クトゥルフ19$46¢
虹色水晶
冒険者ギルドに行ってギルドガードを造ろうとした少女
第1話 MIST アメリカ軍が異世界からの侵略者を殲滅する映画
マサチューセッツ州エセックス郡アーカム。
おそらくほぼ総てのアメリカ国民はこんな田舎街の事など知らないだろうから多少の説明は必要だろう。
ましてや『貴女が中国人で在るならば尚更だ』(Ifyouwerechinesewoman,itwouldbeevenbetter)
アーカムはハイウェイ1A沿いウェナムとハミルトンの間に位置し、マサチューセッツ州セイラム北十キロに存在する。
街は東西を流れる大きなミスカトニック河によって南北に分断されており、北側にはボストン=マサチューセッツ鉄道がある。州都ボストンまでは二時間である。
主要な新聞は千八百六年創刊のアーカム・ガゼット紙と大衆向けのアーカム・アドバイザー。ガゼットは編集会議でベーブ・ルースが来月、アーカムの小学校で野球教室を開くことを一面記事にするかどうかを真剣に議論中である。
この街はキングスポートと共に中国、インド交易で栄えた都市であった。アメリカ東部の都市で中国貿易?妙だな。と、思う方は頭の中に世界地図が入っている立派な中国人女性だ。何処へ行っても何をしても恥ずかしくない人民代表。
だがもし疑問に思わなかったら?彼女はこの地球上の人間ではないからないのかもしれない。
アーカムが中国貿易していたのはアメリカ開拓史に起因する。イギリスから最初の移民がやって来たのはマサチューセッツ州プリマス。
即ち言い方を変えればこの場所こそがアメリカの始まりであり、開拓の歴史もアメリカ東部から始まった。
つまり貿易港も東に造られたのでアメリカ西岸に開拓が進むまでヨーロッパ、アフリカ、インド、そして中国との貿易は全て東側で行われていたのである。
はいここテストに出ますよ。ノート取るように。
セイラム市の人口四万五千人に対しアーカムの人口は二万二千。中世の都市の十分の一以下であり、しかも街の周囲にはゴブリン避けの外壁なんて存在しない。
この街は時の止まった街である。学生が好む冒険小説に登場する魔法使いが使用する魔法で時間が止まっているのではなく、比喩表現としての意味であり、本来の意味合いで正しく時の止まった街である。
駒形切妻屋根の家々。ジョージア風の欄干そして絞首台の丘など。絞首台はセイレム魔女裁判時代の名残で現在は処刑台も取り壊されており、当然ながら使用されてはいない。幽霊は出るかもしれないが。
蒸気機関車が通り、電気、ガス、水道が敷設され、
『窓ガラスが沢山あり』
『お風呂と水洗トイレがあって』
『コーヒーや紅茶に砂糖を入れて飲む』
道路には今だに馬車が走っているこの街を異世界からの侵略者が見たらこう報告するだろう。
『魔王様。人間どもの街を偵察して参りました。街並みは我らの世界と変わりありませんが、城壁すらなく、しかも人間性達は剣も鎧も持たず。街には兵士の姿も冒険者の姿もありません。この世界を征服するのは用意かと』
濃霧が濃いインスマスからマントを羽織った小さな人影が歩いて行く。
そう。『MIST』だ。さながら百年後に製作される、異世界からの侵略者をアメリカ軍が撃退する爽快な映画のワンシーンを想起させる。
だがこの人物はその異世界からの侵略者なのである。早くアメリカ軍に知らせなければ世界が滅んでしまうのだ。
フードを被ったその人物は反対側車線から来たバスとすれ違う。
「あれが漁村の村人の言っていた一日一本しか来ないという馬車か。とんだ田舎だな」
霧で見えなかったが、馬車ではなくバスである。もしはっきり見えていたら別の反応をしていた筈だ。
バスはフードの人物のすれ違いざまに一時停止した。運転席の窓ガラスが開くと同時に生臭い香り。魔力の波動。間違いない。この者は半魚人だ。
半魚人は言う。
「姿形を変えても私達には判ります。種族は違えど我らの同胞。此処より先は人間どもの世界成り。すぐに引き返すがよい」
これが普通の人間なら嫌悪感を示すか、或いはその魚面に悲鳴をあげるかどちらかであったであろう。だがフードを被った者は。人成らざる存在達に対する礼節をわきまえていた。
「大海を征する勇敢なる種族の者達よ。我は行かねばならない。我が主君の命により。いや総ての同族を人間どもの暴政より解放するために」
