですが。直ぐに戻って来て下さいよ」


 ダイアー教授は手招きでウィンゲートを呼び寄せるとT字路にいた人影に向かう。

それはフード付きのマントをかぶった人物だった。背中に大剣を背負いしゃがみこんでいる。布地は薄汚れ、所々破れている。

 少女は虚ろな眼で奇妙な言葉遣いをしていた。英語のようにも聴こえる。だが内容は理解出来る範疇のものではなかった。


「ボウケンシャギルドガナイボウケンシャギルドガナイコレデハカネヲカセグコトガデキナイボウケンシャ」


 なお正面の食堂にはウェイトレス募集中そのとなりのホテルには急募ランドリースタッフ黒人アジア人インディアンも可能とある。

 周囲の人間はその人に気づかずに歩いて通り過ぎるのみである。

ウィンゲートはある意味当然の反応だなと思って別に不思議に思わなかった。


「妙だな」


 ダイアー教授はそう呟いた。


「別にどこも妙なところはありませんよ。只のホームレスじゃないですか」


「君が警察官でなくて本当に良かったよウィンゲート君。君が警官ならば我がアメリカの治安は世界最低水準ににるだろう。故に私は合衆国国民の権利として個人が銃を持つことを肯定する」


「アメリカ万歳」


 ダイアー教授は少し先に行ったところにある新聞スタンドに行くと百ドル紙幣を出して「タバコ一つ」と言った。

 そしてすぐ戻ってくる。


「私はタバコ一つを百ドルで購入したわけだがウィンゲート君。どう思うかね?」


「いいんじゃないですかね?寄付するためでしょう」


「君に単位はやれないな。タバコ一つを買うのに百ドルだぞ?十ドルでも一ドルでもない。百ドルだ。まぁいい」


 ダイアー教授は周囲に歩行者がいなくなるタイミングを見計らって。即ち落とした紙幣を拾うチャンスが一番高くなるのがフード付きマントを着用したホームレスになるよう調整してその周囲に十ドルをばら蒔いた。

 しかし。何も起こらなかった。


「ウィンゲート君。それ拾っておいて。単位あげないけど」


「え?はい」


 教授は再び新聞スタンドに移動。

 今度は十ドルと一ドル紙幣を出した。


「度々すまんね。片方はチップだ。チョコレート一枚。それと小銭を沢山」


 再び戻ってくる教授。

 今度はセント硬貨とチョコレートを撒いてみた。


「おかねえあええええけええ!!!!」


 フードがずれて顔と髪の毛が覗く。

 ティーンエイジャー。女性。アジア系。多少汚れてはいるが美人。

 彼女はセント硬貨だけ拾ってチョコレートは無視していた。


「妙だとは思わんかね。ウィンゲート君?」


「いや普通にお金拾ったじゃないですか」


「貧窮者なら街の北部。市街地から離れたポッターズフィールドに集まる筈だ。まあこの街に来たばかりならば知らない可能性もあるが。街の南東部イースト教会付属希望かがり火セツルメントハウスは男性用女性用に部屋が別れており祈祷があり、夕食。毛布が支給される。もっとも警察が時折見廻りに来るので犯罪者は隠れられない。ふむ。不法移民ならやや厳しいかな?そもそもセツルメントは将来的に就職希望者を受け入れる施設であり、家出少女等は極端な話ヨーロッパであっても送り返される」


「セツルメントはチャリティーで行ったから僕も知ってますよ」


「学校の単位が出るからな。しかし彼女はそれらを知らずにこの通りに居たわけだが」


「べつにおかしくありませんよ。彼女が座っていたのはルーシーズダイナーとアームズホテルの間です。ゴミ箱を漁れば幾らでも。もしかしたら捨てずにお皿に載せてそのまま持ってきてくれるかもしれませんよ」


「食糧確保の点から観ればそうだろうな。だが道路の反対側を見たまえ。ソールストーン弁護士事務所とアーカム商工会議所がある」


「それがどうかしたんですか?」


「やはり君に単位はやれないなウィンゲート君。私ならそうだな」


弁護士なんかは体裁を気にするから眼の前のホームレスを警官に金を渡してつまみ出させる。そう口にしようとしたが。辞めた。


「私なら。何ですか教授?」


「いや。いい。何でもないよウィンゲート君。とりあえず先程の警官に礼を言って車を適当な駐車場に停めてきてくれ」



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