第2話 ブルックリン橋を買った娘

「ダイアー教授。監理局から手紙持ってきましたよ」


 ミスカトニック大学の学生ウィンゲート・ビースリーは自然科学部の研究室の扉を開いた。


「ご苦労ウィンゲート君。だが単位はやらんぞ」


「別に郵便配達の真似事をした程度で単位が貰えるとは思っていませんよ」


「それは残念」


 ダイアー教授は受け取った手紙に眼を通した。そして顔をしかめる。


「なんということだろう!これは由々しき事態だっ!」


「ご両親が亡くなりましたか?」


「父も母も九年前に他界した!妻は十二年も前に!私が雇っているメイドに男性として当然持っておる当然の欲求を向けないのは週に一度はナイトクラブに出向いているからだ」


「それは褒められる事なんですか?」


「当然だな。君も立派な社会人になればわかるハズだ」


 やな社会人だなぁ。と、ウィンゲートは思った。


「ウィンゲート君。君は自動車の免許証は?」


「持っていますが」


「ついてきたまえ。拒否するならば単位はやらんぞ」


 ミスカトニック大学は街の南側に位置する。立派な鉄橋を使いミスカトニック川を越えて直進。


「ウィンゲート君。私に五ドルくれないかねえ?この鉄橋を売ってあげよう。料金所を設置すれば君は大金持ちになれるぞ」


「その人なら僕が子供の頃ニューヨークで逮捕されましたよ。終身刑になった筈です」


 『アメリカ人であれば』誰もが知っているであろう他愛もない話をしながら車を運転。橋を渡って二ブロック先を左に曲がる。その場所にレアブックス&マップスという古書店があった。

 ジョージ・ワシントンやエイブラハム・リンカーンのサイン入り著書。十五、六世紀のオランダ、ポルトガル、スペイン、フランス、イギリスの海図と航海図。そのような物が売っている。

 何故そんな店が?と、疑問に思うかも知れないが、


『世界一周の途中人食い人種に喰われて死んだキャプテンクックの財宝』

『アーサー王の亡骸を埋めた騎士パシヴァルの向かった妖精島アヴァロンを示す海図』

『チャイナからインドのエンペラーに向けて一万隻の舟で旅立ったテイワスの沈んだ財宝の在処』


 等々である。


「ウィンゲート君。君はこれらの宝の地図に本物があると思うかね?」


「全部偽物ですよ。なんですか。テイワスの一万隻の舟って。アメリカ海軍より多い」


「夢がないねぇ。零点だ。単位はやらん」


「そんな事よりこれをどうにかしてくれよ!」


 古書店レアブックス&マップス店主が怒鳴りつけた。店の前に細長い物体が置かれている。


「これじゃあ商売の邪魔だ!とっとと退けてくれ!!」


「なんだこの白い布でくるまれた物は?墓石みたいだけど。随分と重そうだ。あ、教授の名前が書いてある」


 ウィンゲートは軽く触ってみる。ボートくらいの大きさのそれはどうやらやはり中身は石で造られた物の様である。


「ふむ。骨董品ぽいから誤って配達業者がここに送ったようだな。ちゃんと大学の名前を」


「書いてません。ミスカトニックまでです。大学、とは書いてないです」


 ダイアー教授はポケットを探る。良かった。タバコもマッチも残っていた。一服。

煙を吐いてから全集中の呼吸を行う。

 今ならマイナス七十度の南極の大気の中でも平気でいられる気分だ。


「あれは神々と魔神が綱引きして海が撹拌された頃。いや。ケツウルコアトルとテスタポカトリカがプロレスをして世界が滅んだ頃だったか」


「教授はキリスト教徒でしょう。僕もです」


「去年ニホンに行った。目的は南極調査で起こった事件をニホンの小学生達に通訳者を通してでもわかるレベルで話すだけだ。具体的には南極は飛べない鳥が住んでいる楽園だったが、其処に人食いヒトデが出現した。ダイアー調査隊は人食いヒトデの住み処をダイナマイトで爆発すると飛行機で脱出。調査船は無事帰路につき、飛べない鳥達には平穏な暮らしが戻ったのだ。このくだりを紙芝居でやった。通訳は不要だった。バックグラウンドミュージシャンは必要だったがニホンのキッズは大喜びだった」


「飛べない鳥の後の話は出鱈目やんけ」


「単位はいらないようだなウィンゲート君。報酬は良かったし時間も余った。通訳に近場で何か良い観光地はないかと尋ねた。サイタマ州にヨシミヒャケーツなる古代遺跡があると聞いて行くことにした」


「ヨシミヒャケーツ?どんな遺跡だったんです?」


「なんということだろう!山肌を削って出来た崖。その一面にびっしりと洞窟が存在するではないか!通訳は言った。ここは原始人の住居だと!人里から差程離れていない、田園地帯の側に古代遺跡が存在する事に、私は喜んだ!」


「へぇそりゃあ確かに凄いなー」


「すると通訳は言った。ここは既にニホンの学者が調査済みです。人骨も石器も何もありませんよ。それを聞いて、私はガッカリした!」


 本当にがっかりした表情になった。このダイアー教授の顔を見て、通訳のニホン人はハラキリをして謝罪をしないといけないと思ったに違いない。


「そりゃあ調査してるでしょ。すぐそばに民家があるんだから」


「失望する私は車の窓からぼんやり水田を見ていた。田植えの季節。だが妙な事に気づいた。水田の中央に不自然な山が存在したのだ」


「別に山くらいあってもおかしくないでしょ」


「不合格。君には単位をやらないウィンゲート君。地質学的に考えてこの辺りの土地は農業に適している。ならば多少時間と手間はかかるがその山を切り崩して平坦な土地に変え、穀物の収量面積を増加させた方がよい。それをやらないのには何かしらの理由が存在する筈だ。私はそう考えて直ちに調査を開始した。なんということだろうか!単なる山だと思っていたものは地図にすると。即ち上空からみた場合完全に鍵穴の形状をしていたのだ!」


「スゴい!大発見だ!」


「通訳が言った。そこは昔の豪族、つまり貴族の墓です。それを聞いて私はガッカリした!でもまだ調査はされてません。それを聞いて私は喜んだ!」


「忙しいですね教授」


「私は地元警察に手数料を払うと直ちに発掘作業に取り掛かった」


「賄賂ですね」


「帰国迄あまり時間がなかったので作業は短期間で終わらせなければならなかった。よってダイナマイトを使用した」


「うおい!」


「上の方の土を削るのに使ったから遺跡は傷ついていてないはずだおそらく、そして僅かな石器と石棺を発見。持ち帰る事にした。石器はともかく石棺は重いので船便にしたのだが」


「住所が不正確だったので古書店に来てしまったと」


「そういうことだ」


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