「そなたこそ真の勇者だっ!だが一人で人間どもの国に挑むのはあまりにも危険。助言をしておこう。喩え姿を人と同じにしたとしても油断は禁物。迂闊に魔法を使ってはならない。例えば気兼なく空を飛ぶ、或いは火を興す術使ってはならない。それだけで人間どもは汝が人ではないと見破り、武器を手にして襲い来るであろう」
「忠告感謝する。大海原に住まう我らの家族よ」
「汝の旅に幸あらんことを。大地に生きる種族の違う同胞よ」
フードの人物は気づかなかったが。バスには行き先を表す札が付いていた。
『インスマス』。
住人の九割が先程の運転手のような漁村である。この村は第二次世界大戦前にアメリカ軍によって破壊される事が、日本への原爆投下同様に歴史の運命として確定している。
バスが発進すると道端に落ちていた木の枝を拾って耳に当てる。
「もしもし我が主よ。聞こえますか」
フードの人物の前に鎧を着た骸骨の半透明の絵が現れた。しかも絵の中の人物は動いてるではないか。
「あ、おいバカ者!後ろだ!うしろーー!!」
「後ろ?」
『人間』が立っていた。通りすがりの旅人である。
「ヒャア!幽霊ダアッ!」
慌てふためいた旅人はそのまま足元も逃げる行き先も確認する事なく走りだし。
「御安心下さいマイルズ様。あの愚かな人間は自ら崖降りて死にました。余程マイルズ様の荘厳なお姿を眼にしたことが余程嬉しかったのでしょう。自らの命をその礼に捧げる事を選択致しました」
「愚か者めがっ!!」
偉大なるマイルズ様は人間性には厳しいが部下には基本優しい。だが今回ばかりは叱っておかねばならない。
「ここが人里離れた街道だからな良かったものの、人間どもの住む街中だったらどうするのだ?すぐに街の警備の兵士やら冒険者やらが雪崩れうって押し寄せてくるぞ」
「全部返り討ちにすればよいではありませんか」
「別にお前が負けるとは申してはいない」
この時点で偉大なるマイルズ様が自分がこれから戦う『愚かなる人間』をいつものように過小評価していたのが判る。
「よいか。此度の貴様の任務はこの世界に住む人間達の偵察だ。それ故人間に近しき姿に変えられるお前に任務を与えた。くれぐれも気取られら事のないよう。不要な術はせぬように。例えばこういう連絡用の通信をする時は音声のみにして映像は送らないように。迂闊に私の姿まで映すと人間どもを警戒させ、以後の偵察活動に支障をきたすからな。くれぐれも気をつけるように」
「はっ!分かりましたマイルズ様!!」
主君である骸骨王の姿は虚空に消えた。そう言えば先程の半魚人も空を飛んだり発火の魔法を気軽に使うなと言っていたな。
ちょっと確認してみよう。今度は音声だけで。
「もしもしマイルズ様」
「なんだ?」
「ひょっとして戦闘以外で魔法使わないだけで人間のフリが出来るんですか?」
「あー。お前は見た目は人間だからな。必要ない時は魔法使わなければそれだけで普通の人間のフリが出来るぞ」
「凄い!流石はマイルズ様だっ!そんな事までご存知だなんて!!」
「人間の街に訪れたらなるべく早く冒険者ギルドを訪れてギルドカードを造れ。可能ならば魔法学校に入学するように。一応居城から出立する際に当面は寝食に困らぬだけの財貨と魔力剣を渡してあるからそれでやりくりするように」
「私がどうすればいいのかまで丁寧なチュートリアルをしてくれるなんて流石はマイルズ様ですっ!!」
「では切るぞ」
フード付きマントの人物は歩き続けて街道沿いのホテルまでたどり着く。駐車場に自動車が駐車してあったが駐車中なのでもちろん動かない。変な形の物が置いてある。そう思って御仕舞いだ。
「これは。HOTEL。だな」
看板の文字を読んで安宿に入店。
「一晩宿に泊まりたい」
若い娘は『金貨』をカウンターに置いた。金貨は世界の何処に行っても通用する貨幣の筈だ。
彼女が思うならそうなんだろうな。彼女の中ではな。
なおここはアメリカ合衆国マサチューセッツ州。
ホテルのカウンターの壁には北米大陸を中心とした地図が貼られている。自動車で移動可能な北米のみで南米及びヨーロッパは表記されていない。
「これは世界地図か?」
彼女は宿屋の主に尋ねる。
「ああ。世界地図だ。この世はこれで全部なのさ。だから地図はこれで十分さ」
重ねて言おう。この地図は北米大陸のみしか記されていない。
しかしアメリカ人にとってはそれで世界の全てなのだ。
そして彼女が以前いた世界はイングランドぐらいの広さしかなく、文明レベルもシルクロードの東方文化到達以前の技術レベルでしかない。
それを数年足らずでさっくり全土制圧してゲームセットだったのでフードの少女は北米大陸のみの地図を見ても何ら疑念も抱かず、また偉大なるマイルズ様にも報告しなかった。
なお、偉大なるマイルズ様はアメリカ大陸の地図を観たことがあるので、この時点で
「ヤベーヨ!聖戦士ダンヴァインってラスト現実世界に戻された後主人公達がエイリアン扱いされてアメリカ軍に核爆弾撃ち込まれて全滅エンドじゃん!観たことないけどっ!!」
と、悲鳴をあげている筈である。
「これドルじゃねえな。ヨーロッパの金かい?」
店の親父は金を勘定しながら聞いてくる。
「そ、そうだ。ヨーロッパ王国の金だぞ」
娘は。
彼女の主人、マイルズ様がいつも上手くやっているように調子を合わせた。つもりだった。
彼女が思うならそうなんだろうな。彼女の中ではな。
「アンタチャイニーズかい?」
フードの下から覗く黒い髪を見て店の親父は言った。
「そ、そうだ!私はチャイニーズだっ!!」
娘は。
彼女の主人がいつも上手くやっているように調子を合わせたつもりだった。
具体的にはどんな感じに?
彼の主人マイルズは緑色の鎧を身につけたまま冒険者ギルドや宿屋に向かう。その後からフード付きの少女はついていく。
「アンタ見かけねえ面だな?」
「旅の者だ。彼女と共にニホンから来たんだ」
「ニホン?聞いたことねえな」
「遠い国だからな。そのせいで供の娘が疲れている。良い部屋を用意して欲しい。食事も頼む。酒もな」
そして金貨を多めに渡す。
これでだいたいうまくいく。怪しまれた事なぞただの一度たりともなかった。もちろん兜を脱げ等と言われた事もない。
よって彼女は自分の主人がしていたのと同じ事を真似した。
「一番奥の部屋が開いてるぜ」
やはりうまくいく。我が主のしていた事だからな。彼女はそう思った。
部屋の鍵は開いていた。
前の客が使用したままで掃除がなされておらず、なんと先客の下着がそのままベッドの上に放置されており。
「ん?これは?」
フード付きマント。背中に大剣背負った娘はベッドの上の下着を調べて見た。
「これは!シルクの下着じゃないかっ!!こんな高い物を、もしかしてくれるのだろうかっ!!あの宿屋の主は人間にしてはいいヤツだな!!」
ヨーロッパ王国の金貨を持ち、時々フランス語の混じった英語を話すチャイニーズの娘はシルクの下着を大事そうに袋にしまった。
部屋の扉がノックされる。
「メシだ。朝も同じようもんでいいな?」
トースト一枚とコーヒー。バターだのジャムだの。砂糖だのミルクだのはない。
宿屋のカウンター背後には電気冷蔵庫があった。なお同じ時代の日本では大きな氷の塊を容れただけの箱を冷蔵庫と称していた模様。
「パンとお茶の食事だなんて!最高じゃあないすぅか!!」
「そうかい。そらゃよかった」
「ところで店主。この国の国王の宮殿に行きたいのだが道は合っているか?」
娘の質問に対して宿屋の主は。
「ああ。このまま北に行きな」
そう告げて部屋から出ていった。ちなみに北に行くとインスマスに戻る。彼女は翌日、霧で迷ったせいだろう。そう思って再びもと来た道を歩き直し、同じ宿に泊まり、同じ金額を支払い、宿の店主はチャイニーズはいい客だとつくづく思った。
「あのチャイニーズ不法移民か何かだな。仕事が欲しけりゃワシントンじゃなくてニューヨークに行けばいいのにな。ま、だからこんな物ホイホイ渡しちまうんだろが」
一晩で一ヶ月分客を満室にした稼ぎを手にした店主は娘の素性を詮索しないことにした。
チャイニーズはカンフーとサイキックパワーを使うのだ。客待ちの時に読むシャーロックホームズの小説にも書かれている。
「それにしても不気味な金貨だな。チャイニーズはこんなもので買い物をするのか」
宿屋の代金として受け取った金貨には髑髏が意匠として彫り込まれている。
「なんだか不気味な金だな。とっとと銀行でドル紙幣と交換しちまおう」
宿屋の店主は即決した。
